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明智城和議と小豆坂合戦

小豆坂合戦、最近の新解釈バージョンをベースに勝手にアレンジしてます。

 斎藤山城守利政は、明智城で起きた合戦の顛末を井上忠左衛門尉道勝からの文を読み終わった後、怒るでもなく悲しむでもなく、ただただ渋い顔して傍に控えてた嫡男新九郎高政に文を見せた。


 文の内容を読むと、見る見るうちに顔を真っ赤になり文を握り潰そうとしたが我慢して、稲葉右京亮良道に渡し、大声上げて斎藤城州に疑問をぶつけた。



「父上! 何で関係無い武田が木曽や遠山の肩を持って、我々を攻撃するのですかっ!!」



 すると斎藤城州は、苦々しく語り始めた。



「どうやら武田にとっての西の防壁は明智城と言う認識みたいだな・・・井上忠左衛門尉の推察によれば、どうやら去年から今年にかけて、武田家と木曽家との間に婚姻を前提とした同盟関係が儂の知らぬ間に成立してた訳だ。武田の思惑は対小笠原包囲網の一環だったが、儂が木曽家に従属してる遠山三塊を攻めたせいで、予防戦争に講じたと分析してる。」


「父上!こうなったら、斎藤家の総員を集めて、東美濃に侵攻して、武田に斎藤家を敵にしたら大きな代償を払う事を教えてやりましょう!!」


耄者(ほれもの)!!武田家と全面対決したとしよう。まず尾張の虎が黙って見過ごすと思うか。あ奴の息子に嫁を送ったが、そんな者は美濃一国を手に入れる機会の前に簡単に捨てるだろうよ。それに武田にも敵が多くいるから、最低でも信濃は数年は落ち着かんだろう。しかも当家の様に潤沢な資金がある訳ではないから、未だ百姓主体の軍勢だろうよ。」



