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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
2章 再臨した海底都市
15/22

6話 アスモデ・グレイシャー

 迷宮の攻略を開始してから数日が過ぎた。

 まあ、何度か寝て起きてのサイクルを繰り返したというだけなのだが、体感的には数日が過ぎた。

 手持ちの携帯食料と水は相応に減っている。

 引き返すという選択肢も考えねばいけないだろう。

 ただし、迷宮の深さが分からなければだが。


『大丈夫、最奥部はすぐ近くさ』


 生憎こちらにはクリア済みのプレイヤーがいる。

 判断を誤る事は無い。


 そして、言葉通り、すぐに最奥部に辿り着く。

 台座のある、行き止まりの部屋だった。

 流砂の楼閣の最深部と似た造りだ。


 不意打ちの影が、脳裏をよぎる。

 前回は天井から魔物が降ってきた。

 今回はどこからやってくる。


「もしかして、ここが最深部なんか? うち、ホンマに踏破できたんか?」


 俺とパルティが、警戒を一層引き上げている間に、アッコロはふらふらと台座に歩き出していた。

 意識が外へと向いていた俺達は内側に対しての警戒が薄くなっていた。

 彼女が台座に近づくのに気付くのが遅れた。


「……大賢者の真の遺産や!」

「っ、アッコロ!」

「なんや?」


 気付いた時には、アッコロは賢者の遺産を手に持っていた。

 金色に輝く箱を、虚ろな瞳で見ている。

 それから、まるで魅入られるように。

 魔力で操られるように、箱を開けた。


 箱が口を開いた時、異変は起きた。


「っ! なんやこの煙!?」


 それは見覚えのある瘴気。

 ペンダントの封印を解いた時。

 日記の封印を解いた時。

 それぞれで見てきた禍々しい邪気だ。


「アッコロ! 大丈夫か!?」


 慌てて、彼女に駆け寄る。

 不思議なことに邪気は部屋に満ちることなく、どこかに隠れてしまった。


「ああ、問題あらへんで」


 手を差し伸べた。

 それを掴み、立ち上がる彼女。

 抑揚のない声で、ぼそりと彼女は呟いた。


「無事、乗っ取り完了や」


 髪を振り分け、こちらを見てニヤリと笑う。


『シヴァルス! その場を離れろ!』

「ん?」


 唐突なディーチェの忠告。

 俺がその言葉を理解する頃には無意味だった。


「キヒヒヒヒッ!!」


 俺が見たのは、不気味に嗤いながら貫手を俺の心臓に向けて放つアッコロの姿。

 どうして、と考えても答えは出ない。

 思考から体が動くまでのラグがじれったい。

 緩やかに迫りくる貫手を眺めるしかできない。


 死――


「第一星剣、«彗星(ミーティア)»!」

「チィッ!」


 ――ななかった。

 俺を追い抜いた流星を前に、アッコロは攻撃を中断してサイドステップで回避する。


「シヴァ、これはどういうこと?」

「分かんねえよ、俺にも」


 首から駆けたペンダントを握り締める。

 おいディーチェ。

 何がどうなってやがる。


『彼女は今、支配下にある。かつて私が有していた、«|沙羅双樹の色欲宮《アスモデ・グレイシャー»にね』

沙羅双樹の色欲宮アスモデ・グレイシャー?」

「あん? うちのこと知っとるんか?」


 そう言い、ケタケタと笑うアッコロ。

 支配下? ディーチェの能力?


