天文十七年になって
四郎は前世の信長が装備させた長槍のアイデアをパクったのを、喜信兄上に教えてます。
天文十六年十二月上旬、父上は八幡一宮諏訪神社を創設し、諏訪から本願神主片平神三郎源義乗を勧請する。 さらに同じ年に甲府長延寺を創設し、鎌倉長延寺の住職実了師慶を住持に据えた。
その後、遠征中に裁き切れなかった重要案件の訴訟を裁定し、年内は政務や小田井原合戦後の感状や戦乱の被害を受けた土地への復旧事業の指示を行って、年内は過ぎようとしていた。
そしてこの度小田井原合戦にて、抜群の戦功を上げた工藤源左衛門尉昌豊、山縣三郎兵衛尉昌景、春日弾正忠虎綱、秋山伯耆守虎繁等を侍大将に任じた。
その手柄に伴い、工藤源左衛門尉昌豊に任されてた作事奉行は、庶兄工藤玄随斎喜盛が作事奉行として業務を引き継ぎいで、工藤玄随斎の補佐役として飯田但馬守虎春の嫡男飯田市右衛門有信が就いた。
他に家臣を前にして、父上は北信濃の高梨摂津守政頼と筑摩郡の木曽中務大輔義康から、婚姻同盟申し込まれた事を発表した。
高梨政頼嫡男頼治には、年頃の子女がいなかった為武田一族の桜井信貞の一女於絹を父上の養女として、来年嫁ぐ事になった。 一方木曽家には、同じく桜井信貞の二女於杏を父上の養女として、木曽義康嫡男義昌に嫁がせる事にした。
これにより来年になると明確に武田家対村上家及び小笠原家の構図になって来た。しかし武田が志賀城攻めの最中に村上家と小笠原家は、安曇郡を巡って合戦を行っており、共に連携して武田家に当たる状況は未だ作られてなかった。
また村上家、小笠原家共に武田家に密かに通じてる国人達がおり、それらの国人衆は兵を出す事に及び腰になっていた為、来年初春に北信濃へ出兵を企画していた。
一方、その頃喜信は父上に許可を貰い、幕下部隊の新装備三間半長柄槍(6.3m)を六百本を武具商人に発注した。
そして、二月初旬に長柄槍が揃うまでの間、旗下の部隊を二つに分けて、四郎から聞いた長柄槍密集陣形の調練を長柄竹槍を使って、毎日甲府郊外の原野にて行っていた。
喜信は、長柄槍隊二百八十八人の指揮を楠浦丹後守虎常と漆戸惣左衛門虎光の二人に任じて、次に出兵が来る時までに戦力化させようと気合が入った調練を行ってた。
楠浦丹州と漆戸惣左衛門は、大声で言葉を発して長柄槍隊を指示するが、中々統一的に行動に結び付かなくて、声が枯れるまで叫んでいた。
「者共、構えっ槍! 皆、槍を振り下ろせ! もっと同時に槍を裁くんだ!」
「大将!こんな長柄槍は、とても戦闘に使えません。皆が槍を振り回すと、お互い衝突しています!」
「惣左衛門様、この槍では敵を刺せません!」
「こんな使い辛い武器は初めてだ。丹州様、このままだと足軽達が戦う前にバテますぞ!」
喜信がいる前での調練は散々だった。これを見た喜信は、これは失敗かと不安になったので、その日の夜に四郎に尋ねて聞いてみた。
「今日初めて長柄槍の調練を行ったのだが、大将達が声を上げて指揮しても不慣れな長柄槍に身体が取られたりして、効果的に長柄槍を振り回す事が出来ないんだ。四郎よ、これはどうしたら良いのか?」
俺は、太郎兄上に答えてやった。
「長柄槍の使い方を概ね間違っております。あの槍は刺したり斬ったりするものではなく、長柄槍を上段に構えて、敵兵の頭に振り下ろすのです。そして、号令を揃えるときは声より、太鼓や笛を使って、音の違いで行動を決めるのです。」
「例えば、太鼓一発で前進、二発で敵へ長柄槍を振り落とす、連打で突撃、連打・単発の繰り返し打音は退却などと約束事を最初に決めてしまうのです。」
