上杉景虎、北信濃に出陣する
村上家家臣石川三郎長昌は主君村上周防守義清の命を受けて、越後守護上杉越後守定実の元へ従者四人と共に高梨領を潜みながら突破して、内戦中の越後へと入国した。
越後へ入国した時、長尾左衛門尉晴景の支配地を見つからず抜けるのに時間かかったが、越後府中の上杉越州の居館至徳寺館に辿り着いた。
村上家からの使者が来て、上杉越州と重臣中条弾正左衛門尉藤資と宇佐美四郎右衛門尉定満が石川三郎と面会を行った。
「遠く遥々(はるばる)信州から、良く参られた。して越後守護の儂へ何か要件でもあるのか？」
上杉越州が上座から、村上家の使者石川三郎に鷹揚と話始めた。
石川三郎は、村上家の窮状を訴え、上杉越州に縋る様に語りだした。
「我が主、村上防州は北信濃にて、武田家と高梨家からの侵略を受けております。その侵略に対して、関東管領上杉兵部少輔憲政と共に当たりましたが、上杉兵部少輔様は長野信濃守業正の謀反によって、上毛を追放されてしまいました。この事で我々村上家は周囲が敵だらけになり、窮地に陥ってしまいました。どうか上杉越州様に我々村上家を御救いください。」
石川三郎は一気に話すと、少々勢いに押された上杉越州はたじろいでしまったので、代わりに中条弾正左衛門尉が話を行った。
「石川殿よ、確かに越後と北信濃は隣り合わせであるが、我々には守護代でありながら親子二代歯向かう長尾左衛門尉晴景が、春日山城を守って信濃への出兵を妨害するのだ。」
宇佐美四郎右衛門尉も語りだす。
「村上家は窮状に陥ったから、我々越後上杉家に力添えが欲しいのであるか？ もし我々が信濃進出する事に我々に対して、利益と言う物はあるのか？」
「皆々方の言い分は御尤もで御座います。しかし村上家が武田家・高梨家に屈服した時、長尾左衛門尉殿は、親族である高梨家に出兵を求めるでしょう。すると高梨家も独力で越後に介入するよりも、高田家にも出兵を要請する可能性があります。」
宇佐美四郎右衛門尉は、石川三郎の真意を探る様に質問してみた。
「石川殿、何故武田家が越後に出兵するというのだ？ 武田家は朝廷から、信濃守を賜り信濃統一の大義名分を得てる為、朝廷の荘園を横領して戦を起こす村上家を征伐の理由にしておるぞ。そして越後には、我が殿上杉越州が居られる故、越後へ侵攻する名分なと無いはずである。」
宇佐美四郎右衛門尉が石川三郎の話に反論すると、石川三郎は再び話し出した。
「武田家として、信濃を治めれば他国への進出する理由が無くなると考えるのは大間違いでござる。まず今年、東美濃で木曽家と斎藤家の争いに介入しているのと、昨年関東管領上杉兵部少輔殿が信州に軍勢を送った際、武田方は上杉勢を破り、勢いそのまま西上毛まで侵攻して、西上毛の国人衆を武田家へ従属されてます。」
それを聞いた上杉越州はうーむと唸って、中条弾正左衛門尉は一つ考えが浮かび、主君上杉越州に提案する。
「殿、石川殿の言い分全てが当たってるとは言いませんが、隣国信濃が武田家が統一した際、越後に対して介入する恐れがありますれば、越後統一するまで村上防州殿に頑張ってもらう必要があると思います。」
「なるほど弾正左衛門尉に四郎右衛門尉よ、何か方策あるのか？」
宇佐美四郎右衛門尉は、ここで最近養嫡子にして長尾左衛門尉方の国人衆を攻めていってる上杉弾正少弼景虎の事を言い出した。
「殿、北信濃に上杉弾正少弼様を援軍として送るのはどうでしょうか？幸い、高梨家は兵が少なく領内を突破していくのも可能です。越後国内は揚北衆や大熊備前守政秀殿、それに不動山締に山本寺伊代守定長殿が、越中からの長尾方の援軍を食い止めておる状況を鑑みると、一旦村上家への梃入れが必要かと思います。」
