武田の猛牛
明智城攻めを行っていた井上忠左衛門尉道勝、長井隼人佐道利兄弟は、少し前に斎藤城州から文を受け取り、揖斐周防守光親の守る揖斐城と長屋大膳亮景興が守る相羽城を落としたから、そちらへ日根野兄弟と武井肥後守を送ったから三月二十一日には到着するので、それまで木曽勢や遠山勢に警戒を怠らぬようにと書かれてあった。
井上忠左衛門尉と長井隼人佐は、斎藤城州からの文を読み終わってから援軍が明日にでも到着するとの報告に、やっと攻勢に出られるのかと言う話となり、長井隼人佐は兄井上忠左衛門尉に我等の武勲は日野根兄弟や武井肥後守に劣るので、我々が中心となって明智兵庫頭の頸を上げないといけないと言う会話をしてる最中に加賀井駿河守重宗が、突如として二人に急報してきた。
「忠左衛門尉殿!隼人佐殿! てっ、敵襲でござる!!」
「どうした?木曽勢でも迂回して、攻めてきたのか?!」
「いっいえ!!あっあれは・・・見間違いでなければっ・・・」
武田勢が狩人らの道案内を得て、斎藤勢の側面から突撃を行った時、斎藤勢の将兵達は最初は遠山連合軍の別動隊の襲撃だと誤認していた。
遠山勢にしては、動揺が激しい加賀井駿州の言葉に要領得ない二人だが、とにかく緊急に対応する必要があるのはわかった。
すぐに天幕の外に出て、戦闘状況を確かめようとしたら、長井隼人佐の重臣大嶋甚六光吉が大弓から素早く矢を数発放つと、斎藤勢の中で大暴れしてた武田勢の騎馬武者達に放ち、撃った矢の数だけの騎馬武者を落とした。
だが奮闘していたのは、大嶋甚六以下少数の者達だけであり、大半は想像以上の騎馬武者の数の突入に右往左往をして、逃げまどっていた。
長井隼人佐は、傍で矢を放っていた大嶋甚六に状況を聞いた。
「殿!攻めてきたのは、遠山勢ではありませぬ。武田勢でございます。奴等は遠山勢や木曽勢の奴らとは違います。剽悍で恐ろしく強いし、騎馬武者も軍勢の割合では図抜けています!!」
「何故、武田勢なんだ?! 武田家とは美濃は隣国ではないだろ!!」
「某は弓しか扱う能しかがありませぬ故、武田家の事情は分かりませぬが、もしかして木曽家が武田家に泣きついたのかと?」
「忠左衛門尉兄上、もし大嶋甚六が言ってる事が当たってたなら、これは只事ではない事態に陥ったかもしれませぬ。」
「隼人佐の言いたい事は分かった。この襲撃は、おそらく数日前に入城した遠山勢の武者も関連があるに違いない。明智城の奴等や遠山連合軍もくるぞ!!」
「忠左衛門尉兄上、明日味方が来るのは分かってるので、ここは明智城から後退して、味方と合流しましょう。」
「あい、分かった。隼人佐よ、全将兵達に味方と合流する為に、一時後退すると伝えよ。」
「分かりました。大嶋甚六よ、これより味方と合流する故、弓兵を集めて味方を援護せよ。狙う目標は其方の指揮に任せる。」
「ははっ、承知しました。」
長井隼人佐に命じられた大嶋甚六は武田勢が大暴れしてる中、なんとか弓兵を七十人ばかり集めて、味方を追いかけてる武田勢の頭上から矢の雨を降らせて、追撃を躊躇させる。
井上忠左衛門尉は、先程急報を伝えてくれた加賀井駿州に、味方を纏め上げて大嶋甚六の弓兵を守り通すよう命じて、少しでも犠牲を減らそうと数少ない混乱してない者達を呼んでは指示を与え続けた。
一方、斎藤勢に突撃を敢行した秋山伯耆守は、美男子で痩躯なのにも関わらず刀身が三尺(90㎝)もある斬馬槍を豪快に振り回して、近寄る斎藤勢の将兵を次々と鎧ごと切り裂きまくり死の旋風を巻き上げながらも部下達の助言や報告を聞き逃さずに受け答えて、しかも戦場での状況の変化も漏らさず見つけて、大嶋甚六が放つ矢の脅威も戦いながらも把握していた。
「あの弓撃ち武者は厄介だな。誰かあの武者を鉄砲で狙撃できんか?」
秋山伯耆守が、傍にいた伊那衆の松島筑前守貞実に言葉を漏らした。
「伯州殿、某はこの前の戦において、御屋形様より鉄砲を拝領しましたので、狙撃を試みまする。」
「よし、松島筑州よ頼んだぞ!」