「四郎よ、承知した。明日以降はその様に調練してみる。」
「太郎兄上、もし長柄槍隊が慣れてきたら、飯富兵部の赤備えと模擬戦を行わせたら宜しいかと。騎馬隊も長柄隊も両方、改善点が見つかると思います。」
「解った。その時は、四郎も見に来るが良い。」
「太郎兄上、分かりました。模擬戦楽しみにしてます。」
____________________________________________________________
正月明けて、俺は三歳になった。
俺は去年の内に、母上が労咳になった事。そしてそれを治療するのに今の医術では、色んな物が不足してるので、徳本先生の治療で労咳の進行を遅らせていると言い、今後足りない物を開発しますと父上に伝えた。
父上は、もし資金が足りないなら父に求めよと言ってくれて、とても助かった。
そこで父上に話をした。
「父上、御願いの議があります。」
「四郎、言うてみよ。」
「ある商人と伝手を持ちたいのです。」
「それは甲州や駿州の商人か?」
「いえ違います。我が武田一族の中で、和泉国堺の大商人になった人物です。若狭武田一族大和国出身、本名は武田信久と言いますが、今は武野新五郎紹鴎と名乗って武具商を営んでます。彼は奥方様の父上三条西実隆様とも誼を通じており、「詠歌大概」を授けられた一角の人物です。」
「なるほど、彼を通じて武田家の武具を購入したいのだな。」
「それもありますが、彼は堺の商人衆の頭の様な立場ですので、武田で手に入らない南蛮の物を入手して、この武田の領地を豊かにしたいのです。それに母上の労咳を治す薬の製造も早く出来そうなのです。」
「そう言う事なら、伝手を持つのを赦そう。若狭武田家は、我が分家だが都に近いので、以前から気にかけていた。もし武野新五郎の他に、若狭武田への伝手を強く出来たのなら、四郎が求める物は何でも用意しよう。」
よし! 武野紹鴎に会う切っ掛け造りゲット!
「そしたら先程・・・・」
____________________________________________________________
太郎兄上が、長柄槍隊と飯富兵部の赤備えとの模擬戦を行うから、皆遊びに来いと言われて、治郎兄上、三郎兄上、梅姉上、見姉上、従兄弟の諏訪寅王丸も見に来ていた。
今年六歳になる梅姉上が、まず最初太郎兄上に聞いてみた。
「太郎兄上、甲山の猛虎と新設の長柄槍隊の模擬戦ですか。何ですか、あんなに長柄槍を初めてみました。」
「梅は、あの長柄槍を見てどうおもう?」
「えーと、あれ程長いなら、飯富様が長柄槍隊に近寄る前に刺されると思います。」
「梅は、そう思うか。そしたらこれを持ってみるか。」
そう言うと喜信は、軽い長柄竹槍を近習に持ってこさせ、梅に持たせてみた。
「うわーっ、長いのって、竹でもこんなに重くてフラフラになるんだーっ!」
梅は、よれよれになって倒れそうになったので、すぐに近習が竹槍を持ってくれた。
「梅よ、長い柄物を扱うと言うのは、不慣れな者が使うと全く戦えなくなるのだ。だから去年末から、楠浦丹州と漆戸惣左衛門に練兵をさせて、精強に鍛えあがったのかを確認する為に、これから模擬戦を行うのだ。」
二郎兄上は、太郎兄上の真意を見抜こうと喜信に質問する。
「太郎兄上、僕が見る限り、戦上手の飯富兵部と楠浦丹州と漆戸惣左衛門との模擬戦では、普通なら十中八九は、飯富兵部の方に軍配が上がると思いますが、太朗兄上の肝煎りの長柄槍隊は、騎兵相手にどのように戦うのかを試したいのでしょうか?」
