三好筑前守長慶
清和源氏の嫡流武田氏と劣らぬ清和源氏の名門小笠原氏は、室町幕府から信濃守護を任じられながら、信州の安寧を守る事が出来ない小笠原氏に苛立った朝廷は、甲斐武田氏に信濃守を与えた為、武田氏と小笠原氏と朝廷の守護と幕府の守護職が争う事となり、小笠原氏は敗れて小笠原家当主右馬助長時は僅かな家臣と一族を連れて上方まで逃亡した。
当初、室町幕府第十三代将軍足利義藤に拝謁し甲斐武田氏の非道を訴えて、幕府の命で討伐或いは旧領に復帰する算段をしていたが、将軍の傍にいた管領細川右京大夫晴元が武田大膳大夫晴信の義兄だった為、細川右京大夫から将軍足利義藤に注進が入り、信州の荘園を回復して朝廷に献上した経緯を見て朝廷との対立を避けた義藤は、事実上甲州武田家の信州統治を認めてしまう。
この事実を知った小笠原右馬助は、天文十七年末に小笠原家庶流で細川右京大夫の家臣であった三好筑前守長慶の元へ走った。
この頃、三好筑州は七月に同族の三好越後守政長・右衛門大輔政勝親子と対立し、十月には細川右京大夫と三好越州に謀反を起こし、三好右衛門大輔のいる摂津榎並城を包囲してた。
その様な時期に小笠原右馬助が、京都を離れて三好筑州の元に転がりこんできたのだから、いくら小笠原宗家の当主がやってきたところで、あまり歓迎はされなかった。
小笠原右馬助は小笠原宗家当主として、阿波小笠原家の流れを持つ三好筑州に傲慢な態度で対面したと言われ、篤実温厚な性格である三好筑州であってもかなり不快な事だったと言う。
この初対面の後、三好筑州の軍勢として小笠原右馬助は一族の者達と共に三好本隊に参戦し、一緒に榎並城の包囲戦に参加していた。
榎並城の包囲中に三好筑州は信頼する次弟三好豊前守之相、従叔父三好孫四郎長逸、入江弾正忠久秀、石成主税助種成を集め雑談を兼ねながら軍議を行った。
「皆の者、三好右衛門大輔を餌に細川右京大輔と三好越州の出陣を誘ったのだが、あ奴等中々動こうとしない。何か意見ある者はいないか?」
「孫次郎兄上、細川右京大輔は兵が劣る故、六角弾正少弼定頼の援軍を待ち受けてるのが見え見えですな。ならばこのまま三好右衛門大輔の頸を取り、摂津の国人衆を京兆家(細川右京大夫)から引き剥がしてしまいましょう。」
「うむ、それは某の考えと一致しておる。あ奴等が全て揃う前に、榎並城を落とすつもりである。ところで入江弾正忠よ、安宅神太郎冬康、十河又四郎、松永甚助長頼等はいつここにやってくる?」
「三月までには、皆集結できるでしょう。」
「ならばその時、摂津衆と共に榎並城を総懸かりを行うので、それまで物資を確保するように。」
「ははっ!!」
「ところで彦次郎よ、最近堺の会合衆が甲斐武田家と大口の取り引きを行ってるそうだな。まさか鉄砲などを武田家へ売ってる様子なのか?」
「いえ武田家の屋敷が堺にあるのですが、奴等が求めてる物は鉄砲や火薬ではなくて、異国の作物の種子を求めて、代金として干し椎茸やギヤマンの器などを出してる様子です。」
「なるほど、小笠原右馬助を信州から追い出した後、そこから他国を狙う為に武具を求めているのかと思えば、異国の作物の種子とな。甲斐も信濃も山がちで平野が少ないので、異国の作物を作って領民の飢えを満たそうとしているのか。武田大膳大夫晴信、噂に違わぬ名君だな。」
そこで入江弾正忠が三好筑州に話かけてきた。
「殿、それに最近天王寺屋が武田家に異国人を紹介したそうで、その者は信州へ異国の技術を伝える為に向かうそうですな。」
「ほう、異国人とな。明国や朝鮮国の者なのか?」
「どうやら南蛮人で、その妻が明国人。さらに南蛮人の子供も四人連れてます。」
「ふむ、それは一家で移民みたいな感じで日ノ本に訪れたのかもしれんな。もし三好の地を通過していくならば、若狭武田家の事もある故、丁重にもてなして甲斐武田家との繋がりを太くするのだ。」
「孫次郎兄上、若狭武田家当主は六角弾正少弼から嫁を貰ってますので、此度六角弾正少弼に同調するかもしれませぬぞ。それに小笠原右馬助は甲斐武田家憎しになられておるが、それでももてなすと言われるのですか?」
「そうだ。若狭武田家は、甲斐武田家の分家だ。それに三好家としては愚かな同族に味方して、強敵を引き寄せる事は儂は望まぬ。今は細川や三好越州との闘いに専念せねばならぬ。その為には今川や甲斐武田、大内に尼子など戦う暇はあらぬ。ここは逆に甲斐武田と戦えぬなら誼を通じて、若狭武田家と三好家との間を取り持ってもらう事を望むぞ。」
従叔父の三好孫四郎が三好筑州に忠告をする。
「孫次郎殿よ、武田大膳大夫の妻女は、あの細川右京大夫の妻と姉妹であるぞ。もし細川右京大夫が武田大膳大夫に助けを求めたらば、如何いたす?」
「ふむ、甲斐武田家は離れてるとはいえ、そのような事はあるかもしれぬな。しからば入江弾正忠よ、其方は東方の各大名家との交渉役に命じる。そして甲斐武田や今川、斎藤などの家が三好との対決を選ばぬように抑え付けよ。」
「ははっ、承知しましたでござる。」
「まあ要らぬ心配だと思うが、我々の手に届かぬ者達が一致団結させぬように普段から工作しておくのも、三好家が潰さぬ為には必要な仕事だから、抜かりなく行うように。」
三好家首脳陣としては、大敵細川右京大夫の戦いの前に少しでも余計な問題を起こさない為にも、こうして小笠原右馬助の訴えを無視する事に決めた。




