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武田信濃守喜信の初陣

天文十六年碓氷峠合戦と天文二十三年伊那郡知久氏叛乱鎮圧の二つ初陣説がありましたが、碓氷峠合戦の方を選びました。

 父上の部屋から退出し自室へ戻った喜信は、今回初参加の軍議への感想を傅役補佐の初鹿野源五郎忠次と御曹子衆の長坂源五郎昌国、長坂清四郎勝繁、鮎川玄蕃丞勝繁が喜信へ聞いてきた。



「若殿、初めて参加した軍議は如何(いかが)でしたか?」



 初鹿野源五郎が、代表して口を開くと喜信はやれやれとやっと重圧から解放されたとの気持ちを吐露してた。



「僕は初めて軍議に参加したが、我が武田家の諸将の凄さに威圧されて、一言も喋る事が(かな)わなくて、軍議終了後に父上の御殿を訪れて、やっと初参加の軍議の感想と(おのれ)が考えた策を伝えてみたよ。」



 おおっ、流石(さすが)若殿だと声が御曹子衆の長坂源五郎と長坂清四郎から、声が出るが喜信は余り浮かない顔をしてた。



「源五郎、清志郎、その様な追従は要らぬ。僕が考えた策は父上も検討なされてたそうだが、どうやら武田家自らが朝廷の威光を笠に立てて、軍勢を出す事には室町幕府からの不興を買う可能性がある為、いかぬと言われた。」



 すると傅役補佐の初鹿野源五郎が、思案顔になって喜信へ聞いてくる。



「その御屋形様の反応を(かんが)みると若殿が提案した策は、御屋形様も検討なされて、その策への不利益生ずる部分を改善せよと、若殿に宿題を出されたのですな。」


「その通りだ源五郎。僕が信濃守を拝命出来た事は、朝廷が国人達に奪われた荘園の返還を望んでる事が解るんだが、一方幕府は、室町初期の南北朝時代の再来の切っ掛けになる武田家の行動を見過ごす事は出来なくなると父上は御答(おこたえ)なされた。」


「若殿、それでは今回の志賀城攻めには、若殿の改策は間に合わないですな。」


「玄蕃丞、例え今回に僕の策が間に合わなくても、朝廷から(たまわ)った信濃守は今後も使えるはず。だから我々で策の再検討を行うぞ。」


「「「「若殿、承知しました。」」」」



 その後、部屋の(とも)し油が切れるまで、喜信等は熱心に今後の思案を行っていた。




 ____________________________________________________________




 昨年、内山城を攻略した際、降伏してきた大井左衛門督貞清・助左衛門貞重親子は甲府に連れられてきて、この日御屋形様の前へ呼び出された。



「久方振りよの、左衛門尉、助左衛門。」


「御屋形様、御壮健如何(ごそうけんいかが)でしょうか。」



 大井親子は、平伏して父上の顔色を(うかが)うように平伏してた。



其方(そなた)等親子、今回志賀城攻めにて武勲を上げるなら、旧領内山城を任せようと思うがこの事に関して、申し受けるか?」



 大井親子は、自分等が諏訪頼重や高遠頼継の様に、甲府付きの城無し武家でずっと居るのかと思ってた矢先に、一年も経たず旧領復帰の話題を振られるとは思ってなかった為、思わず二つ返事で受けてしまった。


 御屋形様からの提案で急遽志賀城攻めの話が舞い込んだ大井親子は、甲府へ着いてきた旧臣と甲府に滞在してるよう兵浪人共に声をかけて、千五百の兵を集めて、軍監として荻原弥右衛門昌之と小井弖(こいで)上総介政綱を付けて、七月初旬に出発した。


 先発の大井勢が出陣する数日前に、父上は奥方様と喜信を呼び出し、この度初陣させると発表した。



「奥よ、喜信をこの度初陣させるぞ。」



 奥方様にとって唐突の発表は、奥方様の動揺を露わにした。



「御屋形様、まだ太郎は(とう)です。元服して大人になったとは言え、初陣にはまだ早過ぎます。どうか御再考を・・・・」



 奥方様は普段は落ち着いた貴婦人ながら、今度の事に流石(さすが)に取り乱してしまったが、その姿を見た喜信は、逆に心落ち着いてしまって、父上の決め事に素直に受け入れる事が出来た。



「父上、元服した時からいつ初陣迎えても構わないと、常に心構えしておりました。」



 喜信は、父上に決意を語り、この度の初陣を迎えるに当たって、武家として恥ずかしない行いをすると両親に告げると父上、奥方様共に喜信の態度を御誉めになられた。


「喜信よ、武田家の次期当主として、立派に初陣を(こな)せ。そして家臣の戦場での扱い方を覚えて、家臣達に武勲を立てさせよ。進む時は飯富兵部、退く時は楠浦丹州の言葉を聞くように。」



 奥方様も喜信を戦場に出す事に覚悟を決めて、喜信を励ました。



「太郎・・・・ 戦場に出るからには、武士として辱めを受けてはなりませぬ。貴方は、武田家を継ぐ者として、一兵卒の様な戦いを望んではいけませぬ。そして母は貴方の武運長久を御祈りします・・・・」



