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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
1章 流砂の楼閣
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4話 アポフィス・ナラヤナ

 もう随分、会話らしい会話をしていない。


 パルティは時折こちらを見ているが、口を尖らせるばかりで何も言わない。俺は俺で、この後の事を考えていたから、会話にリソースを割く余裕なんてなかった。


 もし仮にだ。

 魔王の声が本当だったとして。

 この先に賢者の真の遺産が眠っていたとして。

 俺は、どう行動するのが正解だ?


 さっきから、頭の中をそんな疑問が占領している。

 封印を解く?

 あり得ない。魔王を蘇らせるなんて。

 持ち帰る?

 いや、迷宮に隠しておく方が賢明だ。


 だったら、俺はどうしてここに来た。

 もう、帰ってしまってもいいんじゃないか。

 どうして俺は潜り続ける。


「シヴァ、着いたよ」

「……え?」

「最深部」


 言われてみれば、ただっ広い部屋に俺はいた。

 入ってきたと思われる出入り口を除けば、四方は壁で囲われていて、他に通路は無さそうだ。

 突き当りの部屋。もう随分潜った。最深部らしい。


「言った通りでしょ? 見ての通り、最深部にも何もないわ」


 パルティが鼻高々にそう言った。

 部屋の四隅には流砂があるが、それだけだ。

 それを除けばなんにもない、がらんどうだ。


「なんで自慢げなんだよ。夢は夢だったってことじゃねえか」

「うん。でも、夢の形を目の当たりにしたらさ、心に響くものってない?」


 心、ねえ。

 結局、何も無いものを目指していたわけだろ。

 蜃気楼に手を伸ばした。

 そんな徒労感くらいのものだろう。

 感じる事なんて――


『――日は西に沈む。夜はその先で待っているよ』

「あがっ!?」

「シヴァ!?」


 頭に直接、響く声があった。

 あの声だ。ペンダントに封印された、魔王の声。

 今回は、掴んですらいないのに。


 どくどくと。脈拍が上がるのを感じた。

 血液が沸騰しそうだ。

 あるいは骨の髄から凍てつきそうだ。

 全身から嫌な汗がどっと噴き零れる。


 封印が解けるのは、時間の問題じゃないだろうか。


 浮かんだのは、そんな最悪の想定。


「……パルティ。方位磁石はあるか?」

「う、うん」

「サンキュ」


 パルティから受け取り、方角を確認する。

 東西南北の先には部屋の角。

 つまり、四つの流砂があった。


 そこでふと思い出す。

 このダンジョンに伝わる説話を。

 全てが繋がる音を聞いた。


「夜の神だ」

「え?」

「夜の神だよ。流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)は、太陽信仰に怒り狂った夜の神がもたらした天罰だ」

「何を言ってるの?」


 俺は四つの流砂の内、一つに顔を向けた。


「ダンジョンは、流砂の奥に先がある」


 ふらふらと、誘蛾灯に誘われる羽虫のように。

 俺はそちらに歩き出した。

 方角にして西にある流砂。

 ずぶずぶと、足からそれに飲まれいく。


「シヴァ!?」


 パルティに腕を引かれて、ハッと意識が釣り上げられた。その時にはすっかり膝上まで埋もれていて、足搔けば足搔くほど飲まれていくようだ。


「パルティ、離せ」

「嫌よ!」

「これは賭けなんだ。失うものが無い俺だからこそ成立する賭けなんだ。お前まで来る必要はない!」

「ふざけないでよ!」


 俺の手を引くパルティの力が、いっそう強くなる。


「まだ、私がいるじゃない!」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


「だから、戻って、きて!」


 勢いよく引き上げられる。

 流砂に飲まれる体が釣り上げられる。

 それから、ガゴンと大きな音がして。


 床が、崩壊した


「きゃぁ!!」

「パルティ!!」


 消失した地面。

 俺はパルティを抱えて背中を地面に向けた。


 時間が引き延ばされていく。

 大丈夫大丈夫大丈夫。

 下には砂が溜まっている。

 衝撃を吸収してくれるさ。


 重力に体が加速する。

 だけどもし、底が存在しなければ?

