待ち人、来たる
赤口関左衛門と堺の会合衆との談合は、ギヤマンの話の後、近年武田家で生産されつつある干し椎茸の話へと変わっていた。
干し椎茸は公家や寺院での消費が激しく、今までは明から輸入した高価な椎茸か山中に自然に生えてる椎茸が使われていた為、希少価値が高く売れば飛ぶように高い値段で売れてた。
その椎茸を大量に持ってる武田家は、例え山国と言う事を考えてもあり得ない様な数の椎茸を持っており、堺の商人達は喉から手が出る程欲しがっていた。
その干し椎茸を一括に管理している赤口関左衛門は堺に一年近く暮らしていながら、云わば重要な取り引き相手として商人達から見られており、武田家や関左衛門との伝手を得ようとここの所、接待や茶会などに誘われるようになっていた。
遅れて会合に参加してきた貿易商の天王寺屋津田宗達も武野紹鴎の弟子で、此度の会合衆の会合に参加して、関左衛門との誼を深めようとしてる商人の一人であり、甲州武田家から送られる干し椎茸を入手しようと思っていた。
丁度武田家が求めて様な南蛮人達が最近明国の澳門から乗せてきており、途中五島列島を立ち寄り、倭寇であり明国商人王直に商船護衛の銭を払い挨拶を済ませてから、瀬戸内海を通過して堺までやってきた。
関左衛門と干し椎茸を巡る交渉に澳門から連れて来たこの南蛮人を推薦する事で、有利に働かせる思惑があった宗達は、南蛮人達を堺に到着してから今まで天王寺屋の屋敷に逗留させて、今回の会合衆の会合で関左衛門に話を振った。
「薫諷様、私めは董諷様がこの一年お探しになられていた南蛮人の一行に伝手を得まして。そこで彼等を紹介する代わりと言ってはなんですが、我が天王寺屋にも干し椎茸を売って貰えぬでしょうか?」
関左衛門は、宗達の申し出に驚きながらも喜び、明日にでも天王寺屋に訪問して宜しいか尋ねてみた。
「宗達殿、売るのは構いませぬ。その異国の者達に面会したいのですが、明日にでも干し椎茸を御持ちしますので、天王寺屋に訪問して宜しいだろうか?」
「ええ、勿論構いませぬ。幸い彼等は澳門に滞在中に日ノ本の言葉を身に付けてますので、意思疎通は問題なく出来ます。」
「此度の会合は、大変稔りのある内容になりました。我が御屋形様や殿へ吉報を送れる事に大変感謝します。また今後も我等武田家と会合衆の方々との縁を絶やさずにやっていきたいと思います。」
関左衛門は集まった商人達に感謝の意を表すと、商人達も武家である関左衛門からの謝辞が大変気持ち良かったのか、皆機嫌良く関左衛門に話しかけてくれた。
そしてこの日の会合は山海の幸を肴に商人達と飲食してから解散し、関左衛門は夜更けなってから甲武屋に戻ると、妻の志乃が寝ないで待っててくれた。
「御帰りなさいませ、旦那様。子供達は皆、先に寝てしまってすみません。」
志乃が申し訳なさそうに頭を下げると関左衛門は、志乃に何も怒らずに逆に遅くなった事謝った。
「こちらこそ、遅くまで酒を酌み交わしててすまなかった。話は変わるが四郎様が求められてた異国の者達に明日会える事になった。場合によっては、この屋敷に滞在してもらい、御屋形様や四郎様からの許可が出たならば、甲府へ連れて行かねばならぬ。」
「そうでしたか。然らば明日から、その人達がこちらで生活出来る様に子供達と一緒に準備しておきますので、旦那様は安心して異国の人達を迎い入れてください。」
「志乃、本当に忝い。急いで今から御屋形様と四郎様に文を書くので、其方は先に寝て良いぞ。」
「分かりました。それでは旦那様、お休みなさいませ。」
志乃が先に就寝すると、関左衛門は取り合えず会合衆の会合に参加して、ギヤマンと干し椎茸の評判が良かった事、上方の動きが不穏で三好や細川などの大名が近々戦を起こしそうな状況な事、戦が行われると言う事で、景気が良くなり鉄砲や食料や建築資材などの物資が飛ぶように売れるので、甲信の馬も欲しがる商人や武家が甲武屋を訪れる等と文に書いて報告した。
____________________________________________________________
翌日、小者の茂助に干し椎茸を籠一杯十貫匁(37.5kg)程を背負わせて、天王寺屋を訪れた関左衛門は奥の部屋に案内されてた。
暫くすると津田宗達と共に見たことない異国の大男と明国の女性、それに異国の子供達四人を部屋に連れてきた。
関左衛門は、初めて見る南蛮人達に一瞬にして硬直してしまう程驚いてしまったが、目の前にいる南蛮人達を今後世話しないといけないと思うと、何とか勇気を振り絞って身を正して正座した。
「薫諷様、御待たせしてしまってすみません。昨日話したこの方が異国からやって来た原蹴煤殿です。そして隣の明国人女性が原蹴煤殿の御妻女の林姑娘様でございます。そして後の四人の子供達は原蹴煤殿の養子と言う事でございます。」
