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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
2章 再臨した海底都市
14/22

5話 迷宮攻略

 忘却の海底神殿ロスト・アトランティス

 かつてこの地には、今よりはるかに優れた技術力を持った文明が栄えていたという。

 エネルギーはレーザーによって供給され、通信手段は遥かに高度で、「オリハルコン」と呼ばれる特殊な合金を自在に操った。そう言われている。


 そんな優れた文明は、しかし災害を前に滅んだ。

 いくら技術を持とうとも、天災の前に人は無力だ。

 海底に沈んだ文明。それがアトランティス。


 入り口は海溝を下った遥か先。

 かつては大地で、今は海底の一面だ。

 荘厳な雰囲気を漂わせる柱が並ぶ神殿。

 そこにダンジョンの入り口はある。


 太古の技術からか。

 この神殿には奇妙な特徴があった。

 それは、壁を境界に、水を弾いていることだ。

 シャボンでコーティングをしている様にも見える。


 このシャボン、下層の部分だけは外から破れる。

 特に最下層部分は砂が堆積していて、そこに着陸してからダンジョンに潜るというのが主流だ。

 ただ、内側から外側へは自由に出られるらしい。


「表口には正規入場者がたむろしとるさかい、裏口から入るで」

「裏口入学みたいだな」

「もっと堂々していこうよ」

「なあ、真面目にやらんか?」


 そんな海底神殿を、俺達は目の当たりにしていた。

 この街で知り合った養鯨場の娘、アッコロ。

 彼女の所有する潜水艇を以て、突入を今か今かと待ち望んでいた。


「失礼な、俺はいつだって真面目だ。真剣にふざけている」

「堪忍な、突っ込む気力もないんや」

「あなたが突っ込まず誰が突っ込むの!」

「ええい! ノリツッコミでもしとき!?」


 と、なかなかに船の中は賑やかだ。

 少しでもアッコロが元気になれば。

 そう思っての事だったが、効果は薄そうだ。


「ほら、もうすぐ着くで。衝撃に備えや」


 海底ギリギリを行く潜水艇。

 それが今まさに、シャボンの内側に突入しようとしている。


 シャボンを突き破り、内側に潜った瞬間だ。

 浮力を唐突に忘れてしまった潜水艇は、砂が溜まった神殿裏口に不時着した。

 想像以上の衝撃が伝わってくる。


「……ここが忘却の海底神殿ロスト・アトランティスか」


 大賢者の日記に出てきたダンジョン。

 一度は、ディーチェと共に諦めたとも書いていた。

 大賢者はディーチェとの思い出の迷宮に遺産を隠したと言っていたから、ここに在ってもおかしくない。


 ちなみに、残りの遺産がどこにあるのかは、ディーチェ自身も知らないそうだ。

 流砂の楼閣にあるのを知っていたのは、あそこが最初の封印場所で、その時だけ首飾りを大賢者が持ち込んだから分かったらしい。

 逆に、二つ目以降はペンダントを家に残して行ったらしく、どこに隠したのか分からないとのことだ。


 おし、やるぞ。


 ◇◇◇


 このダンジョンにはシーウィードリーパー、甲殻トカゲ、水玉ダルマなどの魔物が棲んでいた。

 多分、どれもこれも強い。

 はずなのだが、パルティの双剣の前に、ばったばったとなぎ倒されていく。


「思ったほど強くないわね」

「二人とも、ホンマに強いねんな」

「俺は何もやってないけどな」

「期待しとるで!」


 目をキラキラさせながらアッコロは言った。

 やめとけ。

 七天紋章の荒御魂グランシャリオ・ブレイブを使うのは危機的状況だ。

 使わないで済むことに賭けるんだな。


 それから、しばらくした時の事。

 とは言っても下層の出来事だが。

 恐ろしい事が起きた。


 海の向こうから、大きなシャチが。

 こちら目掛けて突進してくるのだ。


「っ! 二人とも下がれ!」

「え?」

「何?」


 二人がそれに気づいた時には、遅かった。

 音を立て、シャボンの壁を突き破るシャチ。

 そこから海水がなだれ込んだ。


「きゃあああ!?」

「くっ!」


 重力を思い出した。

 そう言わんばかりに迸る海。


 俺は気付いた。

 眼前に迫る海の塊。

 これは鈍器だ。

 当たったが最後、血と肉片に爆ぜる。


 予感、瞬間。


 悟った時、世界は色を失った。

