花の騎士
騎馬に乗り駆けて来た五百の女武者勢は、大雪の中で雪煙を巻き上げ、禰津勢と村上勢の乱戦の中に突入して為、双方の軍勢は皆驚き、女武者達は騎馬で駆け抜けながら、太刀や馬上槍などで村上勢の足軽などに突き刺していった。
その途中、禰津里美と一緒に先頭を駆ける日下千鶴は、得意の騎射を行い次々と村上勢を射すくめていた。
すると禰津勢の見える将旗が見える辺りで、村上勢が押し寄せて禰津勢の足軽達を蹴散らしてるのを発見した。
「姫様!あそこに禰津家の旗が!」
旗持を支えていた禰津家の従卒は身を挺して家旗護ろうしたが、村上勢の数人の足軽達に長槍を突き立てられて、討ち取られた。
さらに村上勢の足軽達は、禰津の家旗を大喜びで奪い取って、着物の中に押し込んでるのが見えた。
足軽達の行動を一部始終を見てしまった里美と千鶴は、一気に馬を駆け抜けて馬上槍を振るい足軽数人を一瞬で突き殺していく。
「このっ、慮外者めっが!」
「ぐはっ!」 「ぎゃーっ!」 「なっ!」
里美の馬上槍に数人刺殺されるのを見た残りの足軽達は、あっと言う間の出来事に驚愕して逃げていく。
千鶴は、里美が刺殺した足軽の胸元に入れられた禰津家の旗を取り戻して、自分の馬の鞍袋にしまい込んだ。
「姫様、禰津の家旗は取り戻しました。」
「分かったわ。そしたら急いで父上と兄上を救援に行きましょう。」
後続から追いかけてきた、女武者二十騎余りも合流してきたので、戦場で散り散りになってる禰津勢の本陣を探しながら村上勢と戦っていると、勝直の近習新城貫次郎が瀕死の重傷を負って、横たわってるのを発見した。
「ひ、姫さまっ・・・」
「貫次郎!父上と兄上はどこですか!」
「殿は・・・・村上っ・・・ぜいの・・・最初のいっ、一撃目で・・・矢をっ・・・受けてっ・・・負傷うっ・・・した為・・・・っ後っ・・・・方っ・・・・にっ・・・御下がりっ・・・になり・・・ましたっ・・・・。」
「貫次郎よ、貴方はよく頑張ったわ。兄上は、この先にいるのなら喋らないで頷くだけでいいわ。」
里美は、貫次郎の身体を気遣って、兄上がこの先にいる事を確認すると、傍にいる女武者数人に貫次郎を手当てした後に連れて内山城へ下がるようにと命じた。
「千鶴、行くわよ。このままでは戦に敗れてしまう!皆、ついて来て!」
「姫様、承知しました。」
里美の周りに集まった五十騎程の女武者達は、里美が駆けだしたので一緒に戦場を駆け巡る。
すると先には禰津家の近習達が討ち取られており、たった一人生き残ってた兄上は原田十郎左衛門に対して応戦していたが、十郎左衛門の鋭い槍裁きは勝直の技量を上回り、身体中が長槍に突かれて傷だらけになってた。
「兄上!」
里美は、懐に入れてた石を咄嗟に十郎左衛門に向かって投げつけると、見事に十郎左衛門の背中に当たって、里美達の方に振り向く。
「何奴!」
十郎左衛門が叫ぶと、里美は十郎左衛門と兄勝直の間に飛び込んできた。
「私が兄上の代わりに其方と殺ります故、千鶴達は兄上を救出しなさい!」
里美はそう言うと馬上槍を十郎左衛門の前に構えて、立ち合いを行った。
「おのれ!邪魔するな、俺の大将頸を返せ!!」
大将頸を目の前で、取る事を叶わなくなった十郎左衛門は激怒して、里美へ長槍を突いて振り回す。
里美は冷静に槍筋を見極めて、十郎左衛門の技量を見極めていた。
「貴方、私と同じく満足した師匠に付いてない我流の槍裁きね。しかし力は貴方の方があっても、私の方が早くて上手いわよ!」
そう言うと十郎左衛門の長槍を身体を捻って躱すと同時に瞬時に馬上槍で、十郎左衛門の具足の隙間になる箇所を狙い、脇の下や関節部分に突かれた為に倒れた。
「ぐはっ、畜生! 折角城持ちになる機会がっ・・・」
「悪いけど、兄上の命を貴方に譲る訳にはいかないわ。」
里美は、そう言うと躊躇なく十郎左衛門の頸を斬り、絶命したのを確認すると十郎左衛門の頸には興味無くなり、そのまま兄上の傍に駆けつけた。
「兄上!!兄上!! 御気をしっかりしてください!!」
「さっ・・・里美よ。俺はだいっ・・・、大丈夫っ・・・・、だ・・・・。おっ・・・俺のっ・・・こっ・・・事・・・よりっ・・・禰津っ・・・ぜっ・・・い・・・の・・・さいっ・・・采配っ・・・を・・・たの・・・む・・・・・っ」