秋山伯耆守は、弓で武田勢相手に無双していた大嶋甚六を狙撃させて討ち取ろうとしたが、松島筑州が鉄砲を放つと同時か、一瞬大嶋甚六がこちらに気が付いて矢を放った感じになり、双方が放った矢と弾に当たって倒れてしまった。
お互いの妙技に双方の周囲にいた者は驚いたが、松島筑州の眉間には大嶋甚六の矢が当たったが松島筑州の弾は、大嶋甚六の左耳を掠めていった。
その妙技を見た秋山伯耆守は、思わず大嶋甚六を大声で褒めてしまった。
「御見事!!其方の妙技いや神技を見せてもらったぞ!!是非、其方の名を教えて欲しい。」
大嶋甚六も敵将から称賛されて、思わず返事を返してしまった。
「称賛、感謝致す。拙者は、美濃国山県郡の大嶋甚六光吉と申す!!」
武田方から、大嶋甚六への神技に恨み節どころか、称賛する声が将兵達から漏れていて、その声が斎藤勢の将兵にも耳に入ると敵から称賛される出来事など美濃国内ではなかったので、武田方の反応に驚いていた。
「大嶋甚六よ、其方の腕は古今東西無二の強弓也!!其方程の腕前、是非家臣にしたいものだ!!」
そういうと秋山伯耆守は、大嶋甚六を生かして捕らえよと家臣達に命じた。
家臣達は大嶋甚六を捕らえようとすると加賀井駿州が大嶋甚六を守り、その間大嶋甚六ら弓兵から撃たれまくったので、秋山伯耆守は苦笑して家臣達に大嶋伯耆守を捕らえる命令を撤回した。
その間にも明智城からは明智衆が飛び出して、混乱してた斎藤勢に対して斬った突いたの大奮闘をみせて、遠山連合軍から派遣された吉村源斎は、自ら進んで斎藤勢に飛び込み神山内記義鑑を見つけて、一騎討ちを挑んだ。
「そこの騎馬武者、一廉の武人と見た。拙者、恵那坂本の郷士吉村太郎左衛門氏勝と申す、いざ尋常に勝負!!」
明智衆からの襲撃によって周囲は混乱していた所、吉村源斎に一騎討ちを挑まれた神山内記は去年の加納口の戦いでも、織田方の頸八つ上げてた猛者で吉村源斎からの挑戦を俄然受け入れた。
「吉村太郎左衛門氏勝よ。某は、方懸郡神山館主神山内記義鑑也、某は昨年織田三州との戦にて、織田の頸を八つ討ち取った猛者なるぞ。其方みたいな若造が某を討ち取れると思ったら、大間違いだっ!!」
「若造、この槍裁きを打ち払えるのかっ!!」
神山内記は叫びながら長槍を振るう、吉村源斎は神山内記の長槍を数度受け止めるが長槍を振るう力と技量は、己の方があると分かってから本気を出して槍を振るい始めた。
「内記殿、内記の振るう槍は遅くて軽く感じる。そろそろ本気を出してくれまいか?」
「己っ!!」
神山内記は、吉村源斎の槍を押し当てた後、虚を突いて自分の槍を離して源斎に体当たりをかまして、倒れた源斎の上に馬乗りになって、源斎の頸へ脇差を抜いて切り裂こうとした。
「若造、いくら力強くても戦場での経験の差が物を言ったな!! なぬっ!!!!」
しかし吉村源斎は、両手で神山内記の脇差を掴んで、そのまま内記の脇差をぐねりと怪力で曲げてしまった後、曲がった脇差を放り投げて驚愕してる内記の顎と頸を両手で握り潰して、手の握力だけで殺してしまった。
「ぐぼっ、うっぎゃゃゃぁぁっっつ!!!!」
「恵那坂本郷士吉村太郎左衛門氏勝が、神山内記義鑑を討ち取ったりぃぃぃぃっ!!!!」
「ひぃぃぃぃっ、神山内記様が殺られてしまったぞっ!!」
持ってた脇差で、握り殺した神山内記の頸をかき斬って、持ち上げた頸を周囲の斎藤勢に見せつけると皆動転して、足軽達は潰走しはじめた。
また遠山連合軍に参加してた明智十兵衛は、武田勢が迂回進撃しやすい様に案内役を手配して、さらに連合軍で、統率が取りづらかった軍勢を適切な助言を岩村城城主遠山左衛門尉景前に行った為、大きな過ちを起こす事なく、死傷者も武田勢より低く抑えた手腕は一躍知られる事になった。
この事で、明智十兵衛と叔父で明智家当主明智兵庫頭光安は、武田家の事で語り合ってた事があった。
「のう、十兵衛。此度武田家には、何も得る物無いのに遠い美濃での戦に参加してくれなんだ。我等はどおやって、武田家へ恩返ししたらよいだろうか?」
すると十兵衛は、少し考えてから語り始めた。
