四郎、兄上に救荒策を語る
七月半ばになって、村上防州の砥石城を奪い小笠原右馬助を平瀬城へ駆逐した為、武田家の軍事的脅威が激減する事になった。
それによって、安定した領内運営が行う事が出来るようになったので、今まで実験的に一部の惣郷で行われてた政策を一気に武田領内全域に行う様に、父晴信は命じた。
さらに流民なった旧小笠原領の百姓達に帰郷を命じ、土地を失って戻れぬ者達や旧小笠原領の河原者や山家者達は、高遠四郎が行ってる事業の働き手として雇う事にした。
四郎は、これ等の百姓が流民となって土地から逃れてきた事に憂慮しながらも、耐火煉瓦製造、反射炉普請、新型農機具製作、椎茸栽培、農耕牛繁殖牧、養鶏飼育、漢方薬園運営、燃料木炭生産、石鹸製造、ギヤマン炉普請、新式農耕実験、農作物品種改良、外来農作物栽培実験場などに人を振り分けてやった。
以前から頼んでた人足頭の柿屋五兵衛や武蔵からの流民で耐火煉瓦製作を任せるようになった植木三木兵衛門など、経験者の元に新人を配置して育成しながら働いてもらう事にした。
それでもまだまだやりたい事がある四郎は、戦が落ち着いた後に久々に兄太郎に話す時間を作る事が出来た。
「太郎兄上、此度の武勲、おめでとうございます。」
「四郎よ、久々に其方と話す事が出来たな」
久々に会う太郎は、四郎に逢うなり満面の笑みを見せて、嬉しそうに話かけてくれた。
「此度の戦、三月中に終わらせたかったが、美濃の斉藤家が木曽家を攻撃したので、木曽家からの援軍要請に答えて秋山善右衛門を東美濃に送ったのと、小笠原家や村上家が失地回復の為に攻めてきたせいで、足軽達の動員解除が遅れてしまったので秋の収穫に影響出るかもしれん。」
「それは僕も懸念しておりました。しかし労働力の不足を補うべく、即効性の手段は中中りませぬ。時間かかりますが、今やろうとしてるのは高遠家家臣達を派遣して、農耕牛を購入してから繁殖させて、数が増えた後、百姓達に貸してやろうかと思ってます。」
「なるほど、そしたら臨時に武士達が戦場に使ってる馬を農耕用に廻して、農作物輸送や田起こしに使うのも考える方が良いかもな。」
「そうそう、今年は保坂惣郷の広瀬紹徹斎重邦に牛馬用の牽引犂を製作を頼んでみたんただよね。」
「ほう、そんな農具があるのか?」
「西国では使われてるけど、東国では農耕牛が数少ないから、見かける機会はほとんど無かったんだと思う。ただ沢山鉄を使うから、反射炉が稼働させないと鉄の確保が難しいかな?」
「四郎よ、鉄も作る時に燃料を沢山使うだろう、木炭ばかりでやると高くついて、武田家の財政を逼迫させるぞ。」
「太郎兄上、実はその燃料問題はある程度解消出来そうなんだよ。」
「どのようにして燃料確保できるのだ?」
「僕の知識の記録によると、どうやら東美濃には燃える石、通称石炭が埋蔵された場所があるんだよ。その石炭を採掘して、その石炭はそのまま使うと不純物が混ざり鉄の品質低下を招くから、専用の炉で石炭を蒸し焼きにしてから、反射炉の燃料にするんだ。」
「なるほどな。しかしその石炭採掘には、遠山三塊の採掘許可を貰う必要あるし、反射炉を普請してる諏訪まで輸送するには、荷馬車を通す街道整備も必要になるぞ。」
「うん、そうなんだよね。お金かかる事ばかりなんで、父上に言い出せないでいる。そうそう、お金と言えば金策の為、椎茸栽培を高遠領の百姓達にも作らせて、畿内で求める量を捌くようにした。」
「あと畑の肥料やギヤマンや石鹸の材料として、必要な消石灰の生産量も拡大する事に決めたんだよね。」
四郎が言ってる事に少々呆れながらも、武田家の将来の事を太郎は笑みを浮かべながら想像していた。
