千客万来
四郎は、兄太郎が連れて来た目の前にいる商人達に何と話せば良いか困ってた。
まさか堺の豪商若狭屋の武野新五郎、京都の豪商茶屋の中島四郎三郎、駿河の豪商友野屋の友野二郎兵衛、それに甲州一の豪商坂田屋の坂田源右衛門の豪商達四人が俺の前に遜ってるではないか。
事の始まりは、堺で赤口関左衛門が堺にて武野新五郎と知己を得て、その関左衛門から俺の事を聞いたらしい。
それで一度甲州に行って、俺が沢山作ってる椎茸を確認したく甲州へ旅に出た。旅行中の留守の間は、嫡男の新五郎為久と娘婿の今井彦左衛門宗久に若狭屋を任せたらしい。
武野新五郎は元々若狭武田氏の末裔であり、父の時代に大和国に移住して武士を廃業して、武具を取り扱う商売に転じ上方で成功した。
新五郎自身は商売より茶道や連歌に傾倒してたが、一方跡継ぎとなる新五郎宗瓦が未だ元服前な為、娘婿の今井彦左衛門の補佐を受けて、商いの勉強中だった。
此度の甲州への旅は、儲けの種となる甲州武田家の椎茸栽培を確認しようと参られれたのと武田家庶流の武野家に武田宗家からの後援を受けようと言う目論見も持っていた。
次に駿河今川家の御用商人である友野二郎兵衛は、春日大和守重房と木下日吉丸との出会い高遠四郎の話を聞いて、甲州武田家に儲け話が転がってる事を感じて、今川家当主今川治部大輔義元に許可を得て、四郎に逢う為に甲府までやってきた。
また中島四郎次郎明延は、つい最近武田家御用商人として商いを始めたばかりだが、当初は乗り気でなかったのが武田領内を見回る内に、どうやら他家と違う統治をしてる事を感づいて、取引に積極的になってきてた。
そして武田家古参の御用商人である坂田源右衛門は、ここ数年の武田家の躍進に乗って商売を大きくしたい所に、外から次々と武田家と商いを求めてやってくる事に不快感を示し、武田家に食らいつこうとする他国の商人達を排除しようと躍起になっていた。
そしてこれらの商人達は武田家との取り引きを求めてくるので、武田家との特権を与えられていた坂田源右衛門は、自ら持つ利権を護る為に父上と兄上に掛けあった所、今後の武田家の事業を行う時は四郎も議論に参加されるので、話を通せと坂田源右衛門に言った事により、俺の所に会いに来たらしい。
まず傅役の跡部攀桂斎信秋が集まってきた商人達に一声かけてきた。
「皆の者、面を上げなさい。四郎様は見た目は三歳の童なれど、諏訪大明神の加護を得た御子で在らせるにして、これより語られる言葉を疑ったり裏切ってはならないぞ。もし疑われるならば、其方達は大いに後悔する事になるだろう。」
まず最初に古参の御用商人である坂田源右衛門が話かけてきた。
「四郎様、御屋形様より武田家の御用商人を任じられてます坂田源右衛門でございます。私めは長年武田家に奉公してきましたのに、何故私共めに椎茸の販売を御任せしてくれないのですか?」
源右衛門は、些か詰問調で四郎に問いかけてくる。
「源右衛門よ、其方は父上から任されてる物は塩や魚の問屋業だろう。これ等の取り引きの独占を得てるのに、僕が始めた椎茸の事業へ参加したいのか?」
「勿論でございます。この甲斐の商売の事は、甲斐の商人へ任せて貰いたい。」
「ならば聞くが坂田屋では僕の欲しい者を入手して、売ってくれるのか?」
「如何な物ですか?」
「日ノ本の国外の物で、豚と緬羊をなるべく沢山連れてこれるのか?」
「そのような外国の生き物なんて、とても連れてこれません。」
「ならば、飢饉に強い作物、例えば甜菜・馬鈴薯・甘藷・玉葱・玉蜀黍などを入手出来そうかな?」
「・・・・・でっ、出来ません・・・・」
「商い行うにしても、向き不向きがある。源右衛門は僕が欲しい商品を集めれないならば、己の領分で商売するしかなかろう。」
それを聞いた源右衛門は憤懣やるせない顔になり、四郎に対して怖い顔して見つめていた。
「源右衛門よ、そう怖い顔するな。其方は僕の欲しい物を手に入れる事は難しいと思ってるかもしれないが、僕は甲斐に住む源右衛門だけが出来る商売を父上に頼んで行ってもらおうと思ってる。」
その話を聞いた源右衛門は、驚き忽ち喜色満面に変化した。
「えっ!? どの様な事でしょうか!!」
「うむ、今ここで言えない事なので、後で別室にて伝える。」
「四郎様、承知しました。」
そう言うと源右衛門は、一歩後ろに下がって正座して他の商人達との話を聞いてた。
続いて、新しく父上から御用商人に任じられた中島四郎次郎に話かける。
「四郎次郎よ、其方は京にて呉服の商いを行って成功したと父上から聞いたが、その通りであるのか?」
「はい、左様でございます。」
「然らば、京で武田家の窓口を行ってくれると言うのは、本当ですか?」
「武田家の物産品を京での販売を御任せになられると言うのを御屋形様より、お聞きしました。なので我々も武田家が必要とする物資を調達いたします。」