 新九郎は、父城州から言われた言葉に反発しながら言い返せなくて、仕舞いには壁を感状のまま裏拳で殴って、評定の場から退散していった。


 新九郎が退散した後に稲葉左京亮が、今後の展望を斎藤城州に話かけた。



「殿、今後の統一事業はどうしましょうか?」


「まずは労多く稔り少ない畑の東美濃は、攻めるのは時期尚早だな。食らうとしたら一番美味しく弱った獲物は、去年大勝した尾張か・・・・」


「殿、尾張には帰蝶様が嫁いでいますが?」


「帰蝶だって、蝮の娘。儂の事をよく解ってるから、覚悟はしてるだろ・・・・」



 斎藤城州がそう言うとこれ以上の話を稲葉左京亮は、話を続けられなかった。



「そうそう、左京亮よ。其方(そなた)は知ってるか?駿河の今川治部大輔が駿河・遠江両国に動員をかけて、三河の織田勢力排除に乗り出したみたいだ。」


「殿、もしかして去年加納口の戦いの前に、三河の渡河原の戦いで松平次郎三郎広忠が織田三州に敗れて降伏した事で、今川治部大輔が看過出来なくなったとか?」


「そうだ。渡河原の戦いの結果、今川家の勢力が東三河まで後退したので、此度(こたび)の出兵を黒衣の軍師が決めたみたいだ。」


「太原崇孚殿が動いたのなら、織田三州も美濃への野心なんて向けれませんな。そうなると先程の話に戻りますが、東美濃を奪取する機会になるのでは?」


「いやそうもいかん。東美濃を手に入れるにしても広大な割に十五万石余り、一方尾張ならばこの機を掴めば五十万石余りで、我々が望む海も手に入る。」


「殿が新九郎様を耄者(ほれもの)と言ったのも海を重視しない近視感的な発想改めて、柔軟に対応して欲しいからですか?」


「さすがだな、よく解ってるじゃないか左京亮は。そしたら今儂が考えてる事は、理解できるかな?」


「さて愚鈍な(それがし)には分かりませぬ。」


「今、儂が考えてる事は、こちらから武田へ詫びを入れて、武田の嫡男喜信へ嫁を()じ込もうと考えてる。」



 稲葉左京亮は、斎藤城州が敵味方を柔軟に考えて、簡単に考えを切り替える姿を見て驚愕してしまった。



「とっ殿、それは・・・」


「尾張を喰らうのは、今川と織田の戦闘が起きる時期を見て考えるから、細作を尾張・三河に数多く送れ。後、武田の動きも見る必要あるから、そちらにも送ってくれ。」


「・・・・分かりました殿、では伊賀者を多く雇います故。」


「うむ、頼んだぞ。」



 次に話かけたのは、稲葉左京亮の女婿で牧村牛介政倫を呼び、武田家への捕虜交換及び和議への使者として郁いに命じた。



「牧村牛介よ、儂も其方(そなた)も稲葉左京亮の女婿である。其方(そなた)なら、信頼出来ると思い命じるが、此度(こたび)の戦での武田と和議を締結してきて貰いたい。条件は、勢力の境目は戦前の状態でと言う事で、(まと)めて貰いたい。」


「殿、武田から賠償要求が出たらどうしますか?」


「武田勢だけの賠償なら応じると。後は美濃国内の事で、儂を美濃国主を認めると言うなら、他勢力のは払うと伝えよ。」


「承知しました。早速、甲州へ参ります。」



 そして一旦評定を解散させた後、斉藤城州の別室に堀掃部大夫利房、古田吉左衛門重則、林新右衛門通安を呼んだ。



「他でもない其方(そなた)達を呼んだのは、尾張での計略の事である。其方(そなた)達三人は、犬山城主織田十郎左衛門信清、下四郡守護代清洲城主織田大和守信友、楽田城主織田掃部寛貞の所に(おもむ)き、織田三州に不満を持つ奴等を離反させ、織田大和家中心の尾張統治を意識させよ。」



 堀掃部大夫は疑問を感じた為、斉藤城州に質問してみた。



「織田三州とは婚姻同盟が結ばれておりますれば、もし発覚したら織田家との同盟は破談になりまいぞ。」


「発覚せぬように工作せよ。(ただ)しもし発覚して同盟破棄になっても儂は構わんので、其方(そなた)達は責任取らせるつもりはないから、安心せい。」


「「「ははっ、承知しました。」」」



 こうして斉藤城州は、裏で(おのれ)の欲望のままに織田三州から尾張を奪うべく、謀略を行い続けた。




 ___________________________________________________________




 天文十七年三月下旬、斎藤城州が尾張の織田三州と婚姻同盟を結び北への憂いを無くしたのを確認してから、織田三州は三河の岡崎城を松平次郎三郎に兵一千で守らせ、庶長子織田三郎五郎信廣に兵四千を与え今川勢迎撃の先鋒を任せた。


 織田三州は、昨年加納口の戦いで多大な被害を出したにも関わらず、本隊一万五千を動員して、完成したばかりの本拠地末森城に今川勢の来襲に備えてた。


 先鋒を任された織田三郎五郎は、天文九年に松平家から奪った安祥城から出陣し、矢作河を渡河して上和田の地に着陣して、これから迎撃する今川勢の動きを(うかが)った。


 一方、今年の織田三州の動きから、岡崎城への攻略を行う事を決めてた今川治部大輔は総大将に太源崇孚を任じて、岡崎城救援の軍勢兵二万を率いさせて、その中で織田家の支配に反発してる岡崎勢兵二千を副将朝比奈備中守泰能に率いさせた。


 岡崎城南の小豆坂で今川勢と織田勢が激突する数日前、織田三州が三河に後詰に行く直前に織田三州の甥で犬山城主織田十郎左衛門信清、下四郡守護代清洲城主織田大和守信友、楽田城主織田掃部寛貞が織田三州への協力を拒否し、各織田家が離反するにいたった。


 その為、後詰に送るはずだった軍勢の一部兵九千を討伐に向かわせ、後詰に使えるのは兵六千余りに減ってしまう。


 天文十七年四月二十八日、その頃になると今川勢は岡崎城南の小豆坂の上を確保した為、優勢な状況を作り出したので織田三郎五郎は劣勢を悟り、陣を後方に下げて盗木の付近にいる織田三州本隊兵六千と合流を果たし、織田勢の勢いが復活した。


