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東方見聞録

 テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムは、バーゼル大学で医学、自然哲学、化学を学んだ後、己の研究欲を満たす為に欧州各国を放浪してる間、当時は錬金術師を身に付け鉱物からの化合物を使った治療を行ったり、精神病理の研究を行ったりした。


 その研究の過程の際、当時梅毒の治療薬とされていた癒瘡木(ゆそうぼく)が梅毒の治療約として効果が無いと学会に発表したた為、癒瘡木(ゆそうぼく)の輸入業に関わり巨万の富を得ていたフッガー家を敵に回して、命を狙われる事となった。


 当時、欧州での錬金術師は貴族に囲われて、金を作り出す事が主流であったが、ホーエンハイムは医学の知識もあった為か、賢者の石と言う物や医薬品の生成を行うべしと主張していた。


 修道院では神秘学を学び、途中軍隊に軍医として徴兵された時は、戦場での同僚の応急処置に疑問符を上げた為、軍医仲間から大変嫌われた。


 さらに軍隊を辞めた後、もう一度大学に入って医学教授として迎い入れられたが、大学での講義の方針に不満を持ち、自らが医学を転換させるなどと宣言した為、学生達を驚かせたりした。


 バーゼル大学には、二年間所属したが異端な講義を行う事が問題になり、大学から追放されてしまう。


 さらに以前より敵に回していたフッカー家が暗殺者を送り込むに至り、ホーエンハイムは飲み屋のいざこざで刺殺されたふりをして名をパラケルススに変え、今まで貯めた財産を貴金属にして、弟子達と共に欧州から逃れ錬金術の本場イスラム世界へと逃れた。


 ザルツブルグから、ウィーン、ヴェネチア、アテネ、イスタンブール、バクダッドと移動して、その間にも四人の幼い孤児を拾って、其々(それぞれ)の孤児をオンデーィヌ、シルフィール、ピクシー、サラマンドラと精霊の名前を名付けて弟子として、自分が持つ知識を教え込む事にした。


 パラケルススと四人の孤児は錬金術の技術を極める為、過去に知恵の都と呼ばれたバグダットを訪れたが、十五年前にオスマントルコ帝国に支配されるまで戦禍に巻き込まれていて、この頃にはメソポタミア地方の辺境都市に様変わりしていた為、パラケルススは失望したが東方にある明国の貿易商林道乾と偶々(たまたま)話す機会を得た。


 明国の貿易商林道乾は、明から運んできた景徳鎮の陶磁器をバクダットやイスタンブールで売り(さば)こうとしてジャンク船の船団でやってきた。


 明国では海禁策で許可無く国外への密貿易は禁止されており、景徳鎮の陶磁器も国外で売り(さば)くともの凄い大金になるのだが、明国の役人に捕まったら極刑になるのは確実な為、命がけの密貿易商人は大きな船団を組んで明国の軍船を返り討ちにするぐらいの武装を持ってた。


 林道乾は、(しばら)くメソポタミア地方で、絹織物や綿織物、ガラスに金属工芸、刀剣、紙、火薬や銃砲などを購入して、東方へ戻るとパラケルススに話した。


 パラケルススは、明国の錬金術に興味を持ったので、林道乾に連れてってくれと頼んだが外国人など連れていけば、(たちま)ち投獄されてしまうと言って、やんわりと拒否をした。


 しかしパラケルススはヴェネチアに寄った際、マルコポーロの東方見聞録と言う本を読んでおり、東方には黄金の国ジパングと言う国があり、チーナ(秦)の皇帝が不老長寿の薬を求めて徐福を送ったと言う逸話が書かれていた事を思い出し、さらにバクダットの図書館の書物で、火を噴く山がある島には錬金術で扱う薬品が豊富にあり、特に王水などは世界の中で限られた地域にしかないと言う記述を覚えており、是非ともジパングに渡りたいと林道乾に頼んだが、確かに金銀が豊富で豊かな国が東方にあるのだが、恐ろしく強い者達が内乱に明け暮れてる国なので、命を大切にするなら止めとけと言われた。


 その間にも半年ばかり時が過ぎて、パラケルススも半分諦めてバクダットに居を構えて研究所を開く為、イスラム世界で売られてる薬品や器具を買い揃えていると、林道乾が数日後にバクダットを発ってパダニ王国に戻るので、(しばら)く会う事は無いだろうと別れの(うたげ)を開いてくれた。


 その(うたげ)の際、林道乾はパタニ王国に最近ジパング(日ノ本)からの商船が多数やってきて、様々な物を買って大金を落としていくので、とても景気が良いと酔った勢いで、パラケルススに話してくれた。


