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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
2章 再臨した海底都市
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7話 大津波

『体、ありがとうね。返すよ』


 瞬間、神経が繋がった。そう感じた。

 あるいは憑き物が取れたとでもいうべきか。

 俺の体が俺のもとに帰ってきた。


「……ああ、うち、うち……!」


 同様にアッコロは沙羅双樹の色欲宮アスモデ・グレイシャーから解き放たれたようだった。

 しかしどうも様子がおかしい。

 絶望に顔を歪ませて、震える声でこう言った。


「二人とも! はよここから逃げるで!」


 キッと歯を食いしばるアッコロ。

 俺とパルティの手を取って走り出そうとする。

 だが、パルティはその手を払う。


「待って! 先にシヴァの治療をしないと!」

「そんな暇あらへん! はよ、はよ逃げるんや!」

「逃げるって、一体何から……」


 賢者の真の遺産、ディーチェの力はディーチェの下に還った。

 もうこの場に脅威は無い。

 何から逃げるというのだ。


 俺たちが理解しないのを、悔しそうに。

 アッコロは口を歪めた。

 それから、言いたくないことを言うように。

 思い出したくない過去を語るように。

 懺悔するように口にした。


「うちの養鯨場のクジラ、千匹以上が死んだんや」


 ……は?

 何言ってんだ、こいつ。

 言葉の意味も、意図するところも汲み取れんぞ。


「いや、違う。うちが、殺した。殺したんやうちが。うちな、従魔スキルを持っとんねん。屠殺するときはそれで、風船クジラに死ぬように命令すんねん」


 従魔スキルというのは、動物を使役するスキルだ。

 アッコロはそれを持っているらしい。


 ……いや、待て。


「おい、風船クジラが死んだら……」


 この街に着いてすぐの、彼女の言葉を思い出す。


 『体長15メートルくらいのでっかいクジラでな? 体重が400キロもあんねん!』

 『生きとる間は2メートルくらいしかないんや。せやけど、死ぬと話は別やねん』

 『死ぬと体が膨張するねん。んで、水圧に耐えられんくなってボカンや』


 待て待て待て。

 最初、この街に来た時の事を思い出す。


 ――海が隆起した。

 ドーム状に海水が盛り上がり、大波が押し寄せる。


 おそらくあれは、一匹の風船クジラが齎した災禍。

 それが千匹規模で起こったら……。


「この街は、今から海に飲まれる!」


 悲痛の叫びを、アッコロは吐いた。


「せやから! はよ逃げるんや!」

「だったら! 街の皆さんを避難させないと!」


 二人はほぼ同時に口にした。

 お互いに目を見開き、罵り合う。


「あほか! よう聞け! 風船クジラが死後、自己融解を始めるまで僅か5分くらいしかあらへん。そこから先は核分裂でも起こすかのように、鼠算的に膨張していく! とてもみんなを助ける暇らあらへん!」

「自分たちだけ助かればそれでいいんですか!?」

「全滅よりマシやろ!」


 犬と猿のように、牙を剥き出し、互いを威嚇する。

 それからギロリとこっちを見た。

 獲物を狙う、猛獣のような血眼で。


「シヴァルス! パルティの命がどうなってもええんか!?」

「シヴァ! みんなを助けないと!」


 ……冗談だろ。

 その選択を、その責任を。

 俺に背負えっていうのか……?


「シヴァルス!」

「シヴァ!」


 一歩後ずさる。

 無理だろ。

 そんなの、どっちを選んだって。

 俺は後悔に苛まれる。

 この二択には、正解が存在しない。


 一歩後ずさる。

 背中に固いものがぶつかった。神殿の柱だ。

 背後に迫る青い海が、悍ましい魔物に思える。

 これに抗う? 無理だ。

 今より進んだ文明が、死力を尽くしても滅んだ。

 天災とは人知を超えた絶対の理だ。

 結果は火を見るより明らかだ。


 そんな無謀を犯すくらいなら、パルティだけでも。


『――二つ、君に選択肢をあげよう』


 ディーチェの声がする。

 縋りたくなる。神の啓示にも似た声だ。


『一つ、台座の奥に隠し扉がある。それを潜れば北の山脈に出る。君たちだけは助かるだろう』


 良かった。

 パルティだけは、助けられる。


『そしてもう一つ』


 あと一つの選択肢。

 何が与えられても、揺るがないと思っていた。

 安堵した俺に与えられたそれは。

 俺の思考を酷く揺さぶった。


『【七天紋章】なら、あるいは全てを守り抜ける』

「……どういうことだ」

『君も見ていただろう? «沙羅双樹の色欲宮アスモデ・グレイシャー»を。【七天紋章】は、«七天紋章の荒御魂グランシャリオ・ブレイブ»の他に7つの力が存在する』


 もっとも、5つは未だ封印されたままだけどね。

 そう続けるディーチェ。


『君が流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)から持ち帰った能力、«白銀世界の怠惰領ベルフェゴール・アルギュロス»なら別だ』

白銀世界の怠惰領ベルフェゴール・アルギュロス?」

『そう。全てを凍りつくす、白魔(はくま)の法さ』


 白魔というのは災害をもたらす大雪の事だ。

 けっして(しろ)魔法とは別物だ。

 相手は天災。こちらも天災。

 それならば、確かに。


「……絶対か?」


 同格の戦いで、勝敗を決する要因はなんだ。

 運や読み、駆け引きなんかもそうだろう。

 だが一番の決定的な違いは、間違いなく相性だ。

 なんなら、格上相手だろうと相性次第では上回ることだってあり得る。


 雪が荒波に勝てるだろうか。

 流動するものは凍りにくい。

 凍るというのは運動を制限することだからだ。

 強大な力を束縛するには、より大きな力がいる。


 だからこそ、俺はディーチェに問いかける。


『……絶対は、保証できないかな』

「……そうか」


 ディーチェは、悔しそうに呟いた。

 俺は若干の申し訳なさを覚える。

 だけど、ごめん。

 パルティを、危険に晒すだなんて――。


「シヴァ!」


 ハッとする。

 パルティの双眸が、俺をじっと覗いている。

 泣き出しそうな顔が、俺を見つめている。


 ……泣きたいのはこっちだ。

 もう、流砂の楼閣(ネテル=ケルテト)の二の舞はごめんだ。

 俺の安易な行動で、パルティを危険に晒せない。


「シヴァでも、無理、なの……?」


 やめろ、やめてくれよ。

 俺の判断を鈍らせるなよ。

 こんなの、パルティだけ助けても。

 彼女から恨みを背負うじゃないか。

 一生背負う業が、重くのしかかるじゃないか。


「お願い、可能性があるなら、試して!」


 なんで。どうして。

 俺はパルティを助けたいだけなのに。

 どうしてパルティは、他人を優先できるんだよ。

 ……ッ。

 ペンダントを掌握する。


「力を貸せよ」

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