関東の盟主
山内上杉家では河越合戦や小田井合戦など、ここ数年大きな戦を起こし尽く敗れてしまい、当主上杉兵部少輔憲政の威信は地に堕ちていた。
その為、武蔵国の中にいた山内上杉家の従属国人達が、北条家や武田家と誼を通じたり、或いはこれを機に独立勢力を目指す動きを活発化させていた。
また山内上杉家の御膝元の上野国では、昨年の小田井合戦に敗れた際、多くの西上毛衆が山内上杉家を見捨てて、近年強大化してる武田家に離反するなど、家中のでは無暗に武田家を刺激する事を控えて、主敵を北条家一本に統一しようと主張してる長野信濃守業正に同調する国人衆が多くなっていた。
上杉兵部少輔は、長野信州が首長する事がとても面白くないが一方で長野信州が言う事が正しいと言うのを理解していた為、段々と酒浸りの日々が続くようになっていく。
この事で天文十七年八月、長野信州を始め上毛の国人衆から次第に見捨てられて、長井信州は箕輪城で独立を行って、平井城にいる上杉兵部少輔は敵対勢力に囲まれた状態となり、山内上杉家の親族で常陸の佐竹右京大夫義昭を頼って落ち延びていった。
上毛国人衆達の後押しで、下剋上を行った長野信州はまず最初に武田家と北条家へ現状の勢力を境目として、和睦の使者を送った。
山上上杉家が下剋上によって、上野国から追放されたと言う事実を知った武田大膳大夫晴信と北条相模守氏康は、事態の把握を行う為に長野信州が求めていた和議を認め、現状の勢力圏を確保した上で其々(それぞれ)の敵に当たる事にした。
一方追放された上杉兵部少輔は、佐竹右京大夫に関東管領職を譲ろうとしたが、右京大夫は中々受け入れずにいた。
「クソッ!! 右京大夫めっ!! 何故関東管領就任と山内上杉家を継承しないのだっ!!」
憤懣遣る瀬無い上杉兵部少輔は、所構わず当たり散らしているので、常陸まで付き添って来た本庄宮内少輔実忠と曾我兵庫助光嶺は、こうなったら上杉兵部大輔は誰の言葉も耳に入らないのを解っていたので、距離を置いて見守るだけにしてた。
「しかし兵庫助殿よ、佐竹右京大夫様は上杉の血を引いてるのに、何故断られたのだ?」
「宮内少輔殿、佐竹家は清和源氏の末裔の誇りが強うございます。なので関東管領と言えど、上杉家の家督を継ぐ気にならないと言うのでござる。」
「もし佐竹右京大夫様が関東管領と上杉家を継承したら、北条家に対抗出きるのであろうか?」
少し考えた後、曾我兵庫助が自分の考えを語り始めた。
「佐竹家単独なら、まだ北条家には叶わぬだろう。しかし佐竹家の血縁には、奥州伊達家や宇都宮家などの有力な大名も多いと聞く。それ等を糾合したら、北条家と言えども苦戦するであろう。」
「なるほどな、殿が佐竹家を頼りにしたのも上杉の血縁ばかりでなく、伊達家の血縁も巻き込む算段だったか・・・・」
「しかしこのままでは佐竹右京大夫様は、我々を受け入れてくれまい。何とかして北条家の対抗馬に仕立て上げたいものだ。」
本庄宮内少輔は何かを思いついたらしく、曾我兵庫助に話し始めた。
「ならば兵庫助殿、佐竹右京大夫様に上杉家の名跡を継ぐのではなく、殿を奉じて関東管領家を旗印に軍勢を集めてもらうのはどうか? そうなれば実質関東管領家の権限を使うのと同じ効果があり、佐竹右京大夫様には、関東管領軍の陣代を御願いするのはどうか?」
「なるほど、佐竹右京大夫様には関東管領の名の元に軍勢を集めて、逆賊達を討伐する名目が成り立つな。」
「そしたらこの案を殿に話す故、もしこの話が通ったら、殿ではなく我々から佐竹右京大夫様に話をしようじゃないか。」
翌日、二人は上杉兵部少輔の機嫌を見ながら、昨日の佐竹家に関東管領を譲るのではなくて、家宰待遇を与えて、上杉家陣代にして集めた軍勢を指揮してもらうと言う案を渋々ながら、承諾を得た。
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佐竹右京大夫は少々難しい顔をしながら、本庄宮内少輔と曾我兵庫助からの話を聞いていた。