「二郎の考えてる通りだな、今父上は宿老達と信濃計略の謀議で忙しくて、新たな兵装を確認する刻が足りなかろうから、僕が模擬戦記録を残して、父上達に伝える積もりだ。」
そうしてる内に両軍勢の模擬戦の準備が整ったらしい。
喜信が声を上げて言葉を放つ。
「飯富兵部、楠浦丹州と漆戸惣左衛門双方と模擬戦をこれから行う。今回、双方が持つ武具には、刃を取り外されており、代わりに黒墨を付けた生地を丸めて付けてあるので、各兵士達は黒墨が当たった時点で、戦死扱いとする。尚、模擬戦なのて、本来こんな場所に当たって死なないと言う苦情は一切受け付けない。当たった時点で終わりなので、覚悟して戦うが良い。」
飯富兵部、楠浦丹州、漆戸惣左衛門は皆、承知しましたと答えて、軍勢を動かす準備を始めた。
「これより、飯富勢三百騎対楠浦、漆戸勢長柄槍五百七十六人での模擬戦を行う、始め!」
まずは飯富勢三百が楠浦、漆戸共に二百八十八人づつの備に遠巻きで、備の隙を見つけようと距離を置いて展開しようとしていた。
まずは楠浦丹州、漆戸惣左衛門が修練してた時に身に付けた連携を行う。
「惣左衛門殿、お互いの隙を隠す為に背を向けあって方陣に構えましょうぞ。」
「解り申した、丹州殿。」
それを見た、飯富兵部の嫡男弥右衛尉門昌時と次男左京亮虎景が飯富兵部に注進を行う。
「父上、楠浦様、漆戸様共に、足軽達を密集隊形に変えて、我々に隙を与えまいとしてるようです。」
「父上、某と弥右衛門尉兄上を分派してください。楠浦様、漆戸様の方陣へ牽制を仕掛けてきます。」
「承知した。弥右衛門尉、左京亮は共に三十騎づつ連れて、敵勢の長柄槍がギリギリ届かない所まで近づくのを繰り返して、方陣を崩せ。」
「「父上、了解しました!」」
そう言うと三十騎づつ連れた弥右衛門尉と左京亮は、左右に分かれて長柄槍隊に接近しては、離れるの繰り返しを行おうとしてた。
だが最初の想定で、方陣を組んだ長柄槍隊を乱す事を意図してるのは分かってた為、丹州と惣左衛門は挑発する騎兵を潰すべく、足軽達に身に付けさせた技を使って、分派した騎兵を減らす事に当初から決めていた。
「次近づいた時にやるぞ、惣左衛門。」
「承知した、仕掛ける息をちゃんと合わせるんだぞ。」
そういって、左右から近づいて挑発してきた機変に対して、長柄隊は攻撃を行う。
「皆、腰を屈めて、足に力を入れて振り構えろ!」
そんな意図を機が付かなかった弥右衛門尉と左京亮は陣形の乱れを作らせる為に、またもや最接近を行う。
「来たぞ!」
「足を放て!槍を振り落とせ!」
すると騎兵に乗ってた弥右衛門尉と左京亮からは、長柄槍が届かない位置で引き返したと思ってたはずなのに、長柄槍が騎兵達に向かって槍衾が跳ねるように振り落とされてきたと感じた。
「なんだこれは!」 「長柄槍が伸びて振り落とされたぞ!」
「うわっ、痛てぇ!」 「糞ッ、奴ら一斉に飛び跳ねて来やがった!」
離れた所から息子達を見ていた飯富兵部としては、長柄槍兵が方陣を使って槍衾にして一斉に突いてくると想定してたのが、一斉までは当たってたがまさか長柄槍で叩かれるとは思いもしなかった。
だが飯富兵部は、長柄槍隊は、分派した騎兵達を叩き落とした為、陣形が崩れたのを見逃さなかった。
「皆、今の内だ!方陣を貫くぞ!」
そう言うと残った騎兵二百四十を率いて、崩れた方陣へ突撃を開始した。
「惣左衛門、次の仕掛けに行くぞ。」
「承知した。」
すると突撃してくる飯富勢を見て、ます゜前衛の長柄槍隊が左右に逃れようとする。
