四郎、高遠領は貧しかった事を知る
武田家では、案外低い身分の者をよく重用する伝統があり、春日弾正忠虎綱や山本勘助晴幸、それに大蔵藤十郎長安など、家臣として見出される事が多々あったと言う。
俺は、日吉丸が俺に仕える事にしたので、知行の相談を父上に文を安部加州に書かせて送った。
『 戦場に出られてる父上、太郎兄上、御壮健如何でしょうか。
志賀城攻めにて、武田領内で男手が不足しておりましたが、父上の施政の御蔭で国内にいた流民達や河原者を雇って農作業を行わせた事で、無事この秋には稲穂の収穫が恙なく行えそうです。
また兄上が常に気にかけてる保坂惣郷の新型農器具を百姓に試用させると大いに喜ばれおり、百姓が皆手に入れたいと申しておりました。
ところで父上に僕の事で相談したい議があります。
先日、僕は行商人で在りながら、木綿の様に役立つ者を自ら希望して家臣に加えました。
その者は尾張国中村惣の木下弥右衛門昌吉の嫡男木下日吉丸と言う者です。
また我が武田家にも縁があり、日吉丸の叔母が諏訪家家臣小井弖越前守の親族に嫁いでおります。
願わくば、高遠家の家臣として知行を与えたいのでございますが、父上からの許しを得たくて文を届けました。
どうか父上の寛大な判断を願います。 四郎 』
この文を送った後、四郎はまず日吉丸を連れて、しばらくは僕の小姓として常に傍にいるようにと命じ、当分は奥御殿の小姓の間(小姓の待機室)にて、生活するように伝えた。
小姓の間には、四郎の小姓にされた日吉丸以外も二郎兄上と三郎兄上の小姓達がおり、変わり者の四郎自らが小姓にした日吉丸は、どんな奴かと他の小姓達から興味を持たれて、色々話しかけられた。
「君はどこ出身だい? どのような経緯で四郎様から認められたのかな?」
「四郎様は、結構人使いが荒いから、大変だぞ。近習衆の小原兄弟も何度も猪と戦うハメになり、今では猪狩りは武芸の向上に丁度良いと嬉々として戦ってるらしい。」
そんな本当とも嘘とも解らない話をまだ元服前の小姓達は、よく話をしてると言う。
今まで四郎は、父上から任じられた者ばかりが傍にいたので、今回初めて四郎自ら望んだ家臣として、小姓達の間では、羨望と嘆息が入り混じった話を日吉丸は沢山聞かされる事になった。
日吉丸としては、そんな小姓の間に居ずらい気持ちになってたが、幸い四郎が頻繁に呼び出してくれたので、ただ部屋に戻ったら寝るだけと言う状況が多かったし、他の小姓も呼び出しや仕事を与えられてるので、それ程小姓同士が話する時間は無かった。
四郎は日吉丸を呼び出して、よく聞きたがった事は日吉丸が経験した諸国の状況、特に物資の流れや物価、それに今商人達が欲しがってる物など聞いてくるので、日吉丸も記憶力も確かで機転も利いた柔軟な考えをするので、四郎は日吉丸が気が付かない内にいろんな事を教え込んだ。
「日吉丸、日吉丸の故郷は、ここに比べたら豊かで生活しやすいと実感するだろう。」
「四郎様、私が暮らしていた故郷より、こちらの方が京の都の様に過し易いです。」
「嘘つくなよ。」
ゴチンっ!
「痛い!四郎様、すみませんでした。」
いつも四郎は日吉丸と二人きりの時はおべっかを嫌い、日吉丸がおべっか使うと火鉢棒で頭をゴチンと叩いた。
ちなみに四郎からは、叩かれる時傍にある鍋蓋を用意されていて、それで頭を防いで良いと言われてるが、この四郎と言う幼児の皮を被った小鬼は、前世で他人と絡んだ事が無いので、手加減無しに火鉢棒を振り落とした。
最初の頃は武芸など習った事なかったので、ボコボコ火鉢棒で殴られたが小姓としての仕事に武芸を身に付けるのも入ってたので、毎日四郎の近習衆と混じって武芸を学ぶうちに、四郎からの攻撃に対応できるようになってきた。
こうして日々過ごしておる内に十月下旬になり、志賀城攻めを行ってた武田勢が甲府へ凱旋帰還してきた。
帰還した父上は、戦場で手柄を立てて感状を渡した将兵達に改めて、褒賞を贈与して新たに武田の領国になった地域への指示書を発布した。
特に戦場になった小田井原の領民達には、今年度の年貢免除、来年の年貢半減と言う事を通告して、国人や領民への懐柔を図ってる。
また甲斐国内に関しての事は、出征中に起きた訴訟の処理及び納税前の出兵の為、甲府の商人から借り受けた資金の返還を行い、商人達を懐柔する為、新たな公共事業(甲府から佐久郡及び西上毛への棒道普請)を契約を交すなどの施政を行ってた。
こうした中で、四郎は父上から日吉丸の件を言い渡される。
「四郎よ、日吉丸を小姓として取り立てる件、了承しよう。そして知行は其方の統治する高遠家から分与せよ。知行の事は、四郎の差配で決めるが良い。」
俺は父上から、そのような事を言われたが、能々(よくよく)言われた意味を考えると俺が高遠家の財政を管理せよと言われてる気がした。
「高遠四郎様の家臣与力は、伊那郡の国人衆全てで御座います。」
・・・・・ん? 高遠家なんて、俺は誰が家臣か知らないし、財政も知らないぞ。
ここは、やはり傅役で一番内政に強い跡部攀桂斎に聞こうか。
「財政の方は、各国人衆の所領を引くと大よそ三万石余りで、そこから領内の家臣への知行などを引くと手元に残るのは約二千石余り、さらに高遠家の一族への知行などを引くと手元には三百石余り、銭に直しますと銅銭七十五貫文です。」
銅銭七十五貫文! 今年始めに父上から授かったら二百貫文は俺の自由になる予算の二倍以上だったのか・・・・
そこ跡部攀桂斎の話は続き、俺に止めを刺す。
「四郎様、まだ続きが。七十五貫の中から、四郎様個人の生活費と人件費を捻出して貰う事になります。」
なんか俺、実は貧乏で、父上に御小遣いをせびる馬鹿息子だったのか・・・・
俺の領地で殖産興業をするしかないが、一度も高遠領を訪ねた事ないし甲府に出仕されてる前当主高遠頼継には、まだあった事もない。
そうだ、甲府に出仕してる高遠家の家臣を呼び出して、あいつらに俺が現当主だとどう認めさせようか・・・・
高遠領の話にやっと触れる事が出来ました。




