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鍛冶屋に会いに行こう

農家をやると雑草との闘いが大半です。



 咄嗟(とっさ)に思わず俺と叫んでしまったが、俺の口調なんて誰も気になんてしていなかった。


 清左衛門は、太刀が(くび)()ねられる寸前で止まったので、清左衛門一家は慌てて平伏を行い、赦しを請うた。



「しっしぃろぅぅさぁぁまぁぁぁぁ  おっ!!御赦しくださぁぁいぃぃっ!!」



 同時に、妻のカツ、息子七朗太、娘のはなも土下座を行い赦しを請うた。



「ちょっとアンタ! 四郎様になんて無礼な事を!!」


「オヤジ!! 御武家様になんて事をした!!」


「父さん、早く四郎様に謝って!!」



 俺は清左衛門一家に別に腹を立ててないので、必死になって謝罪するのを堪忍(かんにん)してあげる事にした。



「清左衛門、僕は其方(そなた)が無礼を働いた積もりではない事は理解してる。だから僕の護衛に勘違いさせる動きはするな。」



 清左衛門を赦すと同時にチクりと釘を刺しておく。



「釣駒斎、まずは其方(そなた)の忠義しかと見たぞ。今回は無益な民衆相手には、太刀を抜くのはやり過ぎだが、その絶技僕を害する者達へ向けられよ。」


「ははっ、承知しましたでござる。」



 そう言うと釣閑斎は、太刀を収めた。 


 ふぅ、アブねー 流石高遠蓮峰軒を一刀の元に(くび)を薙ぎ飛ばしただけの腕前だな。


 しかし清左衛門一家を恐怖のどん底に落としてしまったのは、ちょっと今後の農業試験に困るな。 少し飴玉やるか。



「清左衛門、少しは気持ちを落ち着かせたか?」


「だいぶ心の臓を落ち付かせる事が出来ました。」


「ならば其方(そなた)に聞くが、太郎兄上は先程元服を行い、名を太郎喜信と改めた。それに従い父上から(まつりごと)への参加が認められたのだが、今後は多忙で、保坂惣郷へ訪問に来れるのが減ると思われる。したがって、僕は兄上に其方(そなた)らが相談してた悩みを聞いておこうと思って、保坂惣郷に立ち寄ったのだ。」



 清左衛門は、落ち着きを取り戻して、四郎へ今の悩みを語る。



「そういう訳でしたか、私は安堵しました。それで私らの悩みと言うのは、去年大豊作でありましたが、今後もそれだけの収穫量を見込めるかと、太郎様より(おお)せつかまっているのです。太郎様も去年は出来過ぎだから、収穫量が落ちても私らの責任ではないと(おっしゃ)ったのですが、何分(なにぶん)私は心配性の性分なので、恥ずかしながら太郎様に出来れば良い顔をしたいのです。」



 清左衛門は、素直に自分の不安と願望を吐露したので、俺もこの清左衛門を好ましく思った。


 そしてここで俺は太郎兄上の名前を借りて、清左衛門達に答える事にした。



「清左衛門よ、一つ聞きたいのだが、稲を収穫するまでの作業は全て大変だが、その中で至急改善したい事はあるのか?」



 清左衛門は、少し考えてから答えた。



「四郎様、私らが一番労力使うと思ってるのは、稲の生育途中の雑草取りと収穫後の脱穀ですな。」



 ああ、やっぱり農業は大変だよな。 


 前世では知識でしかない事がこうやって民衆の苦労が感じ取れるので、何とか効率良くしてあげたいよ。 


「なるほど、そしたら僕が太郎兄上から伝えてくれと言われた、新しい除草具と脱穀具を教えよう。」



 俺がそういうと清左衛門一家は、パッと明るい表情に変わった。



「それで、この惣郷には、鍛冶屋はいるのか?」


「はい、鍛冶屋が一軒、そこには元武士の広瀬紹徹斎様が居ります。紹徹斎様は、この惣郷で鍛冶を行い農機具や生活道具などを作っております。 紹徹斎様なら、四郎様へ紹介出来ると思います。」



