表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
1章 流砂の楼閣
2/22

2話 パルティ

 ハッと手元に視線を移す。

 握られているのはパカリと開いたペンダント。

 これを開いた瞬間だ。

 邪気がそこらに満ちたのは。

 こいつがこの世に蘇ったのは。


「大賢者の、真の遺産……?」


 思い至ったのはその可能性。

 魔王が封印されている必要性。

 伝承では世界各地にちりばめたと言われている。

 だがそれは、賢者自身の手元にないことの証明にはならない。

 一つくらい、手元に残していてもおかしくない。


『あはは、知らずに封印を解いたのかい? まぁ、おかげで私は大助かりだけどね』


 確信する。

 これは本物だ。

 俺は魔王の封印を、終末の扉を開いてしまった。


 慌ててペンダントを閉じようとする。


『無駄だよ。私はこの世に蘇る。力を失った賢者の末裔ごときに、それを閉じることはできないよ』


 ロケットペンダントはびくりとも動かない。

 開くときは、あんなにもあっさり開いたのに。

 俺がどれだけ閉じようと試みても、巌のように頑として動かない。


 足搔く俺を、黒闇が嘲笑う。


(力を取り戻すために封印を解く? こんな化け物と対峙する? 冗談だろ!)


 思い返すは『大賢者の真の遺産を見つけ出す』と言って出て行った親父の事。冗談じゃない。封印を解いてこんな奴を世に放つくらいなら、この血は俺で途絶えるべきだ。まったく合理的じゃない。


「くそっ、閉まれよぉぉぉ!!」

『無駄さ。いくら猛ろうと、力無き君には――っ!?』


 俺が吠えた瞬間だった。

 体の内側から、熱い何かが溢れ出した。

 眩い光が弾け飛び、視界から色が抜け落ちる。

 時間は水飴のように粘性を帯びて緩慢だ。

 激流に身を任せれば、全能感が沸き上がる。


「あああぁあぁぁッ!!」


 飛沫をあげる水面のように、ペンダントは黙った。

 口を閉ざした貝のように、沈黙している。

 周囲に溢れていた瘴気は、少しずつ薄れていった。


「は、ははっ……」


 手が震えている。

 死を、終焉を覚悟した。


「は?」


 零れた笑みに、驚いた。

 俺は今、どうして笑っていた?


 世界に終焉を齎さんとする魔王の封印を危うく解きかけて、迫りくる絶対の死を眼前に据えて、どうして俺は笑えた?