 この後家臣達に武田信濃守喜信の初陣を飾ると告げると、皆がこの度の戦は負けられないと士気を上げる事となった。


 喜信の初陣発表後、喜信勢の陣代を務める傅役の飯富兵部旗下に御曹子衆八十騎、飯富衆三百騎、跡部美作守勝忠十五騎、長坂源五郎・清四郎二十騎、信濃先方衆雨宮丹後守景義七十騎、それに義叔父の諏訪刑部大輔頼重が陣借りして、参陣する事になった。


 そして七月中旬に武田勢本隊が甲府で出陣式を行い、翌日出陣する頃先発の大井勢千五百は、笠原清繁と高田憲頼・繁頼親子の軍勢と野戦を行い撃破する。笠原・高田勢の生き残りは、周辺住民も併せて、五百人程が志賀城に籠った。


 大井貞清は、笠原・高田勢を破った勢いで、御屋形様が到着する前に落とそうと、力攻めを行ってみるが、城兵の守りは固く、そのうちに御屋形様からの百足衆がやってきて、明日に本隊一万二千が到着すると伝えられて、大井勢はさらに城攻めに力を入れた。



「命を惜しむな!名を惜しめ!大井武士の力を見せよ!」


「侍頸を取った者には、金子(きんす)を贈るぞ!」



 志賀城に群がる大井勢に対して、住民と共に城に籠る笠原清繁、高田憲頼、高田繁頼は、必死になって弓を撃ち、槍で敵兵を突いて防衛に努める。



「皆の者、もうすぐ関東管領様の大軍がここに辿り着くから、ここで踏ん張るしかないぞ!」



 必死になって、防衛してたら南から大軍の姿が見えてきて、力攻めを行ってた大井勢も一旦包囲したまま、攻撃を中断したので、笠原清繁も高田親子と今後の方針を話し合う事にした。



「なあ、新三郎(笠原清繁)殿、大井勢は一旦攻撃を止めたが、武田本隊と合流して明日にでも総攻撃を行いそうだな。」


「ああ、あの大軍がこちらに来るのに間違いない。結局関東管領殿の軍勢は間に合わなかったか・・・」


「しかし武田を敵に回すのを反対してた長野信濃守が我等への援軍を遅らせてるのではないか?」


「父上、こうなれば城を枕に討ち死しましょう。我等の意地を見せるしかない!」


「いや繁頼は、城から逃れて、笠原と高田の家を再興せよ。場合によっては、頼りにならない関東管領に

 義理を果たすよりも場合によっては、武田に仕えても構わん。」



 元々高田繁頼は笠原新三郎清繁の次男であり、跡継ぎのいない高田右衛門祐憲頼の婿養子なった経緯があり、笠原清繁の嫡男もこの間の野戦で、大井勢に討ち取られていた。


 そして志賀城の城兵達が水杯を交わして、武田勢と最後の一戦を行おうとした時、武田勢は軍勢を碓氷峠方面に向かって行くのを城兵達は見た。



「おい、攻め手の大井勢以外が上毛方面へ軍勢を向けてるぞ!」


「もしかして上杉勢が間に合ったのか!」



 武田勢が上杉勢に対して迎撃態勢を整える為に方向転換した事で、志賀城兵が息を吹き返し大井勢の包囲に耐えれるようになった。



「右衛門祐殿、どうやら上杉勢は間に合ったようだな。」



武田家よりも上回る軍勢が滋賀城から見える平野で激突する様は、城兵からはどちらが有利なのか判らなかったが、目の前まで来た希望に皆が(すが)る思いで、合戦を見守ってた。


笠原清繁は、安堵して大きく息を吐くが、山内上杉家の内情を知ってる高田憲頼は、総大将を誰かと確認してると、思わずああっと絶望的な声を上げてしまった。



「あれは、金井家の旗印!やはり長野信州(信濃守業正)は救援に反対したかっ!」



高田右衛門祐は、唇を噛み、握り拳を柱にぶつけた。



「どうしたのだ、右衛門祐殿?」


(それがし)が滋賀城に救援に来る前、上杉家家中は二つに意見が割れていた。一つは、前年河越夜戦で、北条家に敗れて大敗してしまったので、北条家に力を集中し、信濃国内の争いに当分参戦しないと言う非戦派、それが長野信濃守業正だ。長野家は新三郎殿と縁戚だが、今の上杉家は大敗した家の立て直しを優先せよとの御考えだ。」



笠原新三郎は、高田右衛門祐の話を黙って聞いてた。



「もう一つが、金井淡路守秀景。奴は去年河越合戦で戦死した倉賀野行政の家宰で、倉賀野家当主為広が病弱な為、倉賀野十六騎衆と共によく盛り立てておる。しかし倉賀野家の陣代である金井淡路守が、主君上杉憲政の気持ちを後押ししたと(それがし)は考えておる。」



上毛の虎と呼ばれた長野信州が諫言して、出兵に反対したとなると兵力で上回る上杉勢でも勝利するのは難しいと右衛門祐は語るので、この小田井原合戦を祈るような思いで、推移を見守るしかなかった。





2020 3/8 誤字修正

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