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薬、薬、薬

 俺は、久方振りに永田徳本先生と弟子の御子柴徳山が、躑躅ヶ崎館の奥御殿に訪問してくれた。


 徳本先生に文を書いて送ったら、何と秋山紀伊守と一緒に諏訪から甲府の俺の元にやってきた。


 俺は、徳本先生のフットワークの軽さに驚きながらも、すぐやってきてくれた事に大変感謝した。



「徳本先生、久しぶりですね。確か初夏に落合郷が別れて以来ですね。」


「流民達の疱瘡の件は残念だが、あれから二十人程命を落としてしまった。ほんと誠にすまない。」



 徳本先生と徳山は、俺に腰低く謝罪してきたので、慌てて止めに入る。



「徳本先生は、医療に最善を尽くした事なので、謝らないでください。この経験は新たに病に苦しむ人々を助ける事に繋げてください。」



 しかし次に徳本先生が俺に言った言葉で、この人に迂闊(うかつ)に知識を教える事は危険だと知った。



「四郎様、儂はあの後四郎様からの牛痘を身体に植え付けてみた。そしたら其方(そなた)の言う通り、疱瘡患者を治療しても疱瘡に(わずわ)らなかったぞ。ほい、見てみ。」


 徳本先生は、医者ながらも三十代にして医聖と呼ばれる位の凄腕の侍医だが、医療への知識欲がものすごくて、前回俺が話した疱瘡を予防法を自分と徳山の身体に植え付け早くも試してみたそうだ。



「徳本先生、誰もやってない牛痘を自分に植え付けるなんて、何て無茶な事を行うんですんか!」


「そんな危険な事を行う徳本先生に、今後知識は教えれません!!」



 俺は徳本先生の無謀振りに思わず怒鳴ってしまった。徳本先生が誤って命を落としたら、俺のせいだと物凄く反省してしまう。


 こんな性格だと抗生物質の研究など頼んでも、自らの身体を使って実験するに違いないと思い、徳本先生に教える事を止めた。


 その後、徳本先生と徳山は、俺が激怒した事に猛省して、俺から教わった知識で自らの身体で実験を行わないと誓詞してくれた。


 しかし・・・・こいつ等危険だ・・・・


 さて話を戻して、徳本先生に母上の診察を御願いしてもらう事にした。


 徳本先生は、母上の診察を見て、母上に質問してきた。



「御香様、いつより体調が辛くなって、咳が止まらなくなりましたか?」



 そういうと乳母の比呂が傍で答えてくれる。



「姫様は、先月位から体調が不調で咳も出始めました。そして咳の回数が多くなったのも最近であります。」



 そう言うと徳本先生は、徳山が抱えてた薬箱から柴苓湯を取り出して、これを朝晩の食後に二回飲む様にと告げて、漢方薬が無くなる前にまた治療に来ると語った。


 俺は、部屋を出た徳本先生に声をかけて、別部屋にて話しましょうと誘った。



「徳本先生、母上の病の診立(みた)ては、恐らく労咳なんじゃないでしょうか?」



 俺は、この時代に多い女性の死亡原因となった病を記録の中で検討していた。



「うむ、流石四郎様ですな。不幸にも四郎様の診立ては当たっております。四郎様の母君を隔離して治療しないと館に患者が蔓延してしまうでしょう。」



 なんてこった! 疱瘡の次は労咳で、両方共伝染病じゃないか!



「四郎様の知識の中で、治療方法は見つけれますか?」


「以前徳本先生に出会った時に僕が言ってた花薄荷(はなはっか)が、呼吸器系の病に効果ありますが症状を遅らせるだけで、完治するには別の薬が必要です。」



 俺が言った別の薬と言うキーワードに徳本先生と徳山は喰いついたようだが、前回の事もあるので釘を刺す。



「二人共、僕が言った治療薬に興味あるみたいですが、作るのも至難だし貴方達二人に作られるとその身を実験体にして、大事な御身体を危険に(さら)すので、二人には教えませんよ。」