「丹州、惣左衛門、悪いが勝たせてもらうぞ。」
そう呟きながら、飯富兵部は騎兵達に指示を与える。
「左右に散った足軽は追うな。敵陣突入しても馬の脚を止めず、そのまま後方まで貫け!!」
まさしく突入のタイミングが見事に所に左右に散った足軽の後方から第二陣の長柄槍隊が待ち受けて、振り構えてた。
「皆、構え!」
まさしく第一陣の後ろに迎撃を準備されてたのが見えなかった飯富兵部は、丹州と惣左衛門が態と前衛の陰で見えなくしてた事にギリギリで気が付いた。
「者共、この先は罠だ。全員回避せよ!」
普通なら、馬同士がぶつかり合って、混乱を起こす所だが、武田の騎兵達は見事に仲間同士の接触を躱して、ギリギリ足軽達の攻撃範囲から離れる事に成功した。
先に長柄隊の餌食になってた弥右衛門尉と左京亮は、長柄隊の槍衾の厄介さを実感する。
「兄上、当初長柄槍は取り扱いすら苦戦してたのに、丹州殿と惣左衛門殿は、ここまで一糸乱れぬ部隊へと育て上げてた。」
「左京亮、あれらを戦場で打ち崩すには弓矢などの飛び道具で、陣形を乱す必要あるな。」
二人の兄弟はまさしく初見殺しの長柄槍方陣と称していた。
一方、飯富兵部の指揮の巧みさを改めて実感した丹州と惣左衛門は、騎兵の厄介さを実感する。
「丹州よ、あ奴(飯富兵部)の騎兵は神兵かよっ! 騎兵を屠るのには、動きを封じる障害物や環境が必要だな。」
「惣左衛門、あれが甲山の猛虎よ。本当に味方で良かった。もし弓で騎射されたら、こちらの陣形も乱れてたな。」
その後、飯富兵部は牽制を行って、長柄槍隊の方陣を崩そうとしたが、今度は亀の様に構えを崩さず、太郎が折を見て双方の模擬戦を止めた。
この模擬戦の結果を見て、二郎た兄上は太郎兄上に言う。
「日ノ本の戦場では、このような状況の遭遇戦は稀ですが、騎兵も長柄槍兵もお互いの特色を生かそうとした軍勢に育て上がってますね。」
また三郎兄上は、別の視点から太郎兄上に語り始める。
「これらの長柄槍が日ノ本各家に間違いなく普及すると思います。その時の戦の行い方は、またもや変化する事を常に意識しないといけませんね。」
従兄弟の諏訪寅王丸も先程の模擬戦に触発されたのか、俺に対して聞いてくる。
「四郎よ、あれは達人同士の戦よ!甲山の猛虎はともかく楠浦丹州殿、漆戸惣左衛門殿は、どうやってあそこまで足軽の動きを一糸乱れずに操ったのだろうか?」
「長柄槍隊は、当初大将達の声で足軽達に命じたのですが、戦場では細かい意図を持った命令は足軽達に理解しずらいのです。だから僕は楽器を使って指揮を行うのばどうかと助言したした。その後は楠浦丹州殿、漆戸惣左衛門殿の修練の努力が実った訳ですが、彼等は太鼓ではなくて首からぶら下げれる法螺貝を使って、指揮のやり方にしたみたいですね。」
梅姉上、見姉上の二人は伴ってきた侍女達と一緒に、女子会トークみたいな事を我々とは別に語りあっていた。
「梅様、飯富様配下の逸見九郎兵衛様の御姿、凄く恰好良いですね!」
「私は、片平主水様の槍裁きがとても素敵でした。是非主水様に好きだと言われたいでございます。キャーッ!」
恥ずかしそうに顔を両手で隠して、周囲揶揄う侍女達を梅姉上と見姉上は興奮して、太郎兄上に話かけてきた。
「太郎兄上、私騎馬大将に成りたい!私に教えて!」
「私は、長い槍で敵を叩きたーい!」
「・・・なぬ!?」
太郎兄上は、その後二人の妹達に武芸を教えてとせがまれて、対応に困ってしまった。
飯田市右衛門有信 父は武田晴信の弓馬指南役の飯田但馬守虎春




