年明け早々、商談①
大晦日手前の十二月二十七日に、父武田大膳太夫晴信と兄武田信濃守喜信が、北信濃の遠征から帰国してきた。
甲府では、北信濃の武田領が増えたと言う事は、事前の早馬で皆が知ってたので、躑躅ヶ崎館の者達の他にも城下の武士家族や商人や職人の町人衆が道路脇に立って、武田勢の行列が町に入ると皆が大喜びして、声を上げていた。
町に入り、此度参加した国人衆の侍達や手柄を上げた足軽達を勘定奉行が名前を呼んで、手柄の大きさに決められた恩賞を渡してから、自宅に返していった。
また侍大将や足軽大将以上の役職の者は一同を躑躅ヶ崎館に呼び、戦勝の宴を開き参加した者達を慰撫してやった。
そして翌日には、戦の為に集まった国人衆達は地元で正月を迎える為、遠い地からやって来た武将は、大晦日まで戻るのに急いで帰り、甲斐国内の国人衆などは年末で賑わってる甲府の町で買い物を済ませてから、地元に帰って行った。
また甲府の城下に武家屋敷を構える譜代衆の者達は、自宅の屋敷に戻って出征からの生還を祝い、ささやかな宴を挙げる者もいた。
そして大晦日を過ぎ天文十八年の元旦になると、元旦の挨拶を御屋形様に行うのに再び躑躅ヶ崎館に登城する者達に溢れて、甲府の城下町も賑わっていた。
その中で、中島四郎次郎が甲府に派遣してる娘婿の高田七兵衛政清と従兄弟の中島五郎太延光が、四郎の元へ年始めの挨拶に訪れた。
「四郎様、明けまして、おめでとう御座います。先ほど御屋形様と御曹子様(喜信)に年始の挨拶を行って参りしまた。今年も、手前共を宜しく願いいたします。」
高田七兵衛と中島五郎太が共に頭を下げて、四郎と挨拶を交わすと早速前年依頼していた物の商談を切り出した。
「大旦那中島四郎次郎様が、去年依頼受けた物はまだ手に入れておりませぬ。高麗青磁の工人などを日ノ本に呼びたいのでありますが、朝鮮側は日ノ本との接触を倭寇だと考えて嫌がっております。」
「あの国は日ノ本を中華の序列の中で、自国より下と決めている為、日ノ本の事を蔑むので、我らと接触してくれる朝鮮国商人は、対馬国の宗氏や博多の商人に囲われておるのです。」
高田七兵衛と中島五郎太の二人は、朝鮮国との取り引きが中々上手くいかない事を嘆いていたので、四郎は明国の方を聞いてみた。
「それでは、七兵衛と五郎太よ。明国との取り引きは上手くいきそうなのか?」
「そちらの方は明国が倭寇の取り締まりする為、海禁令が出されておりますが寧波の南蛮人や倭寇の王直が明国で密貿易を行っているので、その者を通じて明国の品々を入手する事は可能ですが、しかし価格は高くつきます。」
ふむ・・・・ 価格は高くても王直を通じて、明国の物が手に入りそうか? いや物より、職人を明国より日ノ本に連れ出す事は可能なのか? 例えば生活に困窮している職人などを日ノ本に連れ出す依頼など出せたら良いんだけど、そんなの頼んだら恐らく一万貫文は軽く必要になるだろうな。
いや・・・・ 今ではないが、来年機会があるかもしれん。
来年になると、蒙古のアルタン・ハーンの軍勢三万が北京を三日間包囲し、朝貢と互市を要求する庚戌の変が起きる予定になってる。
今回北京を包囲するだけで終えるが、今から七年前には辺境の明国人二十万を殺し、二百万頭の家畜を強奪して、八万軒の家屋を焼いてるので、明国側から見ると倭寇よりも危険な敵だろうよ。
その時、恐らく明の軍勢は大半が北京防衛に送られるものだから、倭寇への警戒も薄くなるかもしれないので、何か機会が無いか考えてみるか?