 織田勢の勢いは、敵味方に分かれた松平次郎三郎の叔父松平蔵人佐信孝が討ち死させて、松平勢が潰走し、今川方の敗色が濃厚になった。


 しかし今川方の若武者岡部五郎兵衛元信が伏兵として潜んでいた為、岡部五郎兵衛が織田本隊に横槍を入れて攻勢に出ると(たちま)ち総崩れとなって、織田三州は矢作川を渡河して安祥城まで敗走していった。


 その間にも小豆坂合戦の最中、織田勢の旗色が悪い事を悟った松平次郎三郎は織田家からの監視役荒尾空善を捕らえて、戦闘中にも関わらず今川勢の総大将太原崇孚に降伏の使者を送り、今川勢を城内へ率いて占領させてた。


 一方、織田三州はこの第二次小豆坂合戦で戦傷を負い、この年から戦傷が元での病に冒され臥せるようになって自ら三河国内での兵を率いる事は行わなくなり、次第に今川勢に押される事になった。



 ___________________________________________________________




 三月三十日、牧村牛介は明智城の戦いにおいて、斉藤勢の再来を警戒してた明智城に停戦の使者として入場し、秋山伯耆守虎繁、明智城城主明智兵庫頭光安、遠山左衛門尉景前、遠山民部景行、それに遅れて援軍に来た木曽中務大輔義康と信州遠山家当主遠山土佐守景広と会談を行う事になった。



「まず始めに斉藤家の立場から言う事は、木曽家と遠山三塊と武田家に対しての交渉は別に行うと言う事を伝えます。」



 その話を聞いて、木曽中務大輔や遠山三塊方々は牧村牛介の言う話に警戒心を持って答えた。



「斉藤家では、個別交渉を行って、我らを謀ろうとするのか?!」


「いえいえ、停戦の事はこのまま現状で良いでしょう。ただ遠山三塊の方々は、美濃国主である我が主斉藤山城守利政の事を御認めならぬと言うならば、斉藤家の庇護の元にいないので賠償要求は却下します。また木曽殿に関しても遠山三塊が木曽家の庇護を受けてるならば、我が美濃国主斉藤城州の庇護の元に受けるのなら、賠償もしましょう。武田家に関しては、我が殿が直接晴信公と御話せよとの命を受けましたので、甲府にて話そうと思います。」


「それでは話にならんだろう!三木家を(けしか)けて、木曽谷を狙わせ追って!!」



 木曽中務大輔は交渉にならんと憤慨とした。



「では木曽殿、其方(そなた)ら木曽家は四年前に東美濃に侵攻して、遠山三塊を従属させてるが、それは我が美濃国への侵略ではないのか? 遠山三塊にしても(いたずら)にも土岐家の正嫡を認めず、廃嫡された土岐次郎頼純側に立った為、我らと違う道を歩まれたの事。それを国主の庇護を受けるとならば、復興の手伝いをしようと言うもの。」



 牧村牛介は、浪々と斉藤家の言い分を語った。



「牧村殿、これでは和議は不成立だろうよ。」



 遠山左衛門尉が、牧村牛介の言葉に呆れて困った表情をしていたが、牧村牛介は、本命は甲斐の武田晴信なので、そちらを攻略したら、こっちも自然と和議に転じる事を理解していたので、賠償問題では一切譲歩するつもりはなかった。



「然らば、残念ながら和議は不成立で良いのですか?我が斉藤家は、そちらが足軽を動員解除しないといけない時期でも銭で雇った兵士達を使って戦も行えますよ。」



 木曽中務大輔と遠山三塊は、この先の戦で足軽の動員解除を行わないと財政が破綻すると指摘された事に(たちま)ち顔色を失せてしまった。


 その事を聞いた木曽中務大輔と遠山三塊は、嫌々ながらも戦前の国境(くにさかい)に収めると言う和議を成立させた。


 そして武田家との和議の事は、秋山伯耆守が帰国する時に連れて行ってもらい、甲府にて御屋形様と交渉する事に決まった。




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