中条弾正左衛門尉も信濃に強大な勢力出現は、越後に対しての脅威になる事に同意して、養嫡子になったばかりだが戦上手の上杉弾正少弼を派遣を必要だと認めた。
重臣達の意見を聞いた上杉越州は、栃尾城を拠点にして長尾左衛門尉派の国人衆を討伐中の上杉弾正少弼へ、村上家への援軍を要請する使者をすぐに派遣した。
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義父上杉越州からの文を見た上杉弾正少弼景虎は、困った顔して側近の直江与兵衛尉政綱や本庄新左衛門尉実乃に文の内容を見せた。
「与兵衛尉、新左衛門尉、義父より信州の村上家を救えと要請がやってきた。今、私が板尾城から離れて遠征すると、兄上が反撃に出てこないか？」
本庄新左衛門尉は、上杉弾正少弼に私見を答えてみせた。
「景虎様、某が思うにもし信州の村上家が滅亡すると、信州は武田家と高梨家が蔓延ります。そうなると高梨家の兵が親戚である長尾左衛門尉様の援軍に送られてきます。そして場合によっては、高梨家との姻戚関係結んだ武田家の越後介入も招く恐れも考えられます。」
「新左衛門尉の考えは武田家が村上家を飲み込む事によって、我々上杉方が越後統一への障害が増えると言う事だな。」
「然りでございます。」
「ならば与兵衛尉の考えは如何に？」
「武田家は、ここ数年で信州制覇を間近にしており、できれば武田家と鉾を交わしたくありませんが、村上家を潰す訳にもいかぬでしょう。また十二月の出兵は雪の心配もあります故、出兵するなら武田家に対して野戦で痛撃を与えてから引き上げるか、村上家を立て直したら引き上げる方向で行わないと、今度は我々が越後に帰国出来なくなり、壊滅の憂き目に遭う可能性があります。」
二人の考えを聞いた後、暫し目を瞑って考えてから、二人に景虎の考えを伝えた。
「二人の考えを聞いて、私は騎兵のみを引き連れて、速戦で村上家を支援しようかと思う。各国人衆から騎兵のみを抽出したら、一体どれ位揃えるか？」
直江与兵衛尉が景虎に答える。
「柿崎弥次郎景家殿や長尾十郎景信殿、それに山吉孫次郎政久殿に我らの麾下騎兵達を集めると、凡そ千二百騎は集めれますが、本当に騎兵のみで信州へ遠征する積もりですか？」
「勿論その心算であるし、速戦を行い年内に帰国する積もりだ。」
景虎が強く言うと、二人はこれ以上言っても景虎の気持ちが変わらぬ事を知り、柿崎泉州を始め味方の国人衆に文で説明して、中越栃尾城に騎兵のみ集めて十二月五日に上杉弾正少弼景虎は副将柿崎弥次郎景家、直江与兵衛尉政綱を率いて出陣し、早くも十二月七日には越信国境を越えて高梨家の領土へ侵入していった。
高速で高梨領に進軍してきた上杉勢千二百に中野城に居た高梨摂津守政頼は、慌てて兵二千で迎撃を行おうとするが、高梨勢が布陣する前に飯山城郊外で上杉勢との遭遇戦が十二月八日に発生した。
不十分な迎撃態勢だった高梨勢は、常識とかけ離れた騎兵ばかりの上杉勢に翻弄されて、高梨勢はものの半刻で五百余りの被害を出して潰走してしまった。
高梨勢が上杉勢に敗れて潰走する際、高梨摂津守政頼の嫡男で武田家の姫と結婚した高梨源五郎頼治が、父高梨摂州の身代わりとなり、柿崎泉州に討ち取られてしまう。
高梨勢が敗れた為、飯山城にいた泉弥七郎は動揺して、上杉勢に降伏してしまった。
しかし上杉勢千二百は、敗退した高梨勢に追撃せずに村上家の葛尾城を目指して、翌日には千曲川を渡河していった。
