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徳本先生

医聖 永田知足斎徳本先生が出ます。 徳本先生は、まだ三十代なので知識欲旺盛で、四郎に記憶されてる知識に興味深々です。

 落合の惣郷のから、こちらへ接近してくる導師とその弟子を見て、俺は引き留めた。



「そこの導師様、ここから先へ行くのは遠慮していただきたい。」


「ぬっ、赤子が大人の言葉を使いおる。してここから先に向かう事をどうして止める?」



 導師は、対して俺が喋るのも気に留めず返答してきたが長坂釣閑斎は、導師を見て驚いてた。



「これは、徳本先生では在りませぬか。まさに四郎様、これは天祐です。」



 なぬ? この人が医聖三傑の一人の永田徳本だと! 武田家の侍医なら、父上と共に行動してる為、単独でこんな所にいる訳ないじゃないか?



「して徳本先生、ここから先には流民が居り、流民達の中で発生した疱瘡が広まりつつあるので、今流民達に対してどう対処しようか思案してた所です。」



 釣閑斎は、徳本先生に頼る気満々だな。 でも徳本先生は武田の宝、徳本先生を疱瘡を(わずら)わせる訳にはいかない。



「初めまして、永田知足斎徳本先生ですね。僕は高遠四郎でございます。」



 俺は、初めて会う徳本先生に深々と頭を下げる。



「おおっ、其方(そなた)が武田の神童か、儂は御屋形様に仕えてる身じゃから、御屋形様の子息である四郎様が頭を御下げになるでない。そうだ、この小坊主が儂の義弟で弟子となる御子柴徳山だ。」


「高遠四郎様、御子柴徳山と申します。どうかよろしくお願いします。」



 そういうと徳本先生と徳山は、二人揃って頭を下げた。



「徳本先生、これより先には行かないでください。流民の間に疱瘡が流行ってて、疱瘡患者の飛沫や皮膚から、健常者を犯す毒が出ているのです。」



 俺は、そう言うと逆に徳本先生は、興味深々で俺に質問してきた。



「ほう、さすが 武田の神童だな。誰も疱瘡の事を悪神の仕業だと言って、疱瘡自体の病気の特徴など、二歳児どころか、医療知識ない侍などに理解など出来る訳ない。」


「四郎様が言う、その毒とは何かの毒消しがあるのを知ってるのですか?」



 徳本先生は、俺が何か知ってるんじゃないかと推測して、色々訪ねてくる。


 俺は、前世の話しても理解出来ないと思って、話を(ぼか)して言う事にした。



「僕には、何故だか知識をの断片を脳裏に浮かぶ事があるんです。 ただそれは実務経験が全くない、机上の知識なんです。これでは、いずれ大きな過ちを犯してしまうでしょう。」



 俺が感じてた実戦経験の無い知識を扱う、不安な気持ちを徳本先生に吐露してみた。



「四郎様は、二歳児なのに何を経験してない事に焦りを感じてるのですか? 儂も禅宗に入って知識を多く学んだが、今も経験や失敗から学ぶ事が多くて、それだけ過ちを犯しております。」


「四郎様、儂は過ち犯した数の倍以上、人を救う事と決めております。四郎様も誤ってしまってもそれいじょうに挽回してください。さて、話が長くなりましたが、四郎様は疱瘡の特色をどうやらお知りになられるみたいですね。」



 俺は、意を決して天然痘の特色を話す事にした。



「疱瘡と言うのは、患者が吐き出す息や唾やもしくは疱瘡患者が、身に付けていた衣服や寝具から感染します。そして疱瘡毒の潜伏期間は、最大で二十日近くに及びます。そして発熱から発疹が発生するまでが約三週間です。症状は発熱、頭痛、腹痛、倦怠感、嘔吐、そして皮膚に発疹が起き、症状が進行すると水疱(すいほう)が皮膚に起きます。」