「せや。この体は今な、操られとるんや。うちら大事な仲間やんなぁ? うちを傷つけられんよなぁ?」


 不気味に嗤うアッコロ。

 雲間から覗く不気味な三日月のような笑みだ。

 どこか既視感を覚える。


「パルティ、推測するに本体はあっちの金色の箱だ。あれをアッコロから引き離すぞ」

「了解」

「させると思うたか?」


 残像が残ろうかという高速移動。

 目にもとまらぬ速さで動く彼女に、俺はただ立ちつくす事しかできない。

 迫りくる凶手との間に、パルティが割り込む。


「第四星剣、«火夏星(アレイオス)»」


 気が付けば、アッコロは金色の剣を手にしていた。

 鋭く鈍い音を立て、空間に響き渡る剣戟音。

 火花を散らすような鍔迫り合いが繰り広げられる。

 しばらく硬直状態を取ったが、やがてアッコロは忌々し気に舌打ちをして飛び退いた。


「ち、失敗てもうたな。そっちの方がスペック高そうやん。ズルいやん」

「シヴァには手を出させない」

「それなら先にあんたから倒したるわ」

「やれるものなら」


 こうなると、俺は途端無力だ。

 唯一使える技能は«七天紋章の荒御魂グランシャリオ・ブレイブ»のみ。

 二人の間に割って入る隙は見いだせない。


「くっ」

「ほらほら、ペース上げるで、しゃんとしい」


 打ち合いはますます熾烈を極めた。

 剣閃が空間を煌めいて、三次元的に交叉する。

 パルティの表情に苦悶が満ちた。

 歯を食い締め、悔しそうに吐き捨てる。


「第一星剣二式、«水星(メルクリウス)»ッ」


 流水の如く受け流すパルティ。

 それを受け、アッコロは。

 悪魔のように嗤った。


「あかんでぇ。大事なものは、ちゃんと守っとかな」


 彼女は受け流されてから、さらに一歩踏み込んだ。

 俺と彼女の間に挟まれていたパルティという障壁。

 それをすり抜けるように襲い来る。


「しま……っ、シヴァ!」


 同じ光景が繰り返される。

 心臓に迫りくる殺意。

 違いは手刀か刃物か。

 命をえぐり取ろうとする一撃。

 それが迫りくる様を、俺はスローモーションのように感じて――


『――ちょっとだけ、体を借りるよ』


 ドクンと心臓が脈動し、神経系が切り離された。

 そんな錯覚を抱く。反射行動でもとるかのように、体が無意識に稼働する。


 ……グサリと。

 アッコロの刃が俺の掌を貫いた。


「キヒッ」


 不気味に嗤うアッコロ。

 だが、本当に恐ろしいのは彼女じゃなくて。

 勝手に動くこの体だった。


「――ッ!?」


 刃先が突き刺さった手の平。

 まるで気にしないかの如く、ずぶずぶと柄に向かって手を進めていく俺の体。

 狂ったような行動に、アッコロの表情も凍り付く。


 俺の意志とは関係ない所で。

 俺の口角が悍ましく歪む。


「……捕まえた」


 柄を握るアッコロの手を、更に上から握り締める。

 アッコロはその場から後ずさろうとするが、手をしっかりと掴まれていては不可能だ。

 明確に、彼女の焦りが伝わってくる。


「捕まえてどうするっちゅうねん! この、狂人が」


 悪態を吐く彼女はしかし、どこか及び腰だ。

 本能的に捕食者を恐れる獲物のようだ。

 俺が感じたその予感。俺が抱いたその感想。

 それはまさにそのままだった。


「返してもらうだけさ。それは私の力だ」

「何を言って……ッ!? お前! まさか!」


 彼女を捕まえる手とは反対。

 溢れ出す魔力。右手を翳す体。浮かび上がる紋様。


「«七天紋章の荒御魂グランシャリオ・ブレイブ»」


 俺の口から零れた言霊。

 呼応するように現れる7柱の凶星。

 闇色に輝く魂魄が現世に顕現する。


「ッ! なんでや! なんでお前がおんねん!」


 暴れ狂う猛牛のように、激しく唸る嵐のように。

 雄々しく襲い掛かる星の瞬きにアッコロが叫ぶ。

 それは疑問というより、怨念に近い悲鳴だった。


「イヤや! お前に従わせられる日々は嫌や!」


 闇が彼女を丸のみにする。

 溺れる者が空気を求めるように、必死に顔を出す。

 虚空を求めて手を伸ばす。

 ボロボロと涙をこぼしながら。

 逃れられない運命から逃げながら。

 アッコロは怨嗟の声を上げる。


「ふざけんなぁぁあ! 死なばもろともやぁ!!」


 そう言いながら、アッコロは完全に闇に飲まれた。

 俺の手の甲に浮かぶ七天の紋様が、闇に煌めく。


「おかえり、«沙羅双樹の色欲宮アスモデ・グレイシャー»」


 俺は俺の口が動くのを、他人事のように眺めた。

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