あと一歩
旧小笠原家所属の国人衆に武田家への従属を決断を待ってる頃、武田大膳大夫晴信は信濃で抵抗する最後の敵となってる村上周防守義清に圧力をかける為に、甲斐・信濃・西上野の三ヵ国の兵二万を甲府に集めいよいよ村上家本拠地葛尾城を攻略する為、出陣する手筈となった。
「此度、皆の者が集まってもらったのには他でもない、村上防州を屈服させる為に大軍を持って葛尾城へ圧力をかけ、日和見な北信濃の国人衆達を小笠原右馬助の時と同じ様に離反させ、武田方に呼び込もうと思う。」
「また同盟国の高梨家にも村上防州を牽制させて、村上家の反撃を分散させる戦略を取ろうと思う。さて各々方からは、何か意見具申あるか?」
まずは両職で、武田家家臣筆頭の甘利備前守虎泰が具申する。
「今、村上防州が自由に動かせる兵力は恐らく三千余り、このまま抵抗するならば葛尾城での籠城戦か、乾坤一擲の奇襲作戦しか取る手段はありませんでしょう。ならばもっと国人衆の離反を呼んで、小笠原右馬助の様に領国を維持出来ぬぐらい追い込む方が宜しいかと思います。」
続いて、近年立て続けて手柄を立てて、外様ながら譜代家臣と同等の扱いを受け始めた真田弾正忠幸綱が話始める。
「御屋形様、村上防州は六月に無理して兵を動かした結果、逆に某に砥石城を落とされた為、某を通じて、村上家家臣からも内通の文をいくつも届いてます。後は逆に我々武田家が痛手を負わずに北信濃を制圧する事を考える必要があると思います。」
そこに山縣三郎兵衛尉昌景が発言する。
「皆々方、村上防州は北信濃一の雄でありますから、我々が万の大軍を率いても自ら屈する事は難しいやもしれませぬ。ここで我々は村上防州の立場になって考えてみますと、いまや周辺に村上防州の味方となるべき勢力がありませぬので、武田に従属を嫌うのなら小笠原右馬助と同じ亡命する可能性が出てきてました。」
感心した様に弟の吉田典厩信繁が応える。
「なるほど、真田弾正忠殿や山縣三郎兵衛尉の言葉は一理あるな。周辺諸国で支援者となるべき、関東管領上杉兵部少輔憲政は、長野信濃守業正の下剋上の御蔭で常陸へ走った。また越後や越中は内紛状態、美濃の斉藤とはつい先日和睦と縁組を成立させた。某が思うに村上防州を追い払った後は、先日木曽を攻めた飛騨へ兵を進めるべきだと思ってる。」
最後に晴信が口にする。
「此度の戦は信州制覇の集大成になるやもしれん。まずは北信濃の村上防州への対応、村上防州を駆逐したら我が武田家は周辺が安定するので、暫し甲州や信州の内政に打ち込む。そうならば其方たち皆に刀ではなく筆を取って、頑張ってもらうぞ。」
村上防州との戦の後の事を晴信は口にしたので、躑躅ヶ崎館に集まった家臣一同は、士気を上げて評定を後にした。
____________________________________________________________
葛尾城の中で、甲府に大軍を集めている情報を得てた村上防州は、一昨年に比べたら数を減らした家臣達と今後の方針と武田家迎撃の評定を行っていた。
村上防州の傅役で、老臣の石川三郎長昌がまず村上家が置かれてる現状を話始めた。
「殿、それに諸将の皆々方、我々が今置かれている状況は、小笠原右馬助が領国を捨てて上方へ走り、関東管領上杉兵部少輔は、長野信州に上毛から追放されたせいで、我々は孤立する状況下に陥った。それに対して、武田はまず高梨や木曽と縁組を行い、その上で小笠原右馬助を追い払い、その上に美濃斉藤家とも和議と縁組が成立したと言う。武田家と目下敵対してるのは、我が村上家のみとなってる。」
村上一族の井上五郎左衛門清忠が、石川三郎の話を聞いて発言し始めた。
「皆々方、高梨家に対応してたせいで、某の兵を武田との戦に参戦出来てない事を済まぬとおもってる。その上で考えた事は武田家に対して、上毛の長野信州を村上家との同盟は可能かと言う事と、或いは再び武田家との和議を結ぶ手段はどうか?」
皆々が井上五郎左衛門の意見に沈黙してる中で、村上防州の舅東条遠江守信広が話す。
「我々は、武田との和議は、小笠原家崩壊の今では難しかろう。可能性あるのは武田家が信州制覇した後、脅威を感じる者との連携でしょうな。」
「東条遠州殿、それを感じる可能性あるのは、長野信州もしくは越中や越後の諸勢力か?」
その話を聞いてた村上防州の嫡男左京大夫政国が口を挟む。
「もし越後長尾家の内紛が終えたとしても長尾家と高梨家は親戚の間柄、高梨家に危機が訪れた時には介入があるけど、高梨家と敵対してる我々には救援はする事ないだろう。しかし長野信州はどうかと言うと現状武田家との戦を反対してるが、西上毛衆が武田に従属してるのと信州を制圧した武田家が、いつか上野国へ進撃する脅威は残るので、我々との誼を持つのも必要だと思わないか?」
それを聞いた東条遠州が、村上左京大夫の言葉に反論する。
「左京大夫様、長野信州は上杉兵部少輔と武田家との対応によって、二人の間は決裂しておるので、長野信州は信濃の状況に、今は介入したくありませんでしょう。それより、早く上野国を纏めて北上してくる北条家に対応したいはず。」
村上防州は、それぞれの意見を聞いてどう総括しようかと悩んでいると、幾度も村上勢の殿を務めていた杵渕左京亮国季が普段は意見言わないのに、此度珍しく意見を話始めた。
「殿、拙者に兵五百を与えて、この葛尾城を死守し潰して時間稼ぎます故、殿は残り全軍を率いて高梨家を潰し、そして越後上杉家と同盟して長尾左衛門尉晴景を討ち果たせば、越後上杉家の支援が得られるでしょう。」
「武田家はもう甲府に兵を集めておる。我々が高梨家を潰す時間などないだろうよ。」
石川三郎は、杵淵左京亮の言葉を否定したが、村上防州はその話に段々魅力を感じていた。
「皆の者、武田家の大軍はもうすぐ葛尾城に攻めてくるだろう。だが武田の大軍を追い返せば、杵淵左京亮の案に沿って、越後上杉家との同盟を行い高梨家と長尾左衛門尉を潰す。それには春まで葛尾城を護り通して、武田勢を追い返すのだ。それでも駄目なら、儂はここで腹を斬ろう。」
そして石川三郎に命じて、越後上杉家には同盟締結への使者を送る様に命じ、東条遠州には武田の西上毛衆と長野信州の間に紛争を起こさせる工作を行い、西上毛に武田家の気を向かせるように命じた。
さらに井上五郎左衛門には、可能であるならば越中の一向一揆に越後へ軍勢を伺わせる工作を行う様に命じた。