 俺がそう言うと二人は意気消沈して、その残念がる姿は本当に酷い落ち込み様だった。



「四郎殿よ、その薬を作らないと治せない病気も多々あるのではないか?」


「ええ、沢山ありますが、医聖の徳本先生の命と天秤に架ける事は僕には出来ません。もし作るなら、徳本先生ではなくて、己が節制出来る御仁にしようかと思います。」



 俺がそう言うと、徳本先生は()ね始めた。



「四郎殿がそのような事を言うのなら、儂は四郎様からずーっと離れないで生活するぞ。そしたら、傍に居る間に特効薬の秘密を握ってやる。」



 まさに俺に対してのストーカー宣言である。



「徳本先生、僕はただ嫌がらせで教えないと言ってる訳じゃないです。勝手に徳本先生が自らを危険に(さら)した事に怒りましたが、実は特効薬を作る環境や器材がまだまだ揃ってないのです。」



 俺だって作りたいが、なんせペニシリンやサルファ剤なんて、前世の知識で知ってても製造経験無いんで、ちゃんと作れるのか全く自信が無い。


 それに徳本先生等に口伝で伝えても上手くいくかどうかも怪しいから、現状はほぼ無理だなと俺は諦めてる。


 望みは、海外貿易で今まで手に入らなかった物資が入るなら、変わるかもしれないと言う手探りな状態だ。



「徳本先生、当分母上には花薄荷を煎じて貰う事は出来ませんか?」


「四郎様、それは構いませんが、症状を遅らせるだけで完治に難しいですぞ。」


「それは承知してますが、精巧な特殊針や特殊なギヤマンの器などが必要としますので、とても手間が掛かります。」


「四郎様、承知しました。後、他に手当出来る事ありますか?」


「花の咲く時期に、養蜂家に依頼して蜂ヤニを譲って貰い、強い酒精の御酒に混入して蜂ヤニ酒を造ると様々な効能があると記録にありますが、効能を確認せずに患者に与えるのは止めてください。」



 徳本先生と徳山は、俺が言ってる事にを紙に記録しながら感心してた。



「蜂ヤニ酒は、恐らく様々な症状に効果ありますが蜂ヤニ自体が希少なので、そう簡単に蜂ヤニは集めれないので、高麗人参並に貴重になると思います。」



 俺は、徳本先生に蜂ヤニ酒と花薄荷を調合薬を任せて、時間稼ぎしてる間に抗生物質を作る事も必要だと考えた。


 あっ、そうだ。感染防止の為の強いアルコールも必要なんだ。


酒なんて、前世で無縁だったのに度数が高いのを作る必要もあったな。



「徳本先生、強い酒精の酒で治療前に手や医療器具を洗う事によって、感染防止になる事を知ってましたか?」


「何!それは初耳だぞ!」


「昔の話をしますが、百年以上前外国で黒死病が蔓延して、南蛮諸国全体で黒死病で数千万人が病でなくなりましたが、ある一部の地域の王国では、日常から酒を使って食器を洗う習慣があった御蔭で死者が軽微で済んだそうです。」


「酒と言うのは、それ位流行病に効果あるのですが、酒自体飲み過ぎると今度は逆に人に対して酒毒になるのは、本当に皮肉な話だと思います。」



俺がその様な話をすると、医者としての立場で酒で内蔵を腐らす事を理解していたので、俺の話に大いに共感してくれた。



「その話、儂も理解出来るぞ。そうか、四郎様が今後必要になる物の中に、酒精の強い酒も必要なんだな。」


「はい、その通りです。日ノ本の大半で作られてるのは醸造酒で、僕が求めてるのは南蛮や薩摩、琉球などで飲まれてる蒸留酒と言う酒なんです。この酒を甲州で製造したいのですが、僕にはその技術がありません。誰か杜氏を雇用して作られる事が出来れば良いんですが。」


「なるほどな。それならば儂が諸国巡ってた頃に、幾人が杜氏に知り合ったのがいるので、素奴(そやつ)に文を送ろう。」



それは助かった。出来れば焼酎作りの杜氏とかだと余計嬉しいな。



「それは本当ですか。とても助かります、是非紹介してください。」


「あい判り申した。年明け早々にも文が届くようにするので、二月には返信が来ると思う。」



やっと酒造りにも手を出す事になるのか。


そしたら来年以降の穀物の生産に力を入れないといけないな。

蜂ヤニはプロポリスです。

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