年明け早々、嘆願②
高田七兵衛と中島五郎太の二人を下げた後、次に年始の挨拶を希望する者がやってきたと告げられたので、四郎はその者等を呼ぶ事にした。
四郎が居る部屋にやってきたのは、武田の御用商人達で坂田源右衛門、諏訪春芳、松木刑部大夫桂琳の三人がやってきて他国の商人ばかりでなく、我々武田に代々仕える御用商人達にも仕事を与えて欲しいと嘆願してきた。
「明けまして、おめでとうございます。四郎様は御壮健如何ですか?」
「身体の方は何も心配はない。ところで其方達は、父上や兄上と年始の挨拶に行ったそうだが、俺の所に来て挨拶以上の話でもあるのか?」
すると必死の形相になった坂田源右衛門等三人は、四郎に向かって嘆願してきた。
「四郎様!!我々は武田の御用商人ですぞ!! 何故、他国の商人ばかり重用するのでしょうか!? 」
四郎は、やれやれと言った表情で、三人に答えた。
「其方等は、武田領の物流を担ってるではないか? それとも俺が必要としてる人材を推薦出来るのか? それとも俺が欲してる物を用意出来るというなら、其方等から買おうではないか?」
「四郎様が欲してる物はどのような物でしょうか?」
酒田源右衛門が聞いてきたので、答えてやることにした。
「源右衛門よ。其方の商いは、塩や魚を武田領で売る事を統制する許可を得ていたよな。」
「然りで御座います。駿河で入手して、甲府にて売っております。」
「俺は、本心では塩をもっともっと沢山欲しいと思ってるし、もっともっと塩を安く買いたいと思っている。その様な話は、其方と話して考慮してくれるのか?」
「四郎様、希望する量と価格を言ってくれない事には、どんだけの値引きを行えばいいかわかりませぬ?」
「ならば言おう。塩一斗(18ℓ)銅銭四十文で、用意出来るのか?」
「よっ、四十文ですとっ!! 手前共が駿河より購入して、甲斐まで運ぶ経費を考えると塩一斗銅銭百五十文はかかりますぞっ!!」
この時代の塩の生産量と輸送量ならば、その位かかるのは解ってる。 つまり大規模に塩作りをやらないと値段など下げられないからな。
「源右衛門よ。塩の生産量と甲斐までの輸送経費を考えると、其方の言う価格が妥当だろう。だが俺はその値段で塩を買い続けるならば、あっと言う間に破産してしまうだろう。だから其方からは塩を買う事が出来ないし、高遠家の領地で取れる山塩を当てにするしかない。」
「源右衛門は、父上との取り引きで潤ってるのではないのか? 其方に異国の伝手があるのなら声をかけてただろうが、其方の取り扱う商品は武田領の民生品なので、俺が望む物とはただ違うだけなのだ。」
「四郎様!!ならば我々とは取り引きしないと言うのですかっ!!」
四郎は少し思案した後、ダメ元で言ってみる事にした。
「源右衛門は塩商人と自負するのなら、海外に岩塩と言う物があるので、もしその様な物を見つける事が出来るならば、その岩塩を購入しよう。」
「その様な物は、どこで手に入るのですか?」
「一番可能性あるとしたら、明国の北にある蒙古の国で取れると聞いた。山が丸々一つ塩の塊らしいから、日ノ本で取り引きされる価格より遥かに安くかえるが、蒙古の者達と取り引きするならば蝦夷地を経由しての貿易になるぞ。」
「なんと・・・・ その様な貿易を行わないと無理だとは・・・・」
「源右衛門よ。もしそんな岩塩を日ノ本に持ち帰ったら、別に甲府で売る必要が無いではないか?」
四郎に甲府に拘る必要ないと言われて、源右衛門は慌てて顔を拭いながら返事をした。
「そっ・・その通りでございます・・・・ しかし私は甲斐で生まれた者なれば、他国の商人が出入りして利益を貪る事が我慢ならぬのです。」
「源右衛門の気持ちは分かった。俺も其方等を無碍にする積もりもないので、一つ依頼をしようかと思う。」
「どの様な事でしょうか?」
「源右衛門には、味噌から作れる溜り醤油造りを始めてもらおうと思う。」
「その様な物があるのですか?」
「ああ、味噌から作られた醤と言うが上方にあるので、人を送って製造法を学ばして、物にして欲しい。その醤油が完成したのなら、俺はあるだけ全部購入してもよいぞ。」
「なっなんと!! 全て購入ですかす!!」
「それだけ、価値がある調味料だと思ってる。もし醤油を作れるならば、父上に頼んで坂田屋の専売商品にと推挙するからな。」
「わっわかりました!! 味噌から作れるその醤油とやらを我が坂田屋で製造してみまする。」
次に、四郎の遠縁である諏訪春芳が話かけてきた。
春芳は、父晴信からも信頼篤く蔵前衆として直轄地の年貢の算用を任されるなど、代官として武田家に仕え足軽七十人も任されるなど半武家半商人なので、四郎が他国の商人との取り引きをする事に何を反発してるのか判らなかった。
