喜信の献策
太郎喜信が初めて軍議に参加しました。
2020 3/7 誤字修正
天文十六年五月末、父晴信は甲州法度之次第26ヶ条が完成した事を家臣一同を集めて、甲州法度を六月一日から制定するので、家臣達に写書を渡すから、よく読み各領民へ通達せよとの御触れを出す様に申し渡した。
「皆の者、この甲州法度は、当主である武田大膳大夫晴信も法度に拘束される。さらに法度の主旨に反する言動に対しては、身分の別を問わずに訴訟を申し出る事を容認する。」
家臣一同は、驚いたと言う。
なんせ日ノ本国内の各分国法で、当主自ら法度に拘束される内容は前例が無かった。この法度の厳正さは、皆が蜀の忠武候(諸葛亮)の行いを彷彿とさせる事だったので、家臣一同は皆心腹した。
その後、父上は今年の軍事計画を家臣等に遂国する。
「そしてこの度、太郎喜信が元服を済ませ、信濃守を朝廷から拝領したので、今後は喜信も軍議に参画させる。皆の者宜しいか。」
「「「御屋形様、我等に異存ありませぬ。」」」
父上は、これから北信濃攻略の軍議を諸将を集めて行い始めた。
「七月にまず佐久郡志賀城攻めを行う。皆々方、何か意見は無いか?」
父上が諸将に意見を求めるとまず最初に宿老の甘利備前守虎泰が発言をする。
「御屋形様、この度志賀城攻めに動員出来る戦力は、国堺を守る必要な兵力を動員から外すと、一万二千を集めることが可能です。それらの軍勢を小県方面から迫る村上勢、上毛方面から来る山内上杉勢、それに今回攻撃する志賀城に当てる必要があります。」
続いて、今回佐久・小県郡の事をよく知る真田弾正忠幸綱が発言する。
「御屋形様、喜信様、皆々方にこの度、発言の機会を設けてくれました事に感謝します。まず敵情は、配下の細作の調べによると村上義清の動きでござるが、近年高梨氏との領土紛争に加えて、信濃守護を自任する小笠原長時との領土紛争が発生した為、志賀城への後詰への動きは鈍いでございます。しかし山内上杉氏の方は、主君上杉憲政と家宰長野信濃守業正が昨年河越の大敗以降対立しており、この度志賀城への援軍は金井淡路守秀景が総大将で兵二万の軍勢で出兵すると思われます。」
父上は、他の意見が無いか家臣を見渡すと内山城代の上原伊賀守虎満が発言を行う。
「某は、武田勢力圏の唯一残った志賀城の笠原新三郎清繁が縁戚の高田憲頼親子に援軍を頼んで志賀城に入り、さらに山内上杉へ使者を送ってるのを確認しております。その使者を捕らえて手紙を奪うと志賀城の水と兵糧が八月までの量を調達が難しいので、輜重を送るように宜しく御願いしますとの内容でした。御屋形様、喜信様、これがその手紙です。」
そう言うと上原伊賀守は、父上と太郎兄上に手紙を渡し、二人は内容を確認すると次に陣馬奉行の原加賀守昌俊と原隼人祐昌胤親子の二人にも手紙を見せる。
父上は、手紙を読み終わった後に二人に軍勢の備分けを検討せよと伝え、宿老甘利備州、吉田典厩信繁、穴山伊豆守信友、小山田出羽守信有、軍配者加藤駿河守虎景、飯富兵部少輔虎昌、飯田但馬守虎春、曽根出羽守政利、栗原左衛門佐昌清、上原伊賀守、諏訪刑部大輔頼重、真田弾正忠幸綱、初鹿野伝衛門高利、秋山新左衛門信任、横田備中守高松、多田淡路守満頼、今福石見守友清、山本勘助晴幸、原美濃守虎胤、小幡山城守虎盛、三枝土佐守虎吉、馬場民部少輔信房、金丸筑前守虎義らに手紙を見せた。
「原加州、原隼人祐よ。今度の主敵は山内上杉勢だ、どのように備分けするのか?」
すると二人は小県・佐久郡周辺の図面を広げて、備えの配置を説明する。
「まず先程臣従してきた大井三河守定清を先陣に・・・・」
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軍議が終わった後、喜信は父上の部屋に自分の考えを述べたくて訪問した。
「父上、失礼仕りまする。」
父上は、喜信が何か策を言いたそうな感じが読めたが、そのまま己から何か言い出すのを待った。
「父上、某は軍議の中でまだ語る自信が無かったのですが、実は某なりの策を考えてきました。ただ・・・」
「喜信よ、ここは非公式の間である。失敗しても良いから、恐れなく語るが良い。」
「いえきっと父上も某の浅はかな策などは、すぐに考え付いて却下されてる策だと思いますが、遭えて語ろうと思いました。」
父上は、何も口を挟まず、まずは考えを全て語れと言った。
「まずはこの間、父上と某は官位を賜りました。そしてその事を布告して結果、信州の国人達にも動揺が走っておりますので、これを機に某を初陣させて、朝廷から信州統治の正当な行動と主張して、我が武田家へ歯向かう者達は逆賊になると流布してやるのです。そうする事での武田勢への優位し、一つ武田勢に対抗する軍勢の減少、二つ正当な統治者の出現によって他精力への大義名分を消す事、三つ寺社仏閣商人に対して、武田家に対して非協力な行為を行う事は信州での活動を制限もしくは国外追放もあり得ると言った態度を見せれる事です。」
すると父上は、しばし熟考した後、語り始めた。
「喜信よ、よくぞ言ったな。確かに儂もそれを考えた。そして有利と不利な所を思考してみた。儂が考えるに有利な所は喜信が言ったので、不利になる所を今言おう。」
喜信は、自分の策の穴は、父上なら見抜くと思ってたので、黙って語りを聞いていた。
「まず儂が気にかける事は、室町幕府の反応である。武田家は幕府からの統制が外れて、南朝のように新たな勢力を目指すのかと勘繰られて、幕府からの詰問が来る可能性、また周囲の親幕府派が武田家を攻める名目にもされよう。それに朝廷自身、自らの軍勢と名乗る勢力が現れると京にいる帝は、幕府からの圧力も加わるから、朝廷はそんな状態を嫌う。」
喜信は、父上の言い分はもっともだと思い、素直に自分の策の愚かさに反省した。
だが父上は怒らず、逆に喜信を誉めた。
「喜信よ、幕府や他勢力をこちらから刺激するのは不味いのであって、朝廷から賜った官位は、有効な武器だ。だからこちらから相手に教えなくとも、敵が勝手に意識する策に練り直しなさい。」
父上は、喜信をそう言って諭すと部屋を退出させた。