 時はものすごく緩やかになった。

 まるで粘り気の強い水飴の中だ。

 もがくように手を伸ばす。


「っ!?」


 凍てつく、何もかもが。

 錯覚を起こす。まるで雪山にいるような。

 全ての運動が停止するような、そんな錯覚だ。


 次の瞬間、なだれ込んだ海水は、飛び込んできたシャチもろとも氷像へと姿を変えていた。


「……なんだ、今の」


 世界が元に戻る。

 色付いた世界、時の清らかな現実。

 それが視界に広がっていた。


「おお! シヴァルスもやるやん! これやったら行けるで!」


 驚愕に染まっているのは、俺とパルティだ。

 アッコロだけが無邪気にはしゃいでいる。


「ほな先を急ごか。行くで二人とも!」

「あ、待て! 前を行くな!」

「誰にもうちを止められへんでぇ!」

「止まれっつうの!」


 なんだったんだ、今の力は。


 ◇◇◇


『ん? 見覚えのない仕掛けだね』


 部屋をまたいだ。

 そこでディーチェがそう呟いた。


「仕掛け?」

『ああ。私たちが来たときは、普通に階段があったからね。これは当たりかな。きっとあいつが付け加えた仕掛けだね』


 言われて、部屋を一望する。

 仕掛けって言ったって、そんなものどこに。


「シヴァ! 見てこれ!」

「お、何かあったのか?」

「うん! ほらこれ、秤?」


 そこにあったのは天秤。

 それから、9体の海の生き物のミニチュアだ。


 なんだこれ。

 そう思うと今度はアッコロが声を出した。


「お? 二人とも見てみぃ、仕掛けの説明が書かれとるで」

「おー、読み上げてくれ」

「かまんで。えーと? 全てのミニチュアを余すことなく使い、重みの釣り合いを取れ。やとさ」

「……は?」


 え、仕掛けって、そういう謎解き?

 いや、海の生き物の重さなんて知らんし。


 一応、確認してみる。


 イカ、タコ、エビ、アザラシ、イルカ、クラゲ、カメ、クリオネ、クジラ。

 いやちょっと待て。

 クジラ一匹で全部足した奴より重いだろ。

 どうあがいても釣り合いなんて取れねえよ。


『ふぅん? また訳の分からない問題を』


 ディーチェは少し楽しげだ。

 謎解きが得意って大賢者も書いていたもんな。

 バカは死んでも治らないとはいうが、好きは三回死んでも変わらないらしい。

 あるいは、単純に賢者のパズルだからか?


「どれ、うちにも見せてな」


 部屋を一通り探索し終えたアッコロが、天秤の前に立つ。それからミニチュアを一体一体、眺めていく。

 色々な角度から舐めるように。


「なるほどな」


 そういって、頷くアッコロ。

 どうせ分からないんだろうな。

 と、思ったのだが。


「分かったで! このアザラシだけな、妊娠しとんねん!」

「……そうなんだ」


 それが分かってどうするんだよ……。


「ええか? 問題文をよう思い返してみ。不自然な部分なかったか?」

「不自然な部分?」

「あっ、もしかして、『重さ』じゃなくて『重み』だったところ?」

「せや」

『……ああ、なるほどね。確かに、私たちには解けない問題だ』


 ディーチェは一足先に答えに辿り着いたようだ。

 よく分からん。

 重さじゃなくて重みと表現することに、何の違いがあるんだ?


「つまりや、問われとるのは体重やない。命の重みや。せやから片方にアザラシと3匹乗せて、もう一方に5匹乗せたら……」


 アッコロがミニチュアを分け終える。

 5匹の方にイルカとクジラが乗っていて、どう考えても体重は釣り合わない。

 しかしだ。


「階段や!」


 ゴゴゴと唸りを上げて、次のフロアへの道が切り開かれた。

 マジか、こいつ。

 迷宮踏破のプロ、ディーチェより早く謎を解いただと……?


「アッコロ、お前すごいな」

「まあな! 近海の生物の事についてやったらうちに聞き。分からんことも多いけど、誰より詳しいで!」


 得意げに頷くアッコロ。

 彼女は階段を見ると、駆け出した。


「おっしゃあ! 次行くでぇ!」

「あ、コラ! だから先走んなっつうの!」

「ふははー、捕まえてみぃ!」


 そう言い、駆け抜けるアッコロは、すごく楽しそうだった。

 それだけで、彼女を連れて潜った甲斐がある。

 俺はひそかに、そう思った。

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