「四郎様、拙者は四郎様が他国の商人達に、武田領内で生産しておる新式農機具を売ろうとしている事に不満がありまする。」
「では春芳よ。このまま武田の領内で秘匿しておく方が良いと思ってるのか?」
「その通りでございまする。鍛冶職人が少なくて数が作れぬのは、我慢してでも我々だけの秘密にしとけば、何れ他国との国力が差が開いて、武田家は大いに繁栄するでしょう。」
なるほどな、自国のみで優れた農機具を独占したいと考えているのか。
「春芳は、考え違いをしておるぞ。確かに春芳ら代官の立場として、他国よりも豊かな領地経営を行う事には、優れた知識や技術の独占は理解できる、いや独占するのが当然だろう。しかし日ノ本と言う国全体を見たら、絶えず戦乱と飢饉で、全ての民百姓に食料が行渡らず餓死者も出る世の中になっておる。百姓の生産性を上ケてっても罰は当たるまい。」
「それに今の新式農機具を我らで独占すると、必ずや農機具の技術を盗んで、種子島の様に日ノ本の彼方此方で生産されるだろうよ。それならば、他国の商人が農機具を求めるならば、売ってやる方が武田家の利益に通ずるだろう。何れ真似されるなら、鍛冶職人も沢山集めて大量生産して、新型農機具市場を占める方が良かろう。」
春芳は四郎が言ってる話に理解を示し、一つ提案をしてみた。
「ならば四郎様、今後鍛冶職人や石工職人が沢山必要ならば、北秦のには戦乱によって仕事が失った者達が多くいるので、それらの者達を鍛冶職人や石工職人の技術を教えましょう。」
「俺が求めてるのは、鍛冶職人や石工職人は数百人にもなるが、それだけ育成出来ると思うか?」
「元武士で、廃業を選んだ者達だけでは足りますまい。四郎様が他国の鍛冶職人や石工職人引っ張るならば、数年後には可能かもしれません。」
「そしたら、代官の傍らに春芳は職人育成して、新式農機具や武具などを生産して、武田家へ納めたりする事は出来るのか?」
春芳は、腹を括って答えた。
「拙者が、武田の領内に職人を統括した工房を作りまする。そして安定した鉄製品を武田家や他国に売って、皆を豊かにしまする。」
諏訪春芳が、鍛冶職人を集めた工房を創設してくれると言う話を聞いて、安心した四郎は最後に松木刑部大夫桂琳に話をかけた。
「松木刑部大夫。其方も蔵前衆で、父上から金山経営を任されて甲州金を鋳造おこなってるであろう。此度は、この俺に何を嘆願するのだ?」
すると松木刑部大夫は、四郎の顔を見ながら意を決した様に話始めた。
「此度四郎様に伺いたい話は、拙者の商いの荷物三駄の事でございます。武田領では牧場が多く、軍馬は沢山生産されておりますが、荷馬や荷牛などの生産は足りてないない為、我が松木家で武田家出兵の際、多くの牛馬を輜重隊として貸し出しております。しかし戦場で消耗も多く、牛馬の補充の費用も馬鹿になりませぬ。そんな時、四郎様が農耕用家畜を求めてられるのを聞いたのです。」
「四郎様が市場で、牛馬を集められると我々松木が購入する荷牛馬が、足りなくなってしまうのです。どうか市場での購入を控えてもらいたいのです。」
なるほど、これは純粋なクレームだな。
「松木刑部大夫よ。其方は購入した牛馬を繁殖させないで、買った牛馬全てを荷運びに使っておるのか?」
「いえその様な事はありませんが、牛馬を妊娠させると暫く仕事に使えなくなるので、我々は運良く繁殖してくれた牛馬以外は、仕事に使っておるのです。」
「なるほどな。ならば余計に市場での牛馬は、俺が買い集める方が良いだろう。俺が任せた牧場なら、繁殖の技術を知ってるので、数を増やせる。数が増やせれば、其方荷駄商人にも牛馬を販売してやろう。そしたら安定した数も手に入れやすいと思うぞ。」
「えっ、そんな事か゛出来るのですか?」
「出来る。その知識はあるが、特殊な医師の技術が必要だ。俺は、そこの部分を解決する策を知ってる。」
俺は、永田徳本先生に協力してもらい、雄牛の精子を取って雌牛に授精させてみる積もりだ。
そんな事は知らない松木刑部大夫を始め、坂田源右衛門や諏訪春芳も大いに驚いてた。
「そっ、そんな事が出来るのですか!?」
「特殊な器具は必要だが可能だぞ。」
「そっ、それならば四郎様に牛馬を増やして貰う方が宜しいのでしょうか?」
「その技術が安定化したらば、松木刑部大夫にも牛馬を売ってやろうぞ。」
「四郎様!!その時には、どうか宜しくお願いします!!」
松木刑部大夫は、大声で四郎に御願いすると、床に頭付ける位の勢いで土下座した。




