二年目の保坂惣郷
四郎が三木兵衛門と一旦別れた後に、甲府へ戻る途中寄り道します。
方言は知らないので、百姓の会話でのニュアンスだと思ってください。
昨年、太郎が先走って保坂惣郷に四郎から学んだ、正常植えを父上に無断で行わせた為に太郎は父上から叱責を受けていた。
しかしその年の天候に恵まれて、正常植えによって安定した日照を受けた事が、保坂惣郷始まって以来の大豊作になった。
この事は父上の耳に入り、保坂惣郷には甲斐中の国人、名主、商人、何故か僧侶や禰宜までもやってきて、この新たな農法を学びにきて、年明けになるまで名主の清左衛門は、来客の対応に忙しかった。
「やれやれ、去年の冬からこの前まで、甲州中のお偉いさんが訪ねてきた感じで、凄く気疲れしたよ。」
清左衛門は、惣郷の小作数人とお茶をしながら、去年から起きた保坂惣郷の幸運を噛み締めながら、しみじみと話していた。
「清左衛門さんよ、これも太郎様が新しい知恵を我々に教えてくれた御蔭でよな。うちは、おっかぁ(嫁)に初めて新品のおべべ(着物)と櫛を買ってあげれただ。」
「吉助の所のおちよは惣一番のべっぴんじゃけ、おらも嫁さ欲しかっただ。」
「庄三のとこさ、お八重がいるべさ。しかもコッコも四人さいるべ。」
「おい、弥平太よ。おめえさは昨年太郎様の御蔭さで、惣郷全員が兵役無かったから、久方振りに冬の麦踏みをやっただろ?」
「ああ、しばらくやってなかったが、久方振りにやると以外と疲れるわ。」
「まあ、兵役が無かったのは、今年は御屋形様が甲斐の政に力を入れるとこの前太郎様が言ってたわ。」
清左衛門の言葉に、こんな恵まれた年がまた来たら良いなと話してたら、清左衛門の家に惣郷外れに住む源平が走りこんできた。
「おーい、清左衛門さんよ、保坂惣郷に今長井様と四郎様一向が訪ねてくるぞ。」
「なぬっ?源平さんよ、四郎様は何故ここに来られるか聞いたか?」
「長井様の傍に居た御武家様がどうやら言うには、昨年から今年にかけての惣郷の事を教えろと言われたぞい。」
小作人達は、またかと言う表情だったが清左衛門只一人は、反応が違ってた。
「おいっ、来るのは四郎様と言ったな!四郎様と言ったら、まだ二歳児ながらの神童と言われる方だぞ! もしかしたら、この惣郷に何か問題でも起きたか?」
そういうと、すぐに嫁と息子と娘を大声で呼ぶ。
「おいっ!カツ、七郎太、はな、全員こちらに来いっ!」
慌てて、嫁のカツと息子の七郎太と娘のはなを呼び、四郎がこちらへ来る事を使える。
「只今、四郎様が保坂惣郷に来て、話があると言ってきた。お前達、迎える準備を急いて行って、粗相のないようにしろ!」
「清左衛門さんよ、おれたちゃ用事思い出したので、引き上げるなー。」
小作の吉助、庄三、弥平太、現平は、皆素早く逃げ去って行く。
「あいつらー、逃げやがって!!」
清左衛門は、逃げていく四人の姿見ながら、出迎える準備を行う事にした。
その他にも四郎が突然保坂惣郷を訪問して慌ててたのは、名主達ばかりではなかった。
代官の長井次郎左衛門も、四郎達が連絡無しに初めて保坂惣郷に訪問した為、何の準備も無かったので、次郎左衛門は、時間稼ぎを代官所で行って、慌てて源平を清左衛門の所に走らせたのである。
源平が駆け込んでから半刻ほどで、四郎一行は代官の長井次郎衛門を連れて、清左衛門の家に辿り着き、清左衛門と四郎が初めて面会した。
清左衛門と嫁のカツ、息子の七郎太、それに娘のはなが四郎と代官長井次郎左衛門等を平伏して、出迎えた。
次郎左衛門が、清左衛門一家に四郎様が其方に会いたいと言うので、連れてきたと言う。
「清左衛門よ、四郎様は太郎喜信様が大変世話になった事に対して、自ら御褒めの言葉を授けたいとの事だ。」
最初に俺の傅役の長坂釣閑斎が、清左衛門に言う。
「其方が兄上が大変御世話になった名主の清左衛門か? 昨年ここ保坂惣郷で太郎様が新式農法を御試しになり、多大な成果を上げた事に対して、四郎様は御喜びになられておる。只今から四郎様が御話になられるので、しかと耳に入れよ。」
なに大層な口上を述べてるんだ釣閑斎は? もっと気楽に話する雰囲気作りをしてくれよ。
俺は、清左衛門が何を無茶な要求されるのかと怯えてる事で、こちらも話がしずらいので清左衛門らの緊張を解き解す事にした。
「清左衛門よ、僕は其方達を咎める為に来たのではない。甲府へ帰る途中、喉が渇いたので、只お茶を貰いに来ただけだ。」
そう言うと出されたお茶を飲んで、のんびりしみじみと話す。
すると俺が、全く緊張感なく、のんびりと話すので、清左衛門一家は、少しづつ警戒心を解き始めた。
よしもう少しで俺に心を許すな、そしたらもう一押しするか。
「清左衛門よ。父上や太郎兄上が其方を大変御褒めになられてた。其方達の事、僕も大変嬉しく思う。其方達は、甲州一の惣郷を築いたと誇るが良い。今後、甲州一の惣郷として、己の技量を誇り、武田家の惣郷を導いてくれ。」
俺は取り合えず、取り繕った言葉を並べて、誤魔化してやったら名主は目に涙浮かべて、大泣きしながら、俺の小さな両手を農作業で出来たゴツゴツした掌で俺の手を握って、思わず歓喜の声を上げる。
「しっしろうぅさまーーーーーっ、某は、武田家から受けた御恩に一生武田家の為に尽くしまするぅぅぅぅぅっ!」
「シャッキュィーン!!」
傍にいた釣閑斎は、清左衛門に思わず驚いて、太刀の鞘を抜いて、瞬時に俺の声が釣閑斎を止めると釣閑斎の太刀が清左衛門の首に皮一枚の差で、清左衛門の首を切り裂くところだった。
「エエィッ!! その手を四郎様から放さぬとただちに叩き斬るっ!!」
「釣閑斎、やめろ!! 俺は全く大丈夫だ!!」
そう俺は叫ぶと釣閑斎の太刀は危うく清左衛門の頸を撥ねる寸前だった。
・・・・・・こいつ石川五右衛門かよっ!




