欲しい物は簡単に手に入りません
肉食するのはかなりのハードルですが、山奥や作物の収穫が期待出来ない地域では、なし崩し的に猪や鹿を狩って、食べてたようです。
また薩摩や沖縄地域でも豚を常用に食して、薩摩は戦場に持ってきて食したりして、食べる野菜扱いだったそうです。
四郎から畜産を始めるのに家畜の購入を命じられた春日大和守重慶と補佐役の木下日吉丸は、まず最初に諏訪の町の六斎市に行ってみると、農産物の取り引きばかりで家畜の売買などはやっていなかった。
そりゃ昔天武天皇が仏教からの影響で、五畜肉食の禁止の詔を出されて約八百年近く経ってるにも関わらず人民の意識の中に完全に染まってた。
しかし四郎様の言うには、あの詔には意味があり、牛は農耕用、馬は乗用、犬は番犬に、鶏は刻を告げ、そして猿は人に形が近いからと言う事で肉食禁止の理由だが、実は禁止期間と言うのがあって、四月から九月の農耕期間だけだと詔に決められている。
しかし宮中では、仏教の影響から命を奪う穢れを嫌ってた為、帝への臣下の礼を取る武士達や民衆の間にも、四つ足の動物を食する事への忌避も浸透していった。
但し、全く食されて無い訳ではないし、野生の生き物は昔から武士が己の調練を兼ねて狩りを頻繁に行ってきた。
それに四郎様は、今回家畜を求める理由として、家畜を食する事で身体の病を治す薬になると語ってくれた。
それは神仏を信仰する者達には、恐れ多い事なのに諏訪大明神の化身である四郎様は、食用として飼う家畜を食らうより、他の生き物を戯れで殺す事の方が、神罰に値をすると言ってた。
それに四郎様の言うには、昔は人々が貧しく米すら口に出来ず、食料を確保するのにやっとなのに家畜を飼って餌を与える負担が大きい為、食料生産に負担になる家畜を殖やさない為の政策ではなかったのかと言ってた。
「大和様、恐らく伝統的な慣習が残る地域での市では、四郎様が望む家畜を確保なんて、難しいと思いますよ。」
日吉丸は、商人の経験上この辺りの市よりも駿府や尾張の熱田、或るいは行ったことない国際貿易港の堺や若狭の小浜辺りに行かないと無理なんじゃないかと考えてた。
「確かにそうだな。某も殿が何故家畜を欲するかわからん。日吉丸よ、お前なら殿の近習衆なので、何か聞いてるか?」
「一応簡単に聞いてます。まず牛を増やすのは、主に農耕用として百姓達の負担を軽くする事ですし、牛自体、武具や防具の材料、それに薬にもなると聞きました。諏訪に最近居を構えた永田徳本様は、その牛から疱瘡を罹りづらくする医療法を試されてるそうです。」
日吉丸は、春日大和が屠殺する内容にもさほど忌避感を抱いていない反応だったので、さらに話を続けたた。
「馬と犬は人に役立つ家畜ですので、説明は不要でしょう。鶏に関してですが、四郎様曰く、雌鶏は雄鶏が居なくとも卵を産み、その卵からは、卵は雄鶏の精を浴びてないので、雛は出来ないそうです。」
すると春日大和は驚いて、日吉丸に聞きなおした。
「それは誠なのか? もし本当なら、神仏が唱える殺生の忌避には、反してない事になるな。」
「はい、そうですね。大和様、某の実家は尾張の農家なのですが、ここだけの秘密ですが家では鶏を飼い、身体が病弱だった父が病の時などは卵を食してました。しかし今考えると家には雄鶏は飼ってなかったかもしれません。」
その様な話を聞いて、春日大和は殿がどんだけ博識なんだと思っていた。
「さて、日吉丸よ。殿の命を達成するには、どこで家畜を入手したら良いと思う?」
「牛ならば、荷駄を仕事する者達なら、どこかで牛を繁殖させてるでしょう。鶏は雄鶏と雌鶏が居れば増やし易いので、どこか貿易湊で購入出来るかもしれません。そして四郎様が言う豚と羊と言う生き物なんですが、某が行商で立ち寄った六斎市とかでは、一度も見た事ありません。」
「なるほどな。この御役目、中々難しいな。」
「某以前、駿府で針を購入する時に、何人かの商人と会って価格交渉した事があります。伝手と言うほどではありませんが、駿府に行って調べるのはどうでしょう?」
「日吉丸の意見に承知した。駿河なら、武田と今川は同盟国なんで、怪しまれはしないだう。まあ家畜を欲しがる武士なんて、それ自体怪しいがな。」
「某みたいな百姓上がりを武士にしてくれるなんて、武田の他には聞いた事ありません。」
春日大和はそう言って、日吉丸と一緒に大笑いしてた。
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俺は最近、母上とは余り一緒にいる時間が少なかったせいか、久しぶりに母上が積極的に俺に話をかけてくれた。
「四郎、最近一緒に居る時間が少なかったので、母は寂しかったですっゴホッ、ゴホッ」
ん? 母上、どこか体調が良くないのかな・・・・
「母上、風邪でも引かれたのでしょうか? 御身体を安静にしててください。」
「四郎、私は大丈夫です。冬なので、少々身体が冷やしたせいかもしれませんね。 ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
母上が咳が止まらないのを見て、乳母の比呂が背中を摩り始めた。
「御香様、大丈夫ですか。余り体調が宜しくないなら、今日は横になりましょう。」
何か、悪い予感がするな。前世でも母上は病によって早死してるから、念の為に徳本先生に文を送って、来てもらうか。
もし労咳なら、早く治療してやらないと。
それに空気感染するので隔離する必要もあるし、否応に抗生物質が必要になるか・・・・
まずは、徳本先生に診療してもらい、結果を見てから考えようか・・・・
いや、先の事を考えたら父上や奥方様に、二郎兄上にも抗生物質は必要になる。
天然の抗生物質と言ったら、蜂の巣から採取出来るプロポリス(蜂ヤニ)とオレガノ(和名花薄荷)を入手しないといけないな。
すぐに流行る気持ちに俺は別室に控えていた上林上野介を呼び出して、話を行った。
「上林上野介、其方に集めて貰いたい物がある。」
俺が畏まって、真面目な表情で上野介に語ると俺の雰囲気を察して、何か重要な話じゃないかと感じ取ったみたいだ。
「今は冬だが、高遠領や他の地にいる養蜂を行ってる者達から、蜂ヤニを買い取って欲しい。おそらく誰も蜂ヤニなど興味が無い為、格安で買えると思う。それが母上の病気を緩和出来る薬になるかもしれないので、手に入るだけ手に入れて欲しい。」
「四郎様、季節柄養蜂を行う者達は、常に花を追いかけて蜜を集める生業をしておりますので、養蜂家を見つけるには、蜂蜜を取り引きしてる商人に聞く方が見つけれる可能性はあります。」
「上野介、その話承知した。是非商人に尋ねてくれ。僕も徳本先生に母上の治療を依頼してみるから。」
そして上林上野介は退出した後、すぐに文を書き近習衆の秋山紀伊守を呼んで、徳本先生を訪ねて来てほしいと命じた。