 ほう、元武士か。 (こだわ)りが強く仕事を選り好みするような人じゃなければ、助かるけどな。



「わかった。清左衛門は、広瀬殿の鍛冶工房へ案内(あない)してくれ。」



 俺は、鍛冶屋の居る場所へ向かうのが、さも当然かの様に清左衛門へ伝える。



「お、お待ちください。私がすぐに紹徹斎様を御呼びしますので、ここで御待ちください。」


「いや広瀬殿の鍛冶工房と仕事振りを見たいので、是非連れてってもらいたい。」



 俺は清左衛門に無理を言って、広瀬紹徹斎の鍛冶工房に連れて行ってもらう事にした。


 清左衛門も俺の言葉に折れて、連れて行ってくれる事になり、十五分程、邑郷外れまでやってくると、広瀬紹徹斎の家が見えてきた。



「四郎様、あれが紹徹斎様の御屋敷です。」


「ほう、あれがか。」



 広瀬紹徹斎の屋敷は、居住空間と鍛冶工房が別々になっており、名主の清左衛門の家に比べると、小締(こじんまりしてるように見えた。



「おーい、紹徹斎様はおらっしゃるかー?」



 清左衛門が屋敷に声をかけると、中から女性と女の子が出てきた。



「ちづさん、シマちゃん、紹徹斎様はいるか?」



「清左衛門さん、こんにちわ。旦那様は、今工房で嘉平さんに頼まれた(くわ)を打ってますよ。」


「そしたら、紹徹斎様に、御客様を御連れしたので、ここに来てくれと伝えてくれ。」



 そう言うと、状徹斎の娘シマが私が呼んでくるーっと言って、鍛冶工房へ走って行った。



「ところでどのような御客様でしょうか?」


「武田の殿様の子息、四郎様御一行だ。」


「まあ、大変。急いで御持て成ししないと。」



 ちづは、清左衛門の後ろで待つ客が武家で数多くの人がやってきた事に驚いて、そそくさと家に入り、お茶の準備を始めた。


 一方、工房の方からは、金槌(かなづち)で打つ音がこちらにも響いてくる。



「ちちうえー、おきゃくしゃまがきたよー。」


「ん?シマか。父の仕事場に来るのは危ないと言っただろ。母の所へ戻りなさい。」



 弟子達と一緒に鉄を打ってた大男は、小さな娘に諭すように軽く説教をした後、片足を引き摺りながら、こちらの方へ歩いてきた。



「ちちうえー、早くおいでよ!」


「むむっ、今日は清左衛門さんの他に御客人が沢山来てるな。」



 紹徹斎がこちらへ足を引き摺ってくるのを見つけると、清左衛門が声をかけてきた。



「こんにちわ、紹徹斎様、今日は、紹徹斎様に頼み事を御持ちしました。」


「一体、それがしに何をやれと? おや、後ろの方々は武田家の一行ではありませんか?」



 紹徹斎が俺の事に気が付いたので、長坂釣閑斎は話をし始めた。



「広瀬紹徹斎殿、初めましてでござる。(それがし)武田家家臣、高遠四郎様傅役の長坂釣閑斎光堅と申す。後ろにおる御仁は、高遠四郎様と陰陽師小笠原源与斎、他四郎様に御仕えする近習衆達である。」



 すると釣閑斎の挨拶を受けて、鍛冶焼けした顔の汚れを手拭(てぬぐい)で拭きながら、俺らに挨拶に挨拶してきた。



(それがし)は、上毛(上野国)の出身、広瀬紹徹斎重邦でござる。一騎駆け衆の(それがし)は、戦によって足が不自由になり、武士の務めを(こな)せなくなったので、武士を廃業し甲州に来てから、鍛冶職人になったでござる。」