「これだけの事が出来れば素晴らしいが、先立つ資金が四郎の考えに追いつかないぞ。」
「兄上。そこで貿易で国を豊かにするのです。同盟国の今川家や北条家、そして畿内の豪商と取り引きを行い、武田家の財政を豊かにするのです。」
「武田の領地に高値で売れる物は、どれぐらいあるのだ?」
「現状では数はそれ程多くありませんが、民衆達に色々殖産を奨励しましょう。」
「ほう、何か思い浮かぶ事業があるのか?」
「そうですね、高度な技術が必要ですが蚕を飼い絹糸を紡んで絹織物を作成するのは目指すとか、甲州八果の生産を拡大して果実酒を醸造したり酒精の強い蒸留酒を作るとか、他にあったかな?」
すると少し思案してから、太郎兄上は言い出した。
「四郎よ、三河で栽培してる木綿や椿みたいな植物は、甲斐で作れそうか?」
「木綿は沢山水を食らうので、他の田畑に必要な水も奪う可能性があるので、作れる土地は厳選しないと百姓同士の争いになるでしょうな。椿は高い山にでも栽培が出来るみたいなので、高地で使わない土地五倍すると宜しいかと思います。」
「後、数年後再び東国に大飢饉が訪れますので、飢饉に強い作物の栽培と救荒蔵を各惣郷に設置して、食料の保管を常時やっておくのも大切だと思います。凶作と言っても日照りでの水不足とかもあるので、綿花の様な水を沢山使う作物だと作れる場所は限られるでしょう。」
大飢饉が再び来ると聞いて、忽ち真剣な顔となった太郎は、四郎に前兆はあるのかと聞いて来た。
「僕は前世が寝たきりだったので、記録の上での前兆と言うのは知ってますが正確なのかどうかは分かりません。ただこの大飢饉がきっかけに東国で食料を奪い合ったりする、大きな戦乱が起きます。」
四郎が語った話に驚愕した太郎は、何か対策でもあるかと質問してきた。
「異常天候を防ぐ事は出来ませぬが、飢饉時に強い作物を常時国中で栽培しておき、売れる作物との二輪状態で作らせておく。また飢饉の前兆が解ったら、他地域から米や麦を買って貯蔵しておく。それに普段から山草などの野草を食べる習慣を持つ。後は、外国にある飢饉や痩せた土地でも育ちやすい作物の種を購入するなどが考えられます。」
「この事をすぐにでもやらないと某が生まれる前に起きた大飢饉と同じ様な惨状がこの甲斐で起きるのだな?」
「はい、その通りです兄上。そういえば、此度小笠原右馬助を信濃府中から駆逐した際、偶然京都に暮らす豪商を保護したとききましたが、どのような方でしょうか?」
四郎は、武田勢が林城を無血占拠を行った際に城下町に京都の豪商一族も捕えてた事を聞いてたので、早速どんな人が聞いてみた。
「小笠原家旧臣で、名は中島四郎次郎明延と言い京都で呉服商を営んでおるらしい。その者は京都で成功したので、一族郎党を京に呼ぶべく信濃府中に尋ねてきた所、戦禍に巻き込まれたみたいだ。」
「その中島四郎次郎殿が、武田家との取り引きを行ってくれるのですか?」
「一応その様な事になった。ただ元々小笠原家旧臣なので、どこまで協力的なのか分らんけど、甲府に妹婿高田七兵衛政清を信府に従兄弟の中島五郎太延光を置いてくれるらしい。」
太郎兄上は、本当に中島四郎次郎が武田家に協力してくれるか疑問らしいので、俺はその中島四郎次郎に会わせて欲しいと御願いした。
「太郎兄上、僕はその中島四郎次郎殿に京や堺で売られてる物とか、飢饉時に強い海外の作物の種子とかを至急入手してもらいたいのです。是非、中島四郎次郎殿を紹介してくれませんか?」
「承知した。まず父上に話をして、許可を得たら会わせてやろう。」
兄上はそう言うと早速父上に数年後に起こると、四郎が言った事を伝えに父晴信の御所へ向かって行った。