 その時ジパングの商人と時々商談がてらに酒宴を(もよお)すのだが、奴等の国ではあちこちから熱い水が湧き出しており、寒い日にその熱い水に浸かりながらも酒を飲むのが、最高の贅沢だと自慢していやがったと林道乾は話しており、俺も一度はジパングに行って入浴しながらの酒と言うのをやってみたいと話してくれた。


 酒を交わしながら話を聞かされてたパラケルススは、居ても経っても抑えが効かなくなり、とうとう林道乾にジパングに連れてってくれと頼みこんで、林道乾も酒に酔ってたとは言えジパングへ連れて行く事を同意してしまった為、酔いが冷めた後激しく後悔した。


 しかし約束した事は守るつもりの林道乾は、三日準備に待っててやるから、それまでに身支度しろとパルケルススに伝えて、東方行きを認めた。


 パルケルススは借りたばかりの家を即座に解約して、荷馬車一台分に荷物を(まと)めてバクダットから離れる身支度を済ませると、林道乾の船団に乗せてもらい一旦パタニ王国まで行った。


 一ヶ月程でパタニ王国に辿り着くと、林道乾の妹林姑娘(りんこじょう)が故郷華南からやって来てて、母が病にかかったので連れ戻しに来たと林道乾と言い合いになっていた。


 その頃、林道乾はパダニ王国の高官の娘と結婚してイスラム教に改宗してたので、兄の身勝手に激怒し、連れ戻すまでここに居座ると言って、てこにも動かなくなった。


 それでも林姑娘(りんこじょう)の説得から逃げ回る林道乾に説得は不可能だと悟り、林道乾が資金を出して建設中だったモスクの中で、頸を吊って自殺してしまう。


 自殺を発見した林道乾は大変嘆いたが、パラケルススが林姑娘を蘇生する事が出来ると言い、林姑娘をホムンクルスにして蘇生する事になるが宜しいかと聞いた。


 まさか死者を蘇生する方法があると聞き、大変驚くしまうが林姑娘が蘇るならば、どんな条件でも飲むと言ったので、パラケルススは幼い弟子達四人と一緒に林姑娘に欧州にいた頃に作った唯一の賢者の石を体内に埋め込んで蘇生してやった。


 賢者の石を埋め込まれてしまった林姑娘は、自分が生き返った事に驚くと共に、命を救ってくれたパラケルススに感謝を示した。


 だがパラケルスス曰く、賢者の石の力は不安定であり、パラケルスス本人が林姑娘を定期的に診察してやらないと、いつ砕けるか解らない代物であると言い、出来れば新たな賢者の石を製作する材料を集めたいと申した。


 そして材料集めの為にジパングに渡してくれと林道乾に頼み込むと、ならば澳門(マカオ)に向かい、いくらでも必要な物を集めるから、林道乾と林姑娘の老母を治療して欲しいと頼みこまれた。


 パラケルススは、資金や素材の援助を確約されると喜んで澳門(マカオ)に渡る事を承諾したので、ここに来て命を助けられた林姑娘を妻として娶ってくれと懇願された。


 パラケルススは五十三にもなっても未だ未婚だったので、三十五も離れた林姑娘を娶る事を拒否の姿勢をみせたが、林姑娘はパラケルススは恩人であり、明国人は年齢の離れた夫婦も当たり前にいると言って、パラケルススとの結婚を譲らなかった。


 夫婦となったパラケルスス・林姑娘夫妻と孤児四人は林姑娘の体調が安定した後、天王寺津田宗達の船団に乗せてもらい一路澳門(マカオ)に向かい、そこでパラケルススが林姑娘の心の病を治療してやった。


 その間にも津田宗達から、林姑娘は日ノ本の言葉を教えてもらい通訳として数ヵ国語の言葉を習った。


 林姑娘の老母の治療は半年以上かかったが、その間にも林姑娘は日ノ本の言葉を使いこなせるようになり、さらに孤児の弟子達も日ノ本の言葉を覚えてしまった。


 パルケルススだけは未だ片言の単語しか覚えられず、林姑娘か孤児達四人が通訳する形となった。


 そして船旅に耐えられるようになったと知らせを受けた林道乾は老母を迎えにきて、パタニ王国に連れ帰り、バルケルスス一行は日ノ本に錬金術の素材を求めて、再び澳門(まかお)にやってきた天王寺屋の船団に乗って、堺湊に向かって行った。

 、




林道乾 明国出身の密貿易商人、倭寇。幼き頃から武芸に秀でており、成人すると無頼漢を集めて、海賊となった。だが威名が明国政府にまで知られるようになると拠点をパダニ王国に移して、パダニ王国に忠誠を誓うようになる。

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