「右京大夫様、殿から許可を得たのですが、右京大夫様は佐竹家の名跡が大切なので、血縁ながら上杉家の名跡を継ぐ事を望まないと言う事なのですよね。」
「うむ、其方等の考えてる通りだな。上杉家の血が流れてるが某は、清和源氏佐竹家の名跡の方が大切なので、残念ながら上杉家の名跡を継ぐ事を遠慮させてもらった。」
それを聞いた二人は、昨日考えて上杉兵部少輔から承諾を得た案を佐竹右京大夫に提言してみた。
「佐竹右京大夫様、昨日我が殿に一つの意見を提案して承諾を得ました。」
「ほう、それはどの様な案なのだ?」
「それは、我が殿上杉兵部少輔様を関東静謐の御旗にして関東中から兵を集めて、まずは佐竹右京大夫様が望まれてる常陸国の制覇を行い、佐竹右京大夫様の元にやってこない者達は、関東の静謐を乱す逆賊と認め討伐するのは如何でしょうか?」
その話を聞いた佐竹右京大夫には、とても魅力的な話だったので、暫し考える事に決めた。
「それは値千金な提案ですな。某の一存で決めるのは、余りに重い決断であるので重臣達と相談させてもらう故、数日後にまた来られよ。」
佐竹右京大夫の反応からみて、提案した策が大いに乗り気になってるのを見た二人は、心中に余裕が出来て、釣り針にかかった大魚を相手にするが如く、冷静になって返答した。
「佐竹右京大夫様、我々は無闇に声をかけてる訳でははありません。我が殿の右腕として、御支えになれる実力者と見込んで常陸国に来たのです。」
「あい、承知したでござる。決してお互い損する結果に持っていく積もりが無い故、暫し御待ちくだされ。」
佐竹右京大夫は二人を返した後、重臣達を呼んで、この話に乗るかどうかの評定を行う事にした。
岡本曾瑞が重臣の中で、最初に口を開く。
「御屋形様、今回の山内上杉家からの話ですが外交方から申しますと、北条家に対抗させるべく当家に話を持ってきてますので、当家として今後飛躍を望むなら良い話でしょう。しかし一度旗色が悪くなると、周囲は北条方に囲まれる事になりますので、能々(よくよく)御考えになる方が宜しいかと思います。」
続いて、佐竹右京大夫の次弟小野崎山城守義昌が話を行う。
「兄上、当家単独だと現状二十万石、動員兵力約一万ですな。一方、北条家は単独で約三万の兵力を動かせます。全てが一ヵ所に集められる訳ではないが、その条件はこちらも同じ事なのです。もし兄上が関東管領の陣代となり上杉家に反抗する家を潰せて、佐竹家の領地に変えられるのなら濡れ手に粟になると思います。」
奥州国境を護る高久甚五郎時義が、伊達家の内紛の状況を伝える。
「御屋形様、天文十一年より起こった伊達家で起きた内紛は、昨年葦名修理大夫盛氏が伊達次郎方に寝返って以来、戦局は伊達次郎方優勢となっております。ただ相馬讃岐守顕胤がしきりに岩城左京大夫重隆様を脅かす為、岩城左京大夫様からは援軍要請が届いています。」
「ならば上杉兵部少輔殿の要請を受ける前に、相馬讃州から叔父上を助けなければなるまい。兄上、兵三千を預ける故、岩城左京大夫を救援を宜しくお願いいたそう。」
「御屋形様、承知した。では高久甚五郎親子を戦場に連れて行くが、宜しいか?」
「うむ。では九月の収穫を終えたら、早速叔父上の援軍に向かってくれ。」
「御屋形様、承りましたでござる。」
この様にして、佐竹家の評定が決められた後、再び上杉兵部少輔と会談を行った。
「して佐竹右京大夫は、某の陣代になってくれるのか?」
「すぐにとはいきません。まず北を護る岩城左京大夫の救援を行う必要があります。そして常陸国内の統一をやらなければ、上杉兵部少輔様が望む打倒北条家を倒す戦力が足りませぬ。」
今すぐ北条家打倒の兵を上げる訳ではないが、常陸統一の暁には陣代として行動を起こすと言う事を佐竹左京大夫が言うので、他に宛がない上杉兵部少輔はその言葉を受け入れるしかなかった。