「七兵衛に五郎太よ、今のところどれも時間がかかる事ばかりだが、お主等の主人には鍛冶職人、石工職人、薬師などを人集めも頼みたいのだが、その様な事は頼めるか?」
「武田家で、新たな産業を起こすのに必要なのですか? ならばその新たな産業が起きた時は、我々と取引相手に選んでくれるのなら、喜んで人材探しに協力しましょう。」
ここで四郎は、どの商人にも話してないギヤマンの話を振る事にした。
「ここだけの話だが、我が高遠領ではギヤマンの製造が可能となった。しかし簡単な器程度が作れても南蛮人が持つ様な審美に叶った器とかが作れぬのだ。もし京で取り引きされる様な美しきギヤマンの器や瓶など生産出来るならば、茶屋に優先的に取り引きする事も検討しよう。」
四郎が突然爆弾発言してきたので、二人は驚愕して口をパクパクさせてた。
「ギっ、ギヤマンですか!! 京では茶器などと同等の扱いで取り引きされてますぞ!!」
「そうです!! 特に透けて通る透明な器などは、南蛮人が大枚出さないと譲ってくれぬのです!! しかも製造法も教えてくれませんので、九州の大名などは珍奇なギヤマンを手に入れたい為に日ノ本の人々との交換で入手している悪い噂もある位いですぞ!!」
なんか嫌な話も聞かされたが、戦国時代は人権無視の男でも有り有りの世界なので、何とか不快な気持ちを顔に出さずに受け答えする事にした。
「どうだ? 俺の元にギヤマンを学びたい職人などを連れてこれるか?」
七兵衛は、食い気味に答えてきた。
「必ずや近いうちに御連れしましょうぞ。 数年前より南蛮船が九州や堺へ来航して、種子島や火薬などを我々に売りにくるのですが、その時南蛮人との商談で食事を一緒に行ったら、一緒に食事した堺の陶工達の間でギヤマンに興味を持つ者達が、多々おりました。それ程透けた器やギヤマンの茶器に興味持つ者がいますので、声掛けしたらやって来る者もおられるでしょう。」
五郎太は、他にも取り引き出来そうな事を質問してきた。
「四郎様、最近の甲州では農作業が捗る新式農機具があると聞きました。それらも我々に売ってくれませぬか?」
「もし売って欲しくば、沢山の鍛冶職人や人夫、それに鉄を沢山作る為の材料や燃料が必要なんだ。今の処、材料の鉄鉱石は武田領内で見つけたが、如何せん鍛冶職人と燃料の確保に苦労しておる。」
「鍛冶職人を集めて、新式農機具とかの生産が行えると?」
「まあ、その通りだが、鍛冶職人はどこの領主も手放したくないところだろうよ。」
そこで思案顔になった五郎太は、ある事をポツリと言った。
「四郎様、知り合いの鍛冶職人を招聘するのも可能かもしれませぬ。京に住む者達の中には、地方に戦乱を逃れて生計を立てる者達も多いと聞きます。」
「五郎太よ、そんなに都合良く甲州へ下向してくれる鍛冶職人は、中々いるまい。」
「一昨年の美濃で起こった加納口合戦で戦傷して、若くして足が不自由なったので武家を廃業した者がおります。その者は尾張津島にて、鍛冶屋関清兵衛兼員に弟子入りして清兵衛の娘を娶ったとか。」
「その者の名は、何て申す。」
「その者は、加藤正左衛門清忠と申しまして、私めは正左衛門殿の弟加藤喜左衛門清重殿とは、以前取り引きを行っておりました。加藤喜左衛門殿は、武田庶流の溝口勝政殿の女婿であります。」
「溝口と言えば、我が高遠家の家臣で溝口民部少輔正慶がいるな。あの者の親族ならば、武田家へ招聘し易かろう。」
「わかりました。近々尾張津島に取り引きに行くつもりなので、四郎様の要請を加藤喜左衛門を通して話を進めてみます。」
長々と高田七兵衛と中島五郎太と話を行ったが、次の訪問者と話したいので、二人との会話を切りの良い所で止めた。
加藤正左衛門清忠 加藤虎之助清正の父親。元斎藤利政家臣。加納口合戦で父清信を亡くし、己も足を傷つけて武士を廃業し、尾張津島の関清兵衛兼員の女婿となる。
加藤喜左衛門清重 加藤正左衛門清忠の次弟。早くに兄正左衛門が武士を廃業したので、加藤家の家督を継ぐ。武田家庶流尾張溝口家の娘を妻に娶る。犬山織田家織田十郎左衛門信清の家老となり、のち犬山城代となるが織田信長に攻められて、主君織田信清と共に甲州へ逃亡する。