 緩衝材として十分でなければ?

 俺はここで死ぬのか?


(パルティだけは!)


 彼女をぎゅっと抱きしめた。


 その直後の事だった。

 ぼふんという鈍い音がして、砂山にダイブしたことを自覚したのは。


「がは……っ」


 肺に強い衝撃が加わった。

 口の中に、砂が入った。

 でも、それだけだった。

 骨が折れるような鈍い音や、血飛沫が上がるような事は無かった。

 良かった。


「シヴァ!? 大丈夫!?」

「ああ、大丈夫、……てて」


 抱きしめていた腕を緩めると、パルティの顔がそこにあった。俺の事を心配しているようだが、彼女自身に大きなけがは無さそうだ。

 良かった。本当に、先があって。


「とりあえず、おりてくれ」

「ご、ごめんなさい!」

「いや、抱きかかえたのは俺だから……」


 若干、気まずくなってしまった。

 取り繕うように、彼女は話題を挿げ替える。


「と、とにかく、脱出経路を探しましょう」

「って言っても、見るからに一本道だぞ」


 落ちた先は、一方向しか通路が伸びていない。


「でしたら、先に進みましょう!」

「あ、おい、待てよ」


 そう言うと彼女はずんずん奥へと進んでいった。

 置いてくなよ。こっちはお前が命綱なんだぞ。

 慌てて後を追いかける。


 ……あれ?

 歩くスピード、速くなった、か?

 いや、当然か。

 これまでは探索済みの場所だったが、ここから先は未知の領域だ。気持ちが逸るのも道理というものだ。

 あえて指摘することはあるまい。


 それから、目に見えてこちらを見なくなった。

 先ほどまで定期的に、こちらを見ていたのに。

 彼女にも、余裕が無いと見える。


 せめて負担にならないように。

 俺は黙って後をつけることにした。

 だがそんな俺の配慮は、すぐに無用のものとなる。

 本当の最深部は、存外近くにあったのだ。


「シヴァ、あれを見て!」


 開けた場所に出て、彼女は開口一番そう言った。

 指をさした先には台座があって、そこに何か、四角い物が鎮座している。


「本当にあったのよ。きっと賢者の真の遺産だわ!」


 彼女は興奮気味にそう言った。

 それから俺の手を取り、祭壇に向けて俺を誘った。


 俺はというと、呆気に取られていた。

 世界を終焉一歩手前に追い込んだ禁忌の力。

 それが手の届くところにあっていいのだろうか。

 おかしい。何かを見落としている……のか?


『夜は空に堕ちるものだろう?』


 まただ。

 またあの声が聞こえる。

 頭に直接響く声だ。


 夜が空に落ちる?

 一体何を言ってるんだ。

 ここの信仰だと、昼は空に、夜は大地に存在する。

 夜は地下だ。空じゃない。下……だ、から。


 半身に痺れが走った。

 それの名は衝撃。

 悪魔の囁きの意図を理解した。

 意味するところが分かってしまった。


 俺は今、その地下にいる。


 錆びついたブリキ人形のようにぎこちなく。

 俺は天井を仰いだ。

 光の届かない暗幕に、7対の赤光が浮かんでいる。


「パルティ上だ!!」

「え? きゃあぁぁっ!!」


 俺は俺を掴む彼女の手を引き後ずさった。

 刹那、俺達が先ほどまでいた場所に、大きな化け物が佇んでいた。

 黒い鱗、獰猛な牙。

 とぐろを巻いた長い胴体から、これまた長い七つの首が伸び、独立した頭が不規則に揺らめいている。


「なに、あれ……」


 それは蛇神。

 あるいは夜を統べる者。


「……アポフィス・ナラヤナだ」


 原初の虚空に生まれし精霊がそこにいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] パルティって情緒不安定なの?言ってることとやってることが後先でめちゃ矛盾してんだが。しかも止めを聞かないし。 全部読んでいくぅ
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