関左衛門、種子島に驚く
天文十七年二月上旬、赤口関左衛門は駿河から船旅で伊勢国桑名まで移動して、そこから近江を通過して生まれて初めて京都にやって来た。
生まれて初めての洛中洛外は、戦乱に巻き込まれながらも暮らしている人々は多く、しかも甲府と比べたら市場で売られてる物も種類多く、置かれてる量も多い事に目を丸くしながら小者の茂助と一緒に歩いていた。
関左衛門と小者の茂助は、武野紹鴎は朝廷に献金して因幡守を任じられる位、立身出世を果たした大商人であるが、甲州武田家との繋がりがある三条西実澄様の力を利用したら面会も可能になるかもしれないと思い、まず最初に京都の三条西家を訪ねる事にした。
去年、武田家へ朝廷への使者として下向していた為、三条西家へ甲州武田家からの使者が参ったと伝わると、すぐに実澄様は面会してくれた。
「初めまして、某は武田家庶流高遠四郎様の家臣赤口関左衛門と申します。此度(こたび、)高遠四郎様の命により畿内での活動の窓口を設置する為、恥ずかしながら参った次第でございます。」
実澄は近年二度も甲州へ下向した時、大変歓迎して貰った事を思い出し、ここで甲州武田家ともっと昵懇になった方が良いと考え、赤口関左衛門に対しても嫌悪感を見せずに丁重な対応をしてくれた。
「甲州武田家には、何時ぞやも世話になったでごじゃる。今回、其方は、麻呂の力添えを求めておられるがどの様な要件でおじゃるか?」
「実は此度四郎様が武田家の物資の購入の窓口として、京や堺での取り引きする拠点作りを命じられたのでござる。そして武田一族で三条西家と昵懇な若狭屋の大商人武野紹鴎様と繋がりを持ちたいのです。」
「ほほぅ、そうでおじゃったか。それならば可能でごじゃる。我が父君が古典や和歌を紹鴎に教えてあげたので、紹鴎への紹介状を添えてあげるぞよ。」
実澄は、そう言うと目の前でさらさらと文を書いてくれて、関左衛門に手渡してくれた。
「実澄様、本当に感謝します。この御恩は一生忘れません。」
「ならば武田大膳大夫殿に御伝えして欲しい。信濃の荘園を取り戻してくれた御蔭で、我が三条西家は、面目施して陛下より御褒めの言葉を賜れた。今後も尊王の姿勢を見せて欲しいと御伝えくださいませ。」
「判りました、その事は文を送って御伝えますので、どうか安心してください。」
三条西実澄とそのような会談を行われた後、翌日には京を発ち二人は堺へ向かった。
二日後、環濠都市である堺へ着くと、早速大商人武野紹鴎が武具の商いを行ってる若狭屋に訪問して、番頭に武田家と三条西実澄様からの二通の書状を見せて、武野紹鴎との面会を求めた。
「赤口様、主は偶々(たまたま)堺の会合衆の集まりがあって不在なのです。いつ御戻りになるか私共には判りませんので、主が戻られたら赤口様の御泊りになられてる宿に御知らせますので、一度休まれては如何でしょうか?」
関左衛門は、店内の武具や防具に興味があったので、番頭に聞いてみたら手代の者を呼んできた。
「関左衛門様、それでしたら手代の者に説明させましょう。」
「そしたら、若狭屋では最近流行りの種子島を扱ってますか?」
「はい、御武家様なら皆一度は訪ねてますから、ここに参考品があるのを触れてみますか?、」
「おおっ、触れさせてくれるのか?」
「はい、そうです。少々お待ちください。」
番頭は、手代に命じて奥の蔵に保管してる鉄砲をここに持ってこさせて、関左衛門に渡した。
「これはっ、ズシリと重量を感じるな。このような武器を皆求めてるのか?」
「はい、三好筑前守様や細川右京大夫様など、皆求めになられております。特に尾張の織田三州様は若狭屋に五百丁の鉄砲を求められ、若狭屋では集めきれず堺中の刀鍛冶に発注を行ったぐらい忙しくなっております。」
「そんなに求められてるのか。種子島とは一丁幾らするのだ?」
「堺では、一昨年位から生産されたものですから、一丁七十五貫文で取り引きされております。」
「なぬっ!!七十五貫文だと!! 百姓だと一つの惣郷の年貢分ではないかっ!!」
「ええ、それだけ御武家様から求められて、作っても作っても飛ぶように売れるのです。」
「上方では、その様な事が起きてるとは・・・・」
「関左衛門様、御試しに一度弾を撃ってみますか?」
「そんな高価な物を触れて、宜しいのか?」
「一発撃つだけなら、火薬の費用はそれ程ではありません。しかし戦で使うとなると、弓を撃つにしたって、何十本の矢が必要になるのと同じで、種子島も火薬の量を使いますので大金を持つ御武家様でないと、財政が逼迫するでしょう。」
なるほど、四郎様も種子島を平然と使えるような豊かな武田家にしたいのだと思ってたら、手代が若狭屋の試し射ち場に案内してくれて、手代自ら種子島の使い方を教えてくれた。
「こうして肩にしっかり銃床を当てて、銃口をぶれないに固定します。銃が固定しそこなうと肩が脱臼してしまうかもしれませんので、お気をつけてください。」
手代は、数々の武士に銃の操作を教え慣れてるらしく、関左衛門に銃を撃つ時の型を整えてくれた。
「此度は私が縄口に火を灯しますので、関左衛門様は私が撃ってくださいと言ったら、引き金を引いてください。」
「承知した。」
手代がまず関左衛門に、用意された檜板の的を狙わせてから縄口に火を灯してやり、撃ってくださいと言った。
バァァァァンッと言う轟音と共に、あっと言う間に檜板が砕け散るのを見てた関左衛門は、驚愕と共に腰が抜けて、放心状態に落ちいった。
「なっなんですか、これは。筒から雷が飛び出しましたぞ!!」
「種子島を知らぬ者は、最初皆そのように驚きます。」
「そっ、そうな。のかっ!?」
「はい、そうです。決して御侍様を恥をかかせる為に撃たせたのではありませぬ。この様な轟音は、敵兵や騎馬武者の馬を驚かせて、混乱に落としてるとの戦場で種子島を使った事のある御武家様から、御聞きしました。」
「相手を驚かせる武具に七十五貫文もの価格が費用対価に見合ってる武具だと感じないな。」
「それはひとそれぞれの価値感でしょうな。例えば弓にしても大昔に使われていた弩弓と現在主流となってる和弓では、扱う人によってはどちらを欲するのかは違うのと思います。」
「弩弓は連射が聞かぬと聞いたぞ。それが廃れた原因ではないのか?」
「その考えは正しいと思います。ですが弩弓の利点を知らない人々はこの国ではほとんどだと思います。」
「ほう、弩弓の長所とはどの様な物なのだ?」
「弩弓の長所とは、弓の修練を学んでいない者がその日の内に熟練な弓撃ちと同じ様な戦果を上げれる可能性がある事です。種子島も同じで僅か数刻学んだ者が、御武家様を討ち取れる武具になるのです。」
手代が言う指摘に関左衛門は愕然として、種子島の長所が武芸が巧みな者でも討ち取れる武具だと教わった時には、元来の臆病な性格からか、口数も少なくなっていた。
商家の役職制度 旦那(経営者) 番頭(管理者) 手代(係長や主任相当) 丁稚(平社員)




