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潮目変わる

 板垣駿州を追い詰め、後一歩で勝利を掴む状況で、矢沢源之助と望月源三郎の突如の返り忠は、即座に村上防州と島津左京進に伝わる事となった。



「おのれ、矢沢、望月!! 何故、勝ち戦なのに返り忠起こす奴等がどこにいる!! あ奴等、儂より餓鬼(武田晴信)の方が良いと言うのかっ!!」


「殿、おそらくはあ奴等、滋野三家の繋がりによって、我々に知られずやり取りを行ってたと推察します。そうなると滋野三家の意志は、ほぼ武田に臣従すると言う判断されてるとしたら、本拠地葛尾城直前が武田方に落ちる可能性も出てきました。今は、板垣勢に優勢ですが、武田本隊が北上と共に退路を塞ぐかもしれません。」


「くそーっ!! この勝ち戦をここで引っ繰り返されるのも口惜しいわ!!」



 島津左京進規久は、事態の急変を鑑み村上勢を立て直しを進言を行った。



「ここは村上勢温存を図って、捲土重来を期すしかありませぬ。」


「せめて板垣駿州の頸は取れぬか?」


「一つ、(それがし)に策がございますれば、我が隊が殿を行いますので、殿は皆を(まと)め上げ戦場を離脱してください。」



 島津左京進に何か一つの決意を感じ取った村上防州は、島津左京進に一声かけた。



「左京進よ、其方(そなた)には、これからも働いてもらわないと困る故に、必ず生きて戻れ!」


「承知しました。では一つだけ御願いを御聞きしてくれますでしょうか?」


「何でも聞こう。」


「それでは、村上勢にある貴重な鉄砲二十丁を我に下賜(かし)してください。」


「・・・・・・・分かった。其方(そなた)に今ある鉄砲全てをくれてやるわ。」


「殿、本当にありがとうございます。」



 島津左京進は、村上勢が撤収準備にかかり始めた時に、自らの家臣達を集めて策を授けた。



「お前達、この戦は矢沢・望月勢の返り忠のせいで、負け戦になる。したがって私は殿に撤退するように進言し、それを受け入れた。進言した私は責任取って、殿を行い村上勢本隊を逃すつもりである。」


「この策は私を含めて、策を実行する者達も命を落とす事になるだろう。したがって皆に問いたい、命を惜しむ者がいるなら、殿と一緒撤退して欲しい。これは強制ではないので、自分の意志で残る者にだけ、策を授けようと思う。」



 島津左京進は家臣達に問うと大よそ半分近くの二百人余りが、希望して殿を行う事になり残りの者達は島津左京進の嫡男弥三郎久清が率いて撤収する事になった。



「弥三郎、殿を頼むぞ!」


「父上、御武運を!!」



 村上勢が攻勢を止めて、撤退を行い始めたのは日が傾き始めた頃だった。



 ____________________________________________________________




 三百余りの楽厳寺衆を再編成を終えた楽厳寺雅方は、同じく大将禰津勝直を失い代わりに。救援に来た女武者衆禰津里美を陣代に立てた禰津勢は、攻守が入れ替わって激戦を行い始めた。



「皆の者よ、禰津勢は女武者達に手を借りる腰抜けだ!だから無駄に命を捨てずに、己の命を護る事に全力を尽くせ!」



 大声を上げて、三倍の禰津・女武者衆の逆攻勢を巧みに反らしていた雅方は、若槻勢の向こうで消極的な動きを行ってる矢沢・望月勢の動向がどうやら変だと側近から注進があった。