原蹴煤等六人は、日ノ本風の挨拶を事前に教えられてたのか、皆が頭を下げて代表の原蹴煤が拙い日ノ本の言葉で、関左衛門に挨拶してきた。
「ハジメマシテ、トウフウドノ。ワタシラハ、ニシノカナタニアルヨーロッパヨリオウゴンノクニヒノモトヘ、コノクニデシカアツメレナイレンキンジュツノソザイヲモトメテヤッテキマシタ。」
「すみません董諷様、夫は日ノ本の言葉をしゃべるのが苦手でして、私が代わりに話します。夫は、初めまして、董諷殿。私等は西の彼方にある欧羅巴より黄金の国日ノ本へ、この国でしか集められない錬金術の素材を求めてやってきました。」
原蹴煤の隣にいた妻の林姑娘が片言の日ノ本の言葉を訳してくれてるので、関左衛門は話の内容を理解できた。
「原殿は、錬金術と言ったが、この錬金術とはいったいどのような事なのですか?」
「レンキンジュツトハ、ワタシのコキョウデハオウゴンヲツクリダスキジュツトシテ、オオムカシカラタンキュウサレテイマシタガ、イマゲンザイハアラタナブッシツヲツクリダスヘンゲノガクモンデス。」
「夫は、錬金術とは夫の故郷では黄金を創り出す術として、大昔から探求されていましたが、今現在は新たな物質を創り出す変化の学問との事です。」
「ほう、変化の学問とな。例えば石から黄金を創る探求を行ってるとか?」
「イエ、イシカラオウゴンにヘンゲスルジョウケンガタリナケレバムリデショウ。シカシイロイロナセイブンノキンゾクヲマゼアワセルトカルクテカタイテツナドがツクレタリ、ヒトヒドノヤマイヲナオスクスリノザイリョウニモナリマス」
「いえ、石からは黄金に変化する条件が足りなければ無理でしょう。しかし色々な成分の金属を混ぜ合わせると軽くて硬い鉄など創れたり、人々の病を治す薬の材料にもなります。」
「何と誠でござるか!! そしたら其方達は、この日ノ本へ何を求めに来たのだ?」
「ワタシタチは、コノヒヲフクヤマノフモトニアルクサクテアツイジョウキガデルタニデ、オウスイナルキケンでキチョウナミズヲサイシュシタクテヤッテキマシタ。コノオウスイナルモノは、セカイデモヒノモトナドワズカナバショデシカサイシュデキナイモノデスノデ、ワタシハイノチヲカケテヒノモトマデヤッテキマシタ。」
「私達は、この火を噴く山の麓にある臭くて熱い蒸気が出る谷で、王水なる危険で貴重な水を採取してくてやって来ました。この王水なる物は、世界でも日ノ本等僅かな場所でしか採取出来ない物ですので、私は命を懸けて日ノ本までやって来ました。」
「なるほど。その様な場所は、日ノ本では各所にありますが我が武田家の領内でも、その様な条件に当てはまる場所が幾つかありますので、原殿が良ければ我が御屋形様に御仕えしませぬか?」
「ソウフウドノ、アナタノアルジハワタシメニレンキンジュツのタンキュウをオユルシニナラレルノデスカ?」
「薫諷殿、貴方の主は私めに錬金術の探求を御許しになられるのですか?」
「我が主高遠四郎様は、三歳ながら諏訪大明神の神子であらせる。その四郎様は、我々が貧しい暮らしをしていたのを、豊かな生活に変える神の様な知恵を御持ちになられておる。その四郎様から、異国人である原殿の様な者達を探す様に命じられてるのです。だからきっと貴方達は、錬金術なる技術を探求する事を御許しになられるでしょう。」
「ソッ、ソレワホントウデスカ?」
「薫諷殿、それは本当でしょうか? 夫は欧羅巴ではある有力な商家のインチキを世間に公表したせいで命を狙われ、ここ日ノ本まで来る事なった原因の一因でした。だからその様な話は半信半疑になっていますので、自分自身で確認したいと思ってます。」
パラケルススが、途中日ノ本の言葉が拙くなったので、代わりに林姑娘が代弁する感じに話を続けた。
「もし四郎様が気になるのなら、実際に会って確認してみたらどうでしょうか? 御屋形様と四郎様には文を送りますので、四郎様からの返信が来るまでこの甲武屋に逗留していただきたい。」
「ワカリマシタ、ソレデハシバシオセワニナリマスノデ、ソノアイダヒノモトヤシロウサマノコトをオオシエテクダサイ。」
何となくパラケルススの言ってる事が段々聞き取れてきた関左衛門は、パラケルススの申し出を受け入れて、これからこの六人を居候として、四郎からの返信が来るまで世話していく事にした。
またここにパラケルスス等六人を連れて来た津田宗達は、十貫以上の重さの干し椎茸を売って貰って、大いに面目を施して、その後も関左衛門から頼まれた異国の者達を紹介して、武田家との繋がりを太くしていく事になる。
津田宗達 堺の豪商天王寺屋の主人で、津田宗及の父。東南アジアや明国などと貿易を行い、弟天王寺道叱と共に九州博多の交易を行ってた。武野紹鴎の弟子で、本願寺の坊官下間氏や三好家や畠山家との大名とも交流があり、茶会を開いてよくもてなしていた。