「兄上っ!! 兄上っ!! あっにぃうぅぅぅえぇぇぇぇぇっ!!!」
兄勝直が里美の傍で戦死したが悲しむ時すら禰津勢の危機に、千鶴が里美に決断を迫る事にした。
「姫様!ここで御話する時間はありませぬ。誰かが禰津勢を纏めないと、このままじゃ全滅してしまいます!」
「わかったわ!!しかしもう少し悲しむ時を私に貰えないかしら!!」
「解りました。その間に我々が時を稼ぎましょう。」
千鶴はその戦場にいる禰津勢と女武者衆に大声でここに集結を命じた。
「禰津勝直の名において、禰津勢と女武者衆はただちにこの場所に集え!!」
未だ大将禰津勝直が戦死した事を知らぬ将兵達が傷つきながらも集まり始めたが、大部分の兵士達は傷深く戦うのもやっとの状態であった。
未だ村上勢と戦いながらも村上勢の主力は、板垣勢に絞り込んで襲い掛かってた為に、ボロボロな状態の禰津勢は見過ごしてる状況になり始めて、その間千鶴は禰津家家臣須藤作兵衛が傷つきながらも戻ってきてくれた為、ここまでの経緯を話した。
「若殿!某達が不甲斐なく、若殿を死なせてしまった!!」
勝直の遺体を見た、須藤作兵衛が責任を感じて自害しようとしたので、正気に戻ってた里美が作兵衛の自害を止めに入る。
「作兵衛よ、私は兄上から皆を集めて、禰津勢の采配を行うように仰せ仕りました。だから、私は皆を再編成を行えば、兄上の弔い合戦を行う事が可能となります。禰津勢、女武者勢、皆私の采配に従ってください!」
「解りました姫様、私達は姫様の女武将衆でございます。どんな事でも御命じください。」
「拙者も若殿の仇を討つまでは、死ぬ事は行わないでござる。里美姫様の采配に委ねるでござる。」
「解りました。私も散り散りになった者達が集まり次第、村上勢に仇討ちの戦を行いますので、それまで村上勢がこちらを攻撃してきても、あしらうだけに留めてください。」
「承知しました。ただちに禰津勢の再編成に入ります。」
こうして禰津勢が合戦から一時脱落した状態となると、負担は板垣勢、真田勢、上原勢に重くのしかかる事になった。
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その状況を使い番からの報告を受けて、折角の釣野伏の策が予期せぬ部隊の援軍に、板垣勢が立ち直る事を危惧した島津左京進は、村上防州に進言を行った。
「殿に申し上げます。今戦場に乱入した女武者たちを討ち取る為に宛がうのは、現状では下策でしょう。禰津勢と一緒にいる女武者達を牽制して、残りの軍勢は板垣駿州の頸だけを狙えば、敵の軍勢は瓦解して退却を選ぶでしょう。そして我が軍勢は、その後諏訪から進軍してくる武田勢を塩尻峠に進撃する小笠原右馬助殿の軍勢と挟撃を行うのが理想ですな。」
「なら左京進よ、女武者達は誰で抑えるのか?」
「先鋒を行い配下の将兵を半分近くに減らされましたが、本陣へ戻られた楽巖寺雅方殿は、如何でしょうか?」
「弟光氏を亡くして、手勢も半分になった雅方に弔い合戦の機会を与えるのか?」
「如何にもです。落雁寺殿なら抑えてくれます。その間に板垣駿州を殺せば、この戦はこちらの勝ちです。」
「解った。落雁寺雅方をここに呼べ。」
「ははっ!」
使い番が先陣を務めてボロボロになった落雁寺衆を再編成してる楽巖寺雅方に殿が呼んでると伝えると、使い番に睨みつけて言った。
「殿は、三百余りになった落雁寺衆を使い潰す気なのか。」
「御免、拙者には殿の意図は知らされておりませぬ。ただここが勝負の決め時でしょう。」
「・・・・・・解った。ここを楽巖寺雅方の死に場所と定めようぞ。」
使い番の者は、落雁寺衆に同情して詫びながらも、戦場での無理難題を言う村上防州の性格もよく知ってたらしく、最後まで申し訳なさそうな表情をしてた。
落雁寺雅方は、配下に声をかけて伝える。
「者共、これより息を吹き返し始めた禰津勢を抑えにかかる。殿からは時間稼ぎを頼まれたが、恐らく禰津勢は我々の三倍以上いるだろう。だから皆、敵を倒すより己の命を護る事を第一に考えよ。」
村上防州が落雁寺勢をこのまま捨て駒として使うのかと疑心を持ち始めた雅方は、内心将兵の温存を図る事に決める事にした。