「殿!、矢沢・望月勢が、武田勢との戦闘を行うのを止めています!」


「何、あいつ等、いやまさか!」



 楽厳寺雅方が、矢沢・望月勢の動向に気を向けていると、突然矢と石が雅方を中心に飛んできて、数人の家臣に当たり、倒されてしまう。


 一人の家臣が大声で、雅方らに危険を伝える。



「てっ、敵襲!!ぐわっ!」



 叫んだ家臣が馬上槍で突き殺された後、女武者達と禰津家須藤作兵衛等三十人余りが、楽厳寺雅方の頸を狙って飛び込んできた。



「楽厳寺雅方殿はいずこ!?」


(それがし)は、ここにおるぞ。我こそは望月遠江守信雅家臣、楽厳寺駿河守雅方である。」



 家臣から、長槍を受け取った雅方は、飛び込んできた敵将兵に抗戦の意志を見せる。


 それを見た禰津里美も名乗り始めた。



「私は、禰津宮内大輔元直が息女、禰津里美である。我々は其方(そなた)を討ち取りに参った。いざ観念せよ!」



 お互いそう名乗ると、(たちま)ち禰津勢と楽厳寺勢との戦闘が始まった。



「作兵衛!狙うは楽厳寺雅方の頸ただ一つ!」


「者共!命を粗末にするな、我に任せよ!」



 そう言うと雅方は、里美達へ取り引きを求めた。



「禰津の方々よ、儂の頸を差し上げるので、家臣を助命して欲しい・・・」


「殿!」 「殿、我々は殿の命の報が大事です!」



 数人の家臣達が雅方と里美達の間に座り込み、雅方を護ろうと必死に盾になろうとした。


 その姿を見た、里美は雅方に語りかける。



「望月家家臣楽厳寺駿河守雅方よ、同じ滋野一族として其方(そなた)等の命を奪うのは忍びない。ただちに我等に降伏しなさい。しからば皆の命は助ける。」


「承知した。皆、滋野一族の(よしみ)で命は奪わないと答えてくれた。武器を捨てて、禰津家に投降せよ。」



 雅方が武器を捨てて、里美の前に胡坐をかいたので、他の家臣達も武器を捨てて、雅方の傍に集結してきた。


 里美は、降伏した者達の対応を作兵衛ら禰津勢に任せると、女武者衆四百余りを集めて再度村上勢の若槻衆に攻撃を仕掛けようとした時に、急に村上勢の中で乱れ始め同士討ちが行われてるのを見てしまった。


 すると楽厳寺雅方が声を上げる。



「とうとう返り忠をやったのか。いややっと滋野一族が真田を中心に(まと)まり始めたのか。」


「姫様、どうやら矢沢・望月衆が村上勢に対して反旗を起こして、村上勢が混乱中です。」



 里美の傍にいる日下千鶴が、現在起きてる村上勢の状況に板垣勢を救援出来る目途が見えたと言うと、里美は号令をかけた。



「皆の共、村上勢が混乱している今が絶好の機会だ。まずは目前にいる若槻衆へ全員突撃せよ!!」


「「「はい、承知しました!!」」」



 四百騎余りの女武者衆が突撃を開始すると、突撃前から望月勢に若槻左京亮が討ち取られていた若槻衆は、(たちま)ち将兵達が逃げまどったり、降伏したりと霧散してしまった。


 そして霧散した若槻勢の向こう側から、慌てて矢沢・望月勢から使者が派遣されてきた。



「至急、御目通りお願いします!」



 今まで村上側であった矢沢・望月勢から、突然の使者が飛び込んできたので、里美の傍にいる女武者達から、訪れた使者に槍で取り囲んで、里美の傍に近ずけなくした。



「これ以上、里美様に近寄るな!!」


「うわわわっつ、私は矢沢源之助頼綱様より使者として命じられた、矢沢家家臣仰木安兵衛藤次です。」



 仰木安兵衛は、必死に里美に敵意が無い事を伝えて、武器を取り上げられてから、やっと話す事が許された。



「我々、矢沢源之助頼綱様と望月源三郎信雅様は、真田弾正忠幸綱殿から親族の(よしみ)で、武田家へ帰属の斡旋する使者が訪れたので、同族同士の戦が忍びなくなり武田家への帰属を決断し、村上勢と手切れをする事に決めたのを使者として、(それがし)が参った次第である。どうか矢沢・望月勢への攻撃を控えていただきたい。」



 安兵衛は、一気に里美に話を行うと、疲労困憊だったのかそのまま座り込んでしまった。


 里美は、何故こっちに使者が来たのか尋ねる。



「貴方は、何故禰津勢の方へ来たのですか。総大将は板垣駿州様と知ってるはず?」


「板垣駿州様の所へは別の者が向かってます。」


「なるほど、分りました。私らが矢沢・望月勢に要求する事はただ一つ、我々が来た時に武装解除して御待ちになってください。」



 安兵衛は、里美が言ってる事は理解できるが、ここは戦場で目下(もっか)村上勢と戦闘中であり、いきなり武装解除と死ねと言われてると同じ事を(とら)えて、すぐに蒼褪(あおざ)めて、必死になって御再考をせがんだ。



「里見様、村上勢を相手に戦闘中、武装解除しろとは、無理でございます。どうか御容赦を!!」



 すると千鶴が、里美に助言を行った。



「姫様、彼等の命を保護も考えるなら、村上勢との戦闘を止めさせて、戦線離脱してもらうのはどうでしょうか? そうしたら我々も矢沢・望月勢が空けた場所へ、女武者勢を前進させれます。」



 里美は、少し思案して、千鶴の案を採用する事にした。



「仰木安兵衛殿、私は千鶴が言う案を採用と思います。したがって貴方はすぐ戻って、矢沢様と望月様に戦線離脱を伝えなさい。もし私達を待たせるような事になれば、先程の話を破棄して、矢沢・望月勢を村上方と認識して攻撃しますので、ただちに御戻りなさい。」


「承知しました。すぐに殿に知らせますので、我々に御容赦を御願いします。」



 里美から言われた事を伝えに仰木安兵衛は、慌てて矢沢・望月勢の方へ戻って行った。

















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