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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
間章 鏡の水晶路
19/22

1話 ミラードッペル

新連載始めました。

『不遇【剣神】の勘違い ~学院は追放されたけど、SSSランク闇ギルドで生きていく~』

七天紋章は七天紋章で更新していくので、こちらの作品もよろしくお願いします。

 七天紋章。

 かつて世界を半壊させた魔王が有した刻印。

 奇縁によって、今は没落貴族の俺に宿っている。


 七天紋章は7つの迷宮に封印されていて、俺達はちょうど、三つ目の封印を探しに海上都市を後にして、白っぽい岩肌が特徴的な山道を歩いているところだった。


「シヴァ、この先に全面鏡張りのダンジョンがあるんだって!」

「……どこ情報だよ、それ」

「そこの掲示板」


 見れば遠くの、少し開けた場所に、木製の立て札が確かに存在している。だが、流石に豆粒過ぎる。それが掲示板かどうかも分からなければ、まして書いてある文字なんて読めるはずもない。


 とは言え、進行方向に存在することもあり、近付いて内容を確認することにした。書いてることを要約すると、パルティが言ったことと同じ文章が浮かび上がる。


「本当だ」

「ね! 行ってみようよ!」

「そうだなぁ……」


 パルティは簡単にそう言うが、ダンジョンアタックするだけの物資は揃えていない。旅程に数日分の余裕を持たせて準備はしているが、攻略するほどのゆとりは無い。


「入り口の辺りだけ見てみるか?」

「うん!」


 あんまりにもパルティが目を輝かせるものだから、俺は折衷案としてそう言った。彼女は間髪入れずに返したし、よっぽど行きたかったんだと推測できる。


 そうして俺達は、件の迷宮に赴くことにした。

 ダンジョンの名前は、鏡の水晶路(クリスタルケイブ)

 そこで俺達は、奇妙な邂逅を果たす事になる。


 ◇◇◇


 その洞窟は巨大な水晶で出来ていた。

 岩壁は広い水晶。不規則に飛び出す、大黒柱のような柱も水晶。そのどれもが透き通るように美しく、どっちを向いても合わせ鏡の世界が広がっている。かろうじて、地面だけは普通の岩だったが。


「うひゃー! すっごいね! シヴァ!」

「確かに、どうやって出来たんだ……?」

「ダンジョンに理屈を求めたってしょうがないよ!」


 まあ、確かにそうなんだけどさ。

 心なしか、声までよく反響する気がする。

 洞窟特有の反響と言われればそれまでだが、どこか違和感がある。


『気を付けなよ。すぐそこに、何かがいる』

「……なんだって?」


 違和感の正体を捕まえようと、当たりを見渡していると、七天紋章の持ち主――ディーチェがそう声をかけてきた。


「シヴァ? 何か言った?」


 ディーチェは俺が首にかけているロケットペンダントに宿る亡霊で、彼女の声は俺以外に聞こえない。だから、声に出して応えるとおかしな奴に見られる。


「いや、なんでもない」


 パルティにはそう言ったが、周囲への警戒は怠らない。視覚は……あまり当てになりそうにない。どこもかしこも鏡の世界では自分が立って要る位置さえあやふやだ。聴覚や触覚の方がまだましだ。


 ぴちょん。


 驚いて振り返る。

 なんてことはない。結露した水滴が垂れただけ。

 すこし、神経を尖らせすぎかもしれない。


 呼吸を整えて、向き直る。


「……パルティ?」


 振り返った先には、彼女はいなくなっていた。


「は……おい、冗談は止せよ」


 この迷宮は入り組んでいて、確かに身を隠す遮蔽物はたくさんある。だからって姿を隠すなんてちょっと質が悪い。

 そもそも、これだけ反射率の高い水晶で出来た迷宮だ。物陰に隠れたって、水晶が居場所を教えて――。


「……はぁ?」


 目に映った現状に、頭が痛くなる。

 いや、それは微妙に違うだろうか。


 鏡に映らなかった自分の姿に処理が追い付かない。


 水晶は、変わらず水晶を映している。

 右の壁も、左の壁も、水晶柱も。

 すべてがお互いを映している。

 合わせ鏡のように、無数の世界を映している。


 だが、そこには俺だけが映っていない。


「……冗談だろ?」


 予想だにしないことが起こるのがダンジョンだ。

 とはいえ、不思議現象はある程度パターン化されている。

 例えば転移。例えば結界。例えばパズル。

 だが、どの仕掛けにもトリガーが存在する。

 こんな、訳の分からない内に訳の分からない現象に巻き込まれるだなんてパターンは聞いたことが無い。


『あぁ……なるほどね。分かったよ、シヴァ』

「ディーチェか!? 良かった。どうなってんだ!?」


 どうやらディーチェもこっちに来ていたらしい。

 彼女の依り代であるペンダントは俺が身に付けているのだから当然と言えば当然なのだが、一人じゃないという事実は俺に大きな安心感を与えた。


『ここは……というか、鏡の水晶路はと言うべきかな』


 どうにもディーチェの歯切れが悪い。

 彼女は暫く、どう答えたものかと言い淀んだ。

 だが、最終的には溜息をついて、観念したように口を割った。


『ミラードッペルの世界だね』

「ミラードッペル?」

『そう。ドッペルゲンガーっていうのは知っているかい? まぁ、簡単に言えば、自分が同じ時間、別の場所で観測される現象なんだけど――』

「まて、その説明は簡単じゃないぞ」

『――自分が二人存在する不思議現象の事を、ドッペルゲンガーと称するんだ』

「確かに、それは不思議現象だな」

『あぁ、自分が二人いる原因は分かっているんだ。鏡の世界の住人だ。不思議現象っていうのは、その鏡の世界と現実世界の境界が曖昧になる場所が現れる事なんだ』


 要約すると……?

 俺たちが住む世界の他に、鏡の世界が存在する。

 その世界は、裏返しの世界。

 現実世界とよく似た生物も生きている。

 不思議現象で世界を渡るのがドッペルゲンガー。

 こんな感じか?


「どうしてここがミラードッペルの世界って分かるんだ?」


 そう問いかけるが、返事は無い。

 まさか、ディーチェも居なくなったのか?

 不安に駆られる。


「おい、ディーチェ? 聞こえるか!?」

『あー、うん。聞こえてるよ』

「……おどかすなよ」

『悪気は無かったんだ。許しておくれ?』


 しこりの様なものが胸に沈殿したが、ここで文句を言ったって仕方がない。彼女は悪くない。それどころか、無知な俺がここから抜け出す頼みの綱だ。感謝こそすれ、詰るのはお門違いというものだ。


「それで、話を戻すぞ。ここがミラードッペルの世界という根拠は何だ?」


 すると、ディーチェはまたも黙った。

 だが、今度はすぐにため息をついて口を開いた。


『今の君、鏡に姿が映っていないだろう?』

「あぁ」


 このどこまでも広がる鏡の世界。

 幾重にも広がる無数の世界。

 そのどこにも、俺の姿は映っていない。


『ミラードッペルの住人の特徴にさ、こんなのがあるんだよね』


 ディーチェは前置きしてこう告げる。


『――鏡に姿が映らない』

「……どうしてそれを口ごもった?」


 ディーチェは、さも核心のように言った。

 だが、彼女が言い淀んだ場所はそこじゃない。

 その程度の事で口ごもるような間柄じゃない。

 本当は、何を言おうとしていた?


『君、このままだと消滅するよ』


 ディーチェは、絞り出すようにそう言った。

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