 徳本先生と弟子の徳山は、俺の話を夢中に聞いてる。



「ほう、二歳児の四郎様が儂の知らない知識ばかり語っておる。儂こそ、四郎様を師匠にして学ばないといかんな。」


「師匠、私もここまで疱瘡を細やかに症状経過を知ってる人は知りません。」



 こんな事言われて、俺は恥ずかしくなってきた。



「二人とも揶揄(からか)わないでください。 発疹が全身に廻ると再び高熱を出し、身体のあちこちに出来た発疹が全て瘡蓋(かさぶた)化するまで継続する。その瘡蓋(かさぶた)化した皮膚は固く丸く捲りあがるようになり、瘡蓋(かさぶた)は剥がれ落ちるようになります。この間、患者から出た皮膚や瘡蓋、水疱の体液とかは、全て毒に侵されて、触れると毒に侵されます。また狭い部屋に患者といると感染も起こる事があります。死者が出やすいのは、発病から一週間から二週間の間に重篤な症状が出た患者で、死亡率は約五割ぐらいです。」


「治療方法は、疱瘡に対する解毒薬(抗生物質)を与えて、水分と栄養をよく補給して、呼吸の気道を確保し、清潔な環境や衣服を着させる事です。また予防も可能ですが、牛が(わずら)う疱瘡が牛の世話をしてた女性達に(かか)らない事を知られるようになって、ある医者が疱瘡に(かか)った牛の(うみ)を医者の使用人の子供に摂種して効果を実証した者がおりました。」



俺の話を聞いてた徳本先生と徳山は、いつの間にか俺の話に興奮していた。



「先生、疱瘡は毒が原因なんて、私は考えた事がありませんでした!」


「おおっ、徳山よ。まさか儂も牛の疱瘡の(うみ)が人の疱瘡に有効な話なぞ、初耳だぞ!」



おーい、二人とも今はそれより、流民をどうするかだろうが。


そんな様子を見かねたのか、長坂釣閑斎が口を出す。



「徳本先生、その話は後にして、今は武田領に来た流民をどうするかと言う話なんですが。」


「おおっ、そうじゃった。先程、四郎様から聞いた話によると、患者から沢山の毒素を出してると理解したが、その毒素を弱める事は可能なのかな?」


「発病してない者達はただちに隔離と清潔な環境において、約一ヶ月見て発病するか確認が必要だと思います。またすでに発病した患者は対処療法を行い、もし可能であれば、養蜂職人がいるなら、松、ブナ、樫、栃木、柳の蜜を集めた蜜蜂の箱から採れる蜂ヤニと言う薬か、南蛮の薬草で花薄荷(はなはっか)の花がついた茎葉から搾り取った精油なら、薬として効果も見込まれるかもしれません。」



すると徳本先生と徳山は、二人で話をし始めた。



「徳山よ、花薄荷なら去年駿府に行った時、漢方薬の材料を作る為に種子を買って、甲府の医療院にて栽培してたよな?」


「はい、確かにそんなに多くありませんが花薄荷なら、栽培中でございます。ただあれは、今は二月ですので、肝心の花の茎葉がありませんよ。」


「そっかー、せっかく疱瘡の治療の実施に試せる話を聞いたのになー。 あと蜂ヤニも牛痘も試してぇー。」


「師匠、そしたら新薬は後日にして、四郎様は発病したら対処療法を行うと言ってたので、我々が現在持ってる疱瘡の症状にあった漢方薬を処方して、後は患者の疱瘡への抵抗力に期待するしかあるまい。」


「いやー、全く残念だな。こうして新しい知識を得て、しかも治療に試せる機会なのになー。」


「先生、四郎様達に丸聞こえてますよ。」



俺は、徳本先生の心の声を聞かないフリをした。





オレガノまたの名は土香薷どこうじゅ 和名花薄荷(ハナハッカ) 

天然の抗生物質と言われ、風邪薬、頭痛薬、強壮薬、健胃薬、整腸薬、生理鎮痛薬、防腐剤代わりにも使われた。妊婦への服薬は禁忌とされてる。入浴剤として用いると血行をよくし、冷え症、肌荒れ防止に効果がある。西欧でよく知られていて、日ノ本には江戸時代末期に伝わるが中国、台湾でも自生していた為、明の李朱医学を学んでた永田徳本も知ってたと思われる。


プロポリス(松、ブナ、樫、栃木、柳の蜂ヤニ)  用途 化粧品、日焼け止め、消毒抗炎剤、点眼剤、鎮静剤  効能 抗微生物活性、抗酸化作用、抗炎症作用、抗腫瘍活性、抗肝毒性、免疫力調整(免疫調節)作用、鎮痛作用、局部麻酔作用、薬の副作用軽減作用、整腸作用、活性酸素消去(抗酸化)作用、抗潰瘍作用、抗アレルギー作用、精神安定作用、食欲増進作用

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