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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
1章 流砂の楼閣
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3話 ネテル=ケルテト

流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)は一度最深部まで潜ったわ。でも、そんなの無かったよ?」

「だから、幻聴だって言ってるだろ」


 俺は溜息をついた。

 まあ、確かに。親父が行方をくらまして。

 精神的に参っていたのは確かだ。

 宝物庫に逃げ出すくらいには。


 まして彼女にはペンダントの事も魔王の事も話していない。俺がそんな幻聴と真剣に向き合っているのなら、まず頭の心配をするだろう。あるいは心だろうか。まあ、不調を考えるのが普通だろう。


「じゃあ、行ってみる?」

「は?」


 行くって、どこに。


流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)に行ってみましょうよ」

「無茶言うなよ」

「伯父様は何の能力も無しにダンジョンに潜ったわ」

「ああ、人はそれを無謀と呼ぶ」

「シヴァは? 臆病者?」


 安い挑発だ。

 怒りすら湧いてこない。

 ただ、むなしくなるだけだ。


「……分かんねえよ、努力が結実するお前には」


 つい、そんな言葉が口から出た。

 墓場まで持っていくつもりだった。

 ずっと胸の内に秘めていた。


 俺の言葉に、目を見開くパルティ。

 それから、眉をひそめて、瞑目した。


 ……傷つけた。最低だ。

 その自覚はあったが、謝る気にはなれなかった。

 俺はできた人間じゃなかった。


 彼女が才能に溺れる人間だったなら、俺も彼女を嫌いになれたかもしれない。だけど、俺は知っている。

 パルティが努力していることも、夢に向かって邁進していることも、俺は知っている。


 だから彼女を嫌いになれない。

 だけど、俺に押し付けないでくれ。

 誰も彼もがお前みたいに優秀じゃないんだ。


 沈黙が広がると、カチコチと、時計の針が進む音が耳に痛い。この沈黙は、彼女が破るまで続いた。彼女は目を見開くと、続けざまにこう口にした。


「もう一度、シヴァに見せるわ。夢を」

「……分かんない奴だな」

「ううん、分かる。このままだと、シヴァは壊れてしまう。そんなの、私には耐えられない」


 そう言って、彼女はもう一度口にする。


流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)に行ってみましょう」


 俺は首を振る。


「それで何が変わる?」

「変わるよ、ここに閉じこもっているよりは」

「ああそうだな。自分の無力さに打ちひしがれるだろうさ」


 一度堰が壊れたからか。

 普段は言わないような嫌味が、滔々と溢れる。

 嫌気が差して、俺は閉口した。


 もう十分だ。

 魔法を使えない苦しみも、武術の才が無いことも。

 もう十分、心に傷を残した。

 これ以上進んで、傷つきたくはない。


「封印を解きましょう」


 パルティは、声を絞ってそう言った。

 聞き間違いか?


「は? 今、なんて言った?」

「……封印を解くのよ。そうすれば、【徒花の呪い】も解けて、もう一度夢を追えるでしょう?」

「バカ言うな。魔王は復活させちゃいけない。封印を解くわけにはいかない」

「だったら! シヴァが苦しむ顔を見続けろっていうの!?」


 机越しに、襟を掴まれた。

 勢いそのままに引き寄せられれば、目と鼻の先に彼女の顔がある。

 尖らせた口をぷるぷると震わせ、奥歯を食いしばって、涙ぐむ瞳から、涙がこぼれないよう堪えている。

 その時、気付いた。

 俺はいつの間にか彼女から視線を外し、顔を合わせずに話していたことに。


「もう、やだよ。また、昔みたいに笑ってよ……」


 一筋。

 瞳から、雫が零れ落ちるのを見た。

 俺が泣かせた。

 俺が、ふがいないせいで。


 俺に力があれば、こうはならなかったのだろうか。

 ポケットにある、ペンダントをぎゅっと握る。

 「たられば」を実現する方法が、一つだけある。

 ああ、でも、それは。


「……パルティ、お願いがあるんだ」


 ポケットから手を出して、彼女の背中に回した。

 ダメだった。

 俺には、あの深淵と向き合う覚悟が足りない。


 だけど――


「連れて行ってくれ、流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)に」


 ――彼女の泣き顔を晴らすくらいは。

 俺にだってできると、信じたいじゃないか。


 ◇◇◇


 流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)は、神の怒りに触れた文明跡だと言われている。太陽を信仰するばかりの民に怒った夜の神が、一夜にして一個の都市を大地に飲み込んでしまったのだと。


 入り口は砂漠に突き出た天守閣。

 そこから城を、地下に向かって潜っていく。

 そんな迷宮だ。


 打ち付けられたランプの薄明かりが照らす壁。

 無限にも思える、どこまでも続く回廊。

 何万枚という固焼きレンガ。

 天井から零れては床に染み込んでいく白い砂。


 息が詰まりそうだ。

 思わず足早になりかける俺とは対照的に、パルティの足は冷静だ。力みもなければ、無駄な足音もない。経験の差が如実に表れていた。


 前を行く彼女が、すっと足を止めた。


「どうした?」

「いる、サンドスネーク」

「サンドスネーク?」


 それはどこにいるのかという意味で投掛けた疑問だったが、パルティは丁寧に答えてくれた。


「白いざらざらとした体皮が特徴的な魔物。すぐそこにある砂の堆積地帯、あそこに2匹、いや、3匹。擬態して身を潜めてる」

「3匹も?」


 目を凝らすが、俺には分からない。

 だが、彼女は確信しているようで、頷いた。

 俺にこの場から動かないように注意して、それから躍り出た。


 1匹目、投げナイフが脳天を穿つ。

 2匹目、横薙ぎで斬り伏せた。

 3匹目、返す刃で命を絶つ。


 一瞬の出来事だった。

 彼女は表情一つ変えず、凛として納刀した。


 強い。

 彼女が有数の冒険者なのは知っていた。

 だが、それにしても想像以上だ。

 こんなの、まるで……。


(……ああ、くそ)


 まるで剣聖じゃないか。

 浮かんだその考えに、嫌気が差した。

 どうして。

 同じ祖父を持つのに、どうしてこうも違う。

 どうして俺の夢の先に、あいつが立っている。


 そんなことを考える自分が嫌になる。


「シヴァ……?」


 よほど深刻な顔でもしていたのだろうか。

 パルティが、不思議そうな顔で覗き込んでいた。


「いや、親父はやっぱり無茶したんだなって思っただけだよ」


 それを思ったのは、今まさにだが。

 親父だって、俺とスペックはそう変わらない。

 迷宮に潜るなんて、無謀にもほどがある。


 きっと、ただでは済まないだろう。


 そう思ったのは俺だけではないようで、パルティも表情を曇らせた。

 しかし、それは短い間の出来事だった。

 一度瞑目した後には、元の顔色に戻っていた。


「伯父様がどこの迷宮に潜ったか分からないけれど、擬態するモンスターがいないところもあるわ」


 擬態する必要のない魔物、か。

 擬態は外敵からの危険を減らすための能力だ。

 それを持たないという事は、そうする必要が無いほどに強いことを意味している。


「そうだな。きっと無事だよな」


 それでも、俺を思いやってくれたことは分かる。

 ここでひねくれたら、屋敷と同じ展開だ。


「先を急ごうか」


 だから、この事は一旦忘れておこう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふむふむ、英雄譚ぽくなりそう。それはさておき、幼馴染さん既にデレてる。 [一言] 更新お疲れさまです。こちらもチェックします。
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