「ならば、高麗人参の種子を入手出来るか?」
「高麗人参自体、国外に持ち出し厳禁なので難しいですな。」
「なるほど。今すぐとは言わないが機会あれば頼みたい。それと機会あれば、明か朝鮮の陶工を連れてきたら雇いたいと思う。」
「それも難しい話ですが向こうでの職人の地位は低いので、密かに接触出来れば呼ぶ事も可能かもしれません。」
中島四郎次郎を下がらせた後、今度は友野二郎右衛門に声をかけた。
「二郎右衛門よ、先日は春日大和と日吉丸が世話になった。其方は、今川家の御用商人ながら、何故武田と商いを行う事に決めたのだ?」
「四郎様、私め等の主は、武田家親戚の今川家でございます。その今川家が統治する駿河には、上方の戦乱を忌避した御公家様が沢山参られております。その御公家様達が食する味付けが京風には、椎茸の出汁が欠かせないのでございます。」
「なるほど、だがそれだけではあるまい?」
「ごもっともな話でございます。先程、大膳大夫様にも御話しましたが、武田と今川の友好の為、甲駿街道を整備して、武田家と今川家がお互いに流通を拡大させたいとの計画があると聞かされました。そして両家で補い合うこそ、この戦国の世に領国を栄えさせる術だとも日頃が我が主治部大輔様は仰られております。」
「その方の話を聞くと、我が武田家が必要としてる湊を使わせてくれると言う事になるのかな?」
「今川家と武田家がより一層仲良く携えていけば、その様になるとの治部大輔様の御考えです。」
「確かにこの前、治部大輔様は、小豆坂合戦に御勝ちになられてから、海道一の弓取りになられたと我が父上は申しておりました。」
「ならば四郎様、私めは、椎茸も然ることながら実は武田家で考案された農機具を売って貰いたいのです。」
「・・・・なるほど、二郎右衛門殿、あれは確かに農作業の効率を大変上げる物ですが、製作してる職人がまだ数が少ないのです。特に鍛冶職人が足りませぬので、もし職人達を武田家に推薦してくれるなら、その希望は叶うかもしれません。」
「なるほど、武田家は製作出来る職人自体が数が僅かなので、大量生産には人を増やさないと無理と言う事なのですな。」
「二郎右衛門殿の仰る通りです。」
「判りました、私めがもし治部大輔様より許可が貰えたなら、職人を集めて参りましょう。」
そういうと後ろに下がった。
最後は、態々(わざわざ)甲府まで訪ねてくれた武井新五郎が話かけてきた。
「四郎様、私めは父の代に武家を廃業しましたが、若狭武田家の庶流の血を引いてる武田新五郎信久、今は武野紹鴎と名乗って、武具を取り扱う商いを行っております。先日、赤口関左衛門様と誼を通じて、武田家が国内で唯一栽培してる椎茸を御譲り戴く為に、甲州に来た次第です。」
「関左衛門からは、新五郎殿の事は文で知らされておりました。新五郎殿は、商いもそうですが連歌や茶道にも一廉の人物と御聞きしました。」
「恥ずかしながら道楽が過ぎたる事でありまして、娘婿の今井彦右衛門と一緒に茶の湯を行っております。」
「新五郎殿に御願いがあるのですが良いでしょうか?」
「如何ほどでしょう?」
「同族の誼なんですが、堺にいる関左衛門と僕を新五郎殿の茶道の弟子にして頂きたい。」
そう言うと四郎は、新五郎の目の前で頭を下げた。
「なんと!? その様に頭を御下げになさるのは、止してください。私めで良ければ、四郎様と関左衛門殿を御教えましょう。」
「然らば御師匠様、もう一つ御願いを伺って宜しいでしょうか?」
「四郎様、御師匠様と呼ばれるのは恐縮しますので、御許し出来ませんか?」
「いいえ、僕は本心から新五郎殿から茶道の神髄を学べる幸運に感謝して、御師匠様と呼ばせていただきたいのです。」
「そこまで意志が強いのなら、四郎様の願いを受け入れましょう。」
「御師匠様、話は変わりますが堺湊には、南蛮船は来航してきますか?」
「時折、来航してきます。南蛮人達は、硝石や種子島を商人に売る代わりに此方からは、金銀等で取り引きしておれます。」
「御師匠様、幸い甲州武田家は金銀が他家に比べて潤沢に保有しております。それ等の取り引きで南蛮人から、南蛮人の国に育つ作物の種子や南蛮人の鍛冶職人や技術者を雇いたいのです。」
「なるほど、そうでしたか。武田宗家の甲州や若狭武田の地などは、痩せた土地が多いので飢饉対策や土地改良などを行う方が良いですからな。」
「ならば南蛮人、なるべくならば下層階級で恵まれてない者を見つけたら、御声をかけて頂きたい。」
「中々困難な事を言いますが我が同族の為なら、喜んで探し出しましょう。」
「本当に感謝いたします、御師匠様。後、南蛮貿易を進ませたいのですが・・・・」
その日四郎は、自分の身体が疲れ切って眠くなるまで、これ等の商人達と語り尽くしていた。




