日吉丸、駿府に訪れて
残業で遅れました。
日吉丸は、春日大和守重慶と共に甲府の六斎市も立ち寄ったが、四郎が求めてる牛、豚、鶏、羊などは全く見かけなかった。
六斎市の出店してる商人に聞いたら、牛なら農耕用として時々売られる事もあるが、豚や鶏、ましてや羊なんて家畜は聞いた事もないと言われた。
「春日様、四郎様が欲しがってる家畜は、甲府だと余りいませんね。」
「そうだな、恐らく牛などは、輜重用の荷駄引き牛として、主に武田家が購入してるのもあるが、牛自体数を増やす生産者が僅かなんだろうな。」
「甲州では山岳地多いですので、荷駄を引く道幅が狭くて、物流の輸送が馬の背か人力が主なのも理由だと思います。」
甲州や信州は守りやすい国だが代わりに豊かな国に比べて、流通が脆弱なせいで経済活動にも限定されてると言うのは、元行商人であった日吉丸は実感していた。
「四郎様が求めるのは、人々の生活の助けになる家畜。そして民衆の食生活を変えて、人々を病から護れるような強い身体を作る事が目的だと仰られた。牛の乳汁や鶏が生む卵などは、妊娠した女子や病で衰弱した病人にも食せれば命を落とす事が減るし、頑健な身体を作る武士にも家畜肉を食する事で、一層手柄を上げられると申してました。」
「日吉丸よ、鹿や猪などは時々甲州や信州では食されておるが、牛の乳汁やなどは飲むと滋養に良いと四郎様から初めて聞かされた時は大変驚いたが、その乳汁によって奥方様や御香様が、産後の肥立ちが良くなり早く体調を整えたと言うからには、武田領の人々に牛の乳汁を与える事によって、他国の者よりも病にかかる者達が減るだろうと四郎様は言ってたな。」
「春日様、拙者は貧しき百姓の出なので、貧しき我々は何度も獣肉を食しました。口慣れずの者達は、獣臭を嫌い畜生道に落ちると言って、肉食する者達を忌避してましたが、四郎様によると家畜を育てる事によって、人々の口に入る食料を懸念を憂いたのと農耕用家畜にまで、食する事で作物の生産高が減るのを嫌った天武天皇が決められた対策だとの事です。」
春日大和は、暫し考えた後、日吉丸に答えた。
「某の推測だが、四郎様は今後武田領の新田開発や土壌改良によって、作物の生産を増やす事に目途を立ててるのかもしれぬな。そうでないと、家畜を飼うにしても生き物なので、雑草のみで家畜を数を増やす事は難しいだろうよ。逆に言うと作物の生産力に余裕がある国でないと、家畜の取り引きは余り行われてはないのではないか?」
「春日様の推察は、拙者も凡そ当たってると思います。そうなると上方などが可能性は大きいですか。」
春日大和は、その辺りに検討付けながらも関東の穀倉地帯辺りなど、もかしたらと考えてた。
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駿府は今川家が統治する東海道一の大都市で、今川氏が京都を模して町造りを行ったため、荒れた京都を嫌い多数の公家や文化人達が移住した為、人口は五万余りに増えて、武田家随一の甲府は一万五千と駿府は甲府の三倍以上の人口を抱え、東日ノ本随一京風の雰囲気を醸し出した都市に成長した。
甲府から数日かけて、駿府へ辿り着いた春日大和と日吉丸は,最初に駿府市中の町人地を散策して、商人や近隣の職人百姓達が売り出している商品など品定めをしていた。
「しかし人が多いな、日吉丸。其方が行商人の頃に取り引き行ってた者達は、どの辺りにおられるのか?」
「春日様、この辺りに居られるのは近隣の惣郷から、商売する為にやってきてる職人や百姓達が大半ですね。ところで、駿府なら毎日海の幸を売り込む漁師達もおりますから、食事しながら取り引き情報を集めませんか?」
「そうだな、甲府からここまで来る途中は、麦強飯と梅干で凌いできたし。今までは、偶にある集落に泊まりながら駿府を目指して来た為、二人は駿府に着いたら満足な食事を最初に喰おう。」
そう二人は話をしながら、食事処を探すと露店の居酒屋を見つけて、そこで腹を満たす事にした。
「春日様、あそこの居酒屋はいかがでしょうか?」
見た感じ繁盛していて、それなりな小綺麗な感じの居酒屋いづみを日吉丸は見つけて春日大和に聞いてみた。
「承知した。今日の所は久しぶりに身体を休めて、明日から家畜を殿扱う者を探す事にしよう。」
二人は、居酒屋いづみに入り、主に酒と飯を注文すると明日の予定を日吉丸が話だした。
「春日様、明日は以前に拙者が取り引きした商人に尋ねてみます。」
「ほう、その商人の名はなんと言うのだ。」
「友野屋の若旦那で、次期当主の友野二郎兵衛様だよ。拙者みたいな百姓上がりの行商人に本来は取り引きしてくれないんだけど尾張中村出身だと言ったら、尾張国では今何がよく売れてるのかと聞かれたので、鉄製品も多く売れてるが木材なんかも良く売れると教えたら、拙者に針を売ってくれたんだ。」
「聞かれた理由は理解して、日吉丸は友野二郎兵衛に御答えしたのか?」
「もちろんですよ、春日様。あの方は今川家の御用商人の次期主、つまり今川家に尾張国の動向を物資の流れを見て伝えるつもりでしょう。無論拙者の言葉だけで判断するのではなく、尾張国や三河国に入れてる細作からの情報と照らし合わせての判断を伝えるので、拙者が言った事が尾張国への裏切りとかなんて思ってませんよ。」
日吉丸は、自分の故郷が戦火に巻き込まれるかもしれないのに淡々と言うと、春日大和はまたもや日吉丸に問いてみる。
「もし尾張国が戦乱に堕ちて、家族が流民になったとしたらどうする考えだ?」
「尾張と言う国は、元々守護斯波様の力が弱く、守護代織田家が内紛を起こしてる処です。近年は織田信秀様が力を強くしてましたが、それが逆に駿河今川家、美濃斉藤家を同時に敵にまわしてるので、もしそうなれば拙者の家族を四郎様の高遠領に呼ぶ事になりましょう。」
「そうか、尾張や周辺国は皆豊かなので、日吉丸の家族はなるべく故郷から離れない方が、生活が楽かろう。もし武田家に来ざる得ない時は、某からも四郎様へ口添えするので日吉丸は安心して、武田家を頼るが良い。」
「春日様、本当に心使いに感謝します。」
「なんの僅か十二歳ながら、四郎様から気に入られ武士になれるなど、本当に日吉丸は四郎様から才能を見抜かれたんだなと今も会話してて思ったぞ。」
そして二人は、明日から日吉丸が一度会った事があると言う、今川家御用商人の若旦那友野二郎兵衛を探して、家畜が購入出来るのかと問う事に決めた。
日吉丸は、四郎の家臣になったので、自らをおいらから拙者に変えてます。
ちなみに目下の者は拙者、同格や目上の者は某と言うそうです。