 俺の手の中には、ロケットペンダント。

 魔王と、俺自身の力が封印された物がある。


 自覚したはずだろう。

 魔王を蘇らせてはいけない。

 あれは死そのものだ。

 次に相対した時が、俺の命日かもしれない。

 そう、これは永遠に、表に出してはいけない代物なのだ。


 そう、永遠に。


 ペンダントを、ぎゅっと握りしめた。


 その時だった。

 屋敷の呼び鈴が鳴ったのは。


 来客の予定はない。

 あったら、こんな場所に長居なんてしていない。

 アポなしの訪問、という事はあいつか。


 ペンダントをポケットにしまって、クッキー缶を片手に持って。

 俺は地下室を後にした。


 ◇◇◇


「また宝物庫に行っていたの?」


 クッキー缶を自室に隠してから、来客に対応する。

 訪ねてきたのは、やはり従妹だった。

 応接間に通し、向かい合うように席に着く。

 残念だが、粗茶どころか出涸らしのお茶すら出す余裕はない。まあ、彼女もそれは分かっているだろうから気にする事ではないか。


「そう言うパルティは今日もダンジョン巡りか?」


 彼女は革製の、しかし一品の装備を身にまとい、獲物である双剣を腰に携えている。

 俺と異なり天賦の才を持った彼女は、賢者の遺産を探すために世界の迷宮を渡り歩いているのだ。


「うん。賢者が残した七つの遺産。心躍るよね」


 どいつもこいつも、賢者の遺産、賢者の遺産って。

 どこにあるかも分からないものが、そんなに大事なのかよ。

 近くの一人息子を放って探しに行くほど大事かよ。

 親父も、パルティも、夢を見過ぎだ。


「さてな。俺にはさっぱりだ」

「昔は一緒に目を輝かせてたじゃん」

「今じゃ死んだ魚の目ってな」

「腐っても鯛は鯛ってね。心のどこかではまだ望んでるんじゃないの?」


 俺は瞑目して答えた。


「どこにあるかも分からないんじゃあ、探してる間に土に眠るだろうな」


 嘘だ。

 俺は知っている。

 子供の頃に描いた夢が、終生風化しないことを。


 だが、届かない理想を追いかけるなんてできない。

 種の無い鉢に水をやり続けることはできない。

 そんなの、狂気の沙汰だ。


(叶わない夢なんて、ただ苦痛なだけだ)


 ポケットに手を入れると、ペンダント。

 たとえ手の届くところに今をぶち壊す手段があったとしても、俺はそれを選ぶ事は無いだろう。

 アレはこの世に蘇らせてはいけない。


 だから俺は諦めるのだ。

 心に蓋をして、記憶に戸を立てて。

 それがたった一つの冴えた生き方だから。


 ペンダントを、ぎゅっと強く握った。


流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)に眠っているよ』

「っ!?」


 驚いて、俺はその場で起立した。

 音を立てて椅子が倒れる。

 目の前のパルティと目が合う。

 彼女は彼女で、驚いた顔をしている。

 そもそも、今の声は彼女の声じゃなかった。


(……封印が、解けている……?)


 いやな汗が、背中を伝って行った。

 聞こえたのは間違いなく、地下室で出会った魔王の声だ。

 ペンダントを閉じただけでは、不十分だったのか?


「ふふっ。急に立ち上がって、幽霊でも見た?」


 パルティはくすりと笑ってそう言った。

 どうやら、彼女に魔王の声は届いていないらしい。

 俺がペンダントを握っているからか、俺が一度封印を解いたからか。

 原因は不明だが、この声は俺にしか聞こえていないようだ。

 完全に封印が解けたわけではなさそうだ。


「……あ、ああ。まあ、似たようなものだな」


 安堵しつつ、そう返した。

 なにかが体の底に沈んでいった。

 祭りのくじ引きで、外れが出た時によく似ていた。


「へぇ? 一体何が見えたの?」

「対して興味ないだろ」

「興味津々だよ。シヴァが幽霊って言葉に真面目に取り合うなんて。どういう風の吹きまわし?」

「……あ」


 確かにそうだ。

 普段の俺なら、「馬鹿らしい」、「幽霊なんているわけない」と返しただろう。

 魔王の封印体を目の当たりにしたばっかりに。


「……別に、何も見えてねえよ」


 今は、と前に付くが。


「じゃあなんで?」

「知るか、何も見てないし、何も聞いちゃいねえ」

「ふーん、何かを聞いたんだ」

「聞いてねえっつってんだろ」

「私の目を見て言える?」

「……」

「ほら、昔からそう」


 俺は口を開いたり閉じたりしたが、言霊は一つとして形にならなかった。

 昔からそう、その言葉には、目を見て嘘を吐く事が出来ないと続くのだろう。


「……ただの、幻聴だよ」

「それでも、妙に現実味があったと」

「そこまで言ってねえだろ」

「言わなくても分かるわよ」


 はぁ。

 どうにも欺けそうにない。

 このままだと、ペンダントの存在まで辿り着かれてしまうかもしれない。


「……流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)

「はい?」


 悩んだ末に、俺は真実を打ち明けることにした。

 ただし、一部だけ。

 ペンダントの事も、魔王の事も口にしない。


「そこに、賢者の真の遺産があるって」


 そう聞こえた。

 俺は彼女にそう告げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