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七天紋章のシヴァ  作者: 一ノ瀬るちあ/エルティ
2章 再臨した海底都市
12/22

3話 潜水艇

 俺たちはダンジョンへの潜水艇を出している施設にやってきていた。

 タイル張りの床は一部が抜け落ちていて、海面がかわりに揺蕩っている。

 あとは潜るだけなのだが。


「シヴァ、これを見て」

「ん?」


 裾を引くパルティは、一枚の壁紙を指さしていた。

 見ればそれは運航時刻表だ。

 そして、すぐに気付いた。


「なんだこれ、次の出発は2時間後……?」


 なんだそれ。

 田舎の交通機関かよ。

 ここはどこ? そうダンジョン都市。

 栄えた都市として恥ずかしくないんですか。


 よくよく見れば、受付のおっちゃんも新聞を読んでいる。隣にはコーヒーが置かれていて、随分と暇そうにしている。

 ホワイト企業を目指しすぎでしょう。


 2時間もここにいたって仕方がない。

 取り敢えず、予約だけ済ませてしまおう。


「すみません。ダンジョン行きのチケットをお願いします」

「ん? あいよ。四か月待ちだけどいいかい?」

「……は?」


 え、なんて?


「えと、すみません。他を当たります」

「ん? おー」


 流石に四か月も待ってられない。

 という訳で断ってみたのだが、すんなり聞き受けられてしまった。

 あ、あれ?

 もっとこう、客を逃すまいってしなくていいの?

 いや、別に問題ないのか。

 四か月も予約が埋まる様なら、俺たち二人がいようがいまいが誤差の範囲ってか。


 ◇◇◇


 計3件、同じような業者を回ってみた。

 結果はどこもかしこも似たり寄ったり。

 店番は暇そうに、一日に数本の運行、予約は四か月先までいっぱい。

 なんだこれ。どうなってんだ?


「後一件だけ見てみよう。第2種の過誤の可能性もあるしな」

「カッコつけた言い回しは恥ずかしいよ」

「偶々かもしれないからな!」


 やめろ。指摘するな。

 言葉に出されるとなおさら恥ずかしいから。

 かっこつけた俺が悪かったですから。


 そんな会話をしながら訪れた、4件目。

 流石にそろそろまともなところを引きたいが……。


「おう! 四か月待ちだがいつがいい!?」

「あ、やっぱりいいです」


 無かった。

 どこもかしこも予約でいっぱいだ。

 なんだこれ。


「シヴァ、流石におかしいよ」

「分かってる」


 流石に、悪意を感じずにはいられない。

 神様や縁起を信じない俺にとって、もはや誰かの陰謀にしか思えない。

 誰か、ダンジョンに潜られたら困る人間がいる?


 だとしたらそれは誰だ。

 俺と同じように、賢者の遺産に関わるやつか?

 それともはたまた魔王の血を引き継ぐものか?


 答えのない問題にうんうん唸っていると、声を掛けられた。


「あれ? 風船買ってくれたお兄さんじゃん! なにしてはるん、こんなところで!」


 奥のドアから出てきた女性。

 この街に入ってすぐに出会った風船屋だった。

 パルティが俺の後ろに隠れた。

 どうやら苦手意識を抱いたらしい。

 こうなると彼女は無口だ。


「おー、露天商の。お前こそどうしたんだよ」

「うち? うちはなぁ、燃料を届けに来たねん」

「燃料?」

「せや。正確には風船屋じゃないんよね。正しくは、風船クジラの養鯨家にして加工屋なんや」


 前にあった時は笑顔が明るい人という印象だった。

 しかし、何故だろう。

 頭に巻いたバンダナのせいだろうか。

 今は働く女性といった印象を受ける。


「風船クジラから取れる浮袋は風船やったり、飛行船の材料なんかになるんや。他方な、その脂肪分はここら一帯の潜水艇の燃料にもなっとるんや」

「ん、ちょっと待て。ということは便の数がやけに少ないのは?」

「あー、べつにうちが絞ってるわけやないで? もっと上の意向や」

「上?」

「まあ、なんや。市長みたいな奴やな」


 頬を指で掻きながら、言い淀む。

 彼女はチラと店番に視線を送った。

 店員は店員で一瞥したが、すぐに手元の書物に目を移す。

 それを確認して苦い笑いを見せる女性。

 短く嘆息し、ちょいちょいと手招きしてきた。

 おとなしく従ってみる。

 近づくと、ひそひそ話が繰り広げられた。


「兄さんら、もしかしてアトランティスに潜るつもりでこの街に来たんか?」

「そうだな」

「そりゃあ残念やったなぁ。多分、一生潜れへんで」

「は? なんで」


 潜れない? 何故。


「ここがダンジョン都市ってのは理解しとるやろ? 逆説的にやな、ダンジョンを踏破されてもうたら観光客が激減してしまうやろ? せやからな、今の市長はな、潜れる人数に制限をかけとるんや」


 ……なるほど、道理で。

 あれだけ予約が殺到するのなら、もう少し便を増やすべきだと思っていたのだ。

 まさか本当に権力がらみだったとは。


 ただ、疑問も残る。

 まず一つ、この人たちが制限をおとなしく受け入れる理由だ。条件を無理やり飲まされているとかならまだ分かるが、別に不満を抱いている様子はない。

 そして二つ、制限を設けたところで、いずれは踏破されるだろうという事だ。もっとも、その結末に至るまでの時間を引き延ばすことはできるだろうが。


「疑問に思とるな? なんで制限に留めるんかってのと、なんでおとなしく受け入れとるんかって」

「おお、よく分かったな」

「まあな。答えを知っとるさかいに」


 鼻の下に指をあて、にししと笑う女性。

 少し得意げだ。

 まるで自慢話をする少年だ。


「要するに、賄賂や」


 しかし、開かれた瞳には影が落ちた。

 すこしゾッとする、そんな雰囲気がある。


「制限を掛けられる前の収入より収益が多くなるようにな、市長は全ての店に金を渡しとんねん。店の人らは実質不労所得みたいなもんやからな、文句は無いんや」

「……なるほど。冒険者の方は?」

「そっちは全員サクラや。入り口まで行ってキャンプして帰ってくるだけ。そういう契約をしたやつやないと潜れへんのや」

「馬鹿なのか?」

「うちもそう思うで」


 そんなやり方がいつまでも通用するわけがない。

 いずれどこかで悪事は露見するだろう。

 俺ですら疑問に思ったのだ。

 以前から潜っていた奴らの疑念は想像に難くない。


 その時、不満の矛先が向かうのは市長とやらだ。

 本人は富の延命だと信じているのかもしれないが、自身の首を絞めてもいる。

 その事に気付いているのだろうか。

 気付いていないなら、あまりにも刹那的だ。


「言うとくけど、ダンジョンの難易度が高いのは本当や。せやけどな、潜るやつがおらんのやったら、攻略できるものもできんわ」

「ん? ダンジョンに潜ったことあるのか?」

「あーうん。あるで」


 女性は瞑目すると、頭の後ろで手を組んで、壁にもたれかかった。

 すまし顔で彼女は言う。


「うちな、潜水艇もっとるんや。お兄さんら、アトランティスに潜るつもりなんやろ?」


 そう言い、ニヤリと笑う女。

 半開きの目で、挑発するように。

 彼女はぽつりとこう言った。


「連れてったろか?」


 ……俺は一段、警戒度を引き上げた。

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