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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
2章 再臨した海底都市
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4話 アッコロ

「お兄さんら、アトランティスに潜るつもりなんやろ? 連れてったろか?」


 俺は一段、警戒度を引き上げた。

 雰囲気のコロコロ変わる女性だ。

 朗らかかと思えば逞しく。

 逞しいかと思えば妖艶に。

 いまいち人物像が掴めない。


「そう警戒せんといてぇや。ただの親切やん」

「それはまあ、随分と打算的な親切なんだろうな」

「まあうちに利があるのは確かなんやけどな」


 そう言って、自嘲気に笑う女性。

 しばらく瞑目して、それからこちらに向き直る。

 今度は壁にもたれ掛かることなく、自身の足で立っている。


「名前、まだ言うとらんかったな。うちはアッコロ。しがない養鯨家や」

「俺はシヴァルス。こっちはパルティだ」

「……よろしく」


 俺の後ろから顔を覗かせ、パルティは言った。

 アッコロはほっと息をつくように肩の力を抜いた。

 それを見て、俺も少しだけ警戒を緩める。


「分かるで。うちの要求を気にしとるんやろ」

「端的に言えばそうだな」

「なんも要求せえへんよ。しいて言えば、最奥部まで連れて行って欲しいっちゅうくらいやな。外からここに来るくらいなんや。名うての冒険者なんやろ?」


 パルティはね。

 最近は剣姫っていう二つ名で呼ばれるらしい。

 道中で聞いた。


 ただ、俺はあいにく無名の冒険者だ。

 なんならついさっきなったばっかりだしな。

 とはいえ、馬鹿正直にそれを明示する必要もない。


「さてな。しがない夢想家かもしれないぜ」


 人を騙すのに、わざわざ嘘を吐く必要はない。

 嘘を本当かもと思わせるより、本当のことを嘘かもと思わせる方がよっぽど簡単だからだ。

 というより、俺は人の目を見て嘘を吐けない。

 だから敢えて堂々とハッタリをかます。


 アッコロはくすくすと笑った。

 それから、続けてこう言う。


「それならそれでええねん。大事なことは挑戦権を得る事。せやろ? っちゅうわけやから――」

「待て、俺の疑問は消えていない」

「なんやー? 手短に頼むで」


 アッコロは微笑んだ。

 無邪気に、毒気を抜くような笑顔だ。

 構うものか。


「お前はダンジョンに何の用がある」


 単刀直入な一言に、アッコロの笑顔が凍り付いた。

 それから、ため息をついた。

 観念するように。そうなるわなというように。

 長い嘆息を吐き出した。


「……とりあえず、な。うちまで来うへんか? 話は道中でするさかいに」


 折衷案というように切り出す彼女。

 俺はしばし考えて、着いて行くことにした。

 どうせここに居たってダンジョンに潜れるわけじゃないからな。

 掴んだ手掛かりを追いかける方が賢明だ。


「分かった」

「……ついて来てな」


 そう言うと、アッコロは店を後にした。

 それから、俺達も後を追って外に出た。


 ◇◇◇


「養鯨家の仕事って知っとるか?」


 アッコロはそう言った。

 俺は「いや」とだけ、短く返した。

 俺が知っているのは彼女が口にした分。

 浮袋と脂肪分に分けて商売をしている事だけだ。

 彼女が聞いている養鯨家の仕事というのは、もっと内面的な事だろう。

 事実、アッコロはせやろなと前置きしてから言葉をつづけた。


「想像してくれへん? 殺すために育てる生活を」


 アッコロはそう言った。

 俺もパルティも、ただ押し黙った。


「うちの養鯨場にはな、何百、何千匹って数のクジラがおるねん。誰一人として要らん奴なんざおらん。みんな大切な、……大切やねん」


 「大切な」の後を、言い淀んだアッコロ。

 その言葉の後ろには何が続いたのだろう。

 少なくとも、躊躇うような言葉だったのは確かだ。


「でもな、その大切なみんなをな、うちはいずれ殺さなあかんねん」


 憂いを帯びた瞳で、アッコロは言う。


「うちだけやないって分かっとんねん。この世にはぎょうさん似た仕事をしとるやつがおるって分かっとんねん。せやけどな、うちには耐えられんのや。大事な皆を殺さなあかんと思うと、胸が苦しゅうてしゃあないんや」


 俺たちは黙るばかりだ。

 アッコロは目を潤ませ、口をわなわなと震わせている。


「せやけど、うちの鯨油で生計を立てとる人もおんねん。勝手な都合で、辞めるわけにはいかんねん」


 アッコロの足が止まる。

 こちらに振り返る。

 くしゃくしゃになった顔で、こちらを見ている。


「でもな……でもな? もしかしたら、ダンジョンをクリアしたら、うちの子を殺さんでようなるかもしれんやろ? 可能性くらい、夢見てもええやろ?」


 彼女の声からは、空気が漏れていた。

 苦しそうに、言葉を絞り出している。


「せやから、こっそり、潜ったこともあんねん。でもな、うち一人じゃクリアできそうにないんや。なあ、お願いや」


 藁にも縋る思いなのだろう。

 アッコロは俺の両手を掴んでそう言った。


「……たすけて」


 もはや、おちゃらけた様子は無かった。

 いるのは一人。

 ただ、か弱い少女だけだった。


 ようやく、彼女の本質が垣間見えた。

 そんな気がした。

 陽気な彼女も、穏やかな彼女も、冷静な彼女も。

 全部、強がりから生まれた仮面だったのだ。


 実際、彼女の理論は破綻している。

 ダンジョンが踏破されたからと言って、潜水艇を運用しなくなるとは限らない。

 ダンジョン跡を観光するために、今より活発になるかもしれない。

 クリアされたダンジョンだからこそ、訪れる冒険者もいるかもしれない。

 アトランティスを攻略したからといって、待ち受ける未来が明るいとは限らないのだ。


 ……それでも。

 今に苦しむ人がいるというのなら。

 未来に希望を抱いているというのなら。

 その扉を開く手助けくらい、してあげたい。


 俺がここで断れば、次の機会はいつだろう。

 次にこの街に冒険者が現れた時か。

 はたまたこの街の冒険者に依頼するのだろうか。


 いや、この街の冒険者には頼まないだろう。

 それをするならとっくにしているはずだ。

 すでに断られたか、誘うつもりが無いか。

 どちらかは分からないが、いつ来るかも分からない外の冒険者を、彼女は待ち続けるのだろう。


 ふと、袖を引っ張られた。

 その先にはパルティがいて、目が合った。

 それから、何を言うでもなく、頷いた。


 ああ、そうだよな。

 分かっているさ。


「……おう。任せろ」

「本当に?」


 アッコロの震えが、少し収まる。

 遠慮がちに、俺の顔色を窺っている。


「当たり前だ。大船に乗ったつもりでいろ」


 そう言って、俺はアッコロの頭を撫でた。

 次第に、彼女の震えは止まっていった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・細かい点ですが… 「次第に、彼女の震えは止まっていた。」 →次第にという言葉は時間の経過によって変化する様を表しているのに対して、動詞が過去形なのはおかしいかなと思います。 表…
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