「紹徹斎よ、実は四郎様が其方(そなた)に話があるので、しかと真面目に聞いて欲しい。」



 すると紹徹斎は、俺を見て驚いた顔する。



「おおっ、この子は今甲州で噂の神童でござるか。」



 俺は、驚きの顔した紹徹斎を揶揄(からか)う事にした。



「紹徹斎よ、今目の前におる幼児は、神童ではなくて、化け狸の子供かもしれませんよ。」



 俺は、そう言うと紹徹斎の言葉に反論すると、ケラケラと笑ってやった。



「四郎様、(それがし)揶揄(からか)うのは、勘弁してくださいよ。」



 紹徹斎はそう言うと、低頭平身して詫びてきた。


 さて俺は、ただ閑だからここに来たわけではない。広瀬紹徹斎に、保坂惣郷の農業技術向上させる為に草刈り道具と新型脱穀器具を作らせようと思って、ここに来たのだ。


 俺は、早速先程と口調を変えて、紹徹斎に製作を頼んでみる。



「紹徹斎よ、其方(そなた)に百姓等の仕事を軽減する農具を製作して欲しいんだが、御願い出来るだろうか?」



「四郎様、それはどのような農具ですか?」


「まずは、水田荒起を軽減させる為、平鍬(ひらくわ)を四本の平爪の(くわ)に変更したのを製作して欲しい。次に水田での素手の除草は大変な重労働なので、人力で押せて短い歯が付いた円盤を苗の正常幅に合わせ二本の柄で挟んだ器具を作って欲しい。」


「それと収穫した稲の脱穀用に、固定した四本脚の台の先に二十本の刃の無い細剣を斜めに並べた農具を製作して欲しい。」



 紹徹斎は話を聞く内に難しい顔をしていた。



「四郎様、こんな器具は初めて聞きます。何か模型や絵でもありませんか?」



 それを聞いて、大体のイメージを地面に木の枝を使って書いてみた。



「紹徹斎よ、俺が求めてる感じはこんなのだが、作れそうか?」


「かなり難しいですが、話を聞いた後、四郎様が今描いてくれたので、多少の器具の意味が解りましたよ。」


「まずこの鍬は平鍬と違い、水田や土起こしの時、地面に刺さり易くする狙いの作りですか?」



 俺は満足そうにそうだと頷く。



「次のこれは、植えられた稲穂や苗との間隔に生えてる雑草とかを()(むし)るのと同時に、土を撹拌(かくはん)させる器具ですか。」



 俺はまたもや満足に頷く。



「そしてこの細刃を並べて立てた農具は、すぐ解りました。細刃に稲穂を(こす)って脱穀する為でしょうか?」


「全て正解です。紹徹斎の理解力は素晴らしいですね。」


「これらの農具への依頼料は、※新型鍬開発に三貫文、新型鍬一本生産に付き銅銭五十文、※新型田打ち車開発に十五貫文、新型田打ち車一台生産に付き二貫文、※新型脱穀台開発に五貫文、新型脱穀台生産に銅銭三百文でどうでしょうか。」 ※四本鍬(備中鍬)、手押し中耕除草機、千歯扱き



 紹徹斎は悩んだが引き受けてくれた。



「四郎様、引き受けるか悩藻ましたが武士を辞めた後、生活の為に保坂惣郷で鍛冶屋を二十年ばかりやってきましたが、こんなに興味を感じられる仕事は初めてです。試行錯誤すると思いますが、この依頼を(それがし)にやらせてください。」



 俺は、自分の理想にやっと少し前進した満足して、紹徹斎に言った。



「紹徹斎よ、新型鍬以外は製作に時間がかかる。だから、まずその新型鍬を作って、後は紹徹斎の弟子達に新型鍬製作を任せて、紹徹斎自身は残り二つの農具を製作してください。」


「わかりました。新型鍬の試作はすぐに取り掛かりますので、完成したら四郎様に御見せに行きます。」


「あい分かった。そしたら躑躅ヶ崎館にて、吉報を待つとしよう。」



 俺はそう答えて、再び清左衛門と共に清左衛門の屋敷へと戻って行った。













広瀬紹徹斎重邦 1502年生まれ 上野国出身の元武士の鍛冶屋。 遠縁の親戚に広瀬郷左衛門景房がいる。二十年前の戦によって足が不自由になり、元々土地の持たぬ一騎駆け衆だったので、武士を廃業して甲斐国に移り、保坂惣郷にて鍛冶屋を始めた。 甲州に移ってから、二十年下の妻を娶り、三歳の娘が一人いる。


一騎駆け衆 浪人衆ともいわれる。武士一人で、家臣や従者の居ない武士。 領地を持ってない為、傭兵のように各地の戦で雇われて、仕官を望む事が多かったと言う。 

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