「武田家としては、此度の戦、もし斎藤家が我等を滅ぼし美濃を統一して、木曽家が斎藤家に従属した場合、斎藤家、木曽家、村上家、山内上杉家と敵に取り囲まれて、国が成り立たなくなる危機感が起きたんだと思います。別に斎藤家を敵にしたいと言う考えは武田家には無かった。しかし美濃の国主は、あの悪名高き蝮殿、その悪名が木曽家や我等を救う動機になったと思います。」
「なるほどな、世の中どう繋がってるのか本当に不思議だ。あの斎藤家は昨年まで戦ってた織田家と同盟を結んだ事で、美濃統一の弾みがつくが、国外の情勢を鑑みなかった事が、此度の躓きに繋がっておる。今後の舵取りは本当に難しい、其方に家督を譲りたいが未だ承知せんのか?」
「叔父上、誠にすみませんが此度の戦で、いろんな人達に出会いました。特に猛牛のような男、秋山伯耆守虎繁は武芸も智謀も優れており、拙者は彼の才能に負けない位の知識を身に付けたく、暫し上洛したいのです。」
「なるほど、其方を京で学ばせるのも、明智にとっては良い判断かもしれん。」
「本当に、我儘言ってすみません、叔父上。」
明智十兵衛のこの時の決意は、のちに天下の名将として名乗りを上げる雌伏の期間を作る事となった。
___________________________________________________________
斎藤勢は、大嶋甚六や加賀井駿州などの奮戦により、局所では優勢にたたかってたが、秋山伯耆守は戦局全体を見極めながら、明智城から出撃してきた明智衆や遠山連合軍からの挟撃が見事に成功させた為、斎藤勢は、去年織田三河守信秀に大勝した時の戦果は、この戦いでぶっ飛んでしまったと言う。
この明智城を巡る戦いを第一次明智合戦と呼ばれ、武田勢は五百余りの損害、明智勢は二百人余り、遠山連合軍は、三百余りの犠牲だった。
一方、斎藤勢は千八百余り犠牲となり、大西太郎左衛門勝祐や神山内記義鑑等が討ち取らてしまい、何とか将兵四千余りを纏めて撤退した井上忠左衛門尉と長井隼人佐は、日根野兄弟と武井肥後守の軍勢と合流して、全然関係ないはずと思われる武田勢が遠山三塊に合力して斎藤勢に攻撃してきた事を伝えた。
その話を聞かされた日根野五郎左衛門弘就が怒りの声を上げた。
「なんと!!我が家は、武田方とは何も利害関係は無いはず。何故木曽や遠山三塊に加担したのだ!?」
「そうだ、五郎左衛門兄上!!あ奴等、信州で村上防州や小笠原右馬助と戦ってたはず。これで斎藤家も敵に回して何を考えてるのだ!!」
すると武井肥後守助直が、ぼそりと語り始めた。
「もしかすると・・・いやまさかな・・・」
「どうしたのだ武井殿?」
「昨年、ちと気になる話を耳にしたんだが、武田家嫡男太郎喜信に朝廷から信濃守の位を授けた為、信州の村上家と小笠原家を倒す名目が出来たと言う話なんだが、その延長上の事で村上家と小笠原家と停滞してる高梨家と木曽家に婚姻を前提にした同盟を結んだとの話なんだ。」
それを聞いた井上忠左衛門尉は、すぐに気がついた。
「おっおいっ、武井殿、まさか武田家と木曽家は我等が知らぬ内に同盟が結ばれていて、そうとは知らぬ我々は木曽家の影響強い遠山三塊に軍勢を向けてしまったのか!?」
「そうかもしれんが、あくまで某の推測の一つ。そこは殿が決める話だ。」
長井隼人佐は、凄く困った顔をして自分の考えを話始めた。
「それは、不味いな。昨年まで美濃を狙ってた織田三州とのやっと和議を成立させて、いよいよ美濃統一に動く矢先に木曽家と遠山三塊は、武田家と言う強力な後ろ盾を得た。恐らくの話だが、先程の武井殿の話を基本とすると、信濃守の大義を朝廷から得た武田家は、主敵を小笠原や村上に絞り、残りの高梨や木曽との同盟を結び、後顧の憂いを無くしてる。しかも武田の同盟は他にも今川家と北条家もある。これらと同盟してる武田との敵対は、織田三州や朝倉宗滴を敵に回すよりも困難な事になりそうだ。」
長井隼人佐は、それを一気に話すと、即座にこの事を斎藤城州に話をして、今後の展開の再構築が必要だと説明しないといけないと腹に決めた。




