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救済しきれない

逃げてきた人を全員満足させるのは、無理です。

流民の中に、逃亡中に罹った疱瘡によって、四郎は戦国時代の医療レベルと流民を追放されざる得ない事を痛感します。これによって、医療レベル向上を歴史の逆算年数から目指すのではなく、今回の事をトラウマになる事で抗生物質や医療体制、それに自分自身を変えたいと思うようになる。

 怒号と言い争う声が聞こえてきたので、俺を止める長坂釣閑斎を押し切り、源与斎に前進しろと源与斎の耳を引っ張る。



「いててっ、いててっ、分りました。四郎様、助けてください。」



 見える場所までいくと、無数の民衆が秋山紀伊守を取り囲み、皆が我々を保護してくれ、助けてくれと言うが、紀伊守の判断では出来ないから、戻ろうとすると取り囲まれた感じだった。



「おい!甲州に入れてくれ。俺達は河越の百姓だが、無数の足軽に食料や女房子供を奪われて、しまいには来年の米の種籾も全て奪われた。」


「北条の御殿様は、年貢も安く優しかったが上杉や足利の奴らは鬼だ。戦いに関係ない百姓を足軽達が刀で切り付けてくるんだ」



 流民達は、どうやら俺の前世の時代に言われてる河越夜戦の起きた時の百姓みたいだった。



「釣閑斎よ、武田の国境(くにさかい)の警備は、どのようにしてるのだ?」


「四郎様、この先は萩原様の警護担当ですが、萩原様は甲府に務めてますので、おそらく荻原家の陣代が差配してると思われます。」



 俺は、なんとか流民を受け入れられるのか、頭の中で検討し始めた。


 去年初めて、太郎兄上が試験で正常植えを試して、偶々(たまたま)天候に恵まれて豊作だったが、米は増産できたが本来なら品種改良してないので、ここまでは増えないから、収穫量は参考にならない。


 むしろ今年が本来稲穂の収穫量に正常植えの結果が出ると思うので、一部の種籾は保管して徐々に別の条件の種籾と交配させる。


 また不作の年であってもその中には、寒冷や病害に強い稲穂もあるので、それらの種籾も保管して、交配用に取っておく。


 食味は後回し、冷害・病害に強く、収穫量最優先だな。


 前世での新型の米誕生まで、農業試験所で十年かかると言ってたが、戦国時代だと俺の一生の時間を費やすかもしれない。


 だけど農業試験所的な研究所は作って残す奉が良いだろう。


 またそれと今回の流民の件は別問題だ。


 今回は、緊急に彼等の衣食住を揃えないといけないが、今の武田には三つ共足りない。


 食料は、国内の領民ですら足りないので、流民数百人を食わすのだけで、周囲から猛反対される。


 そりゃそうだな、国人達にも領民抱えてて、自領の民衆が飢えてるのに流民を食わせたいと俺がマリーアントワネット的な発言を行うと、たちまち武田家の四番目の息子は世間知らずで常識がないと言われるだろう。


 この時代、噂の流布は大変怖い物で、前世の武田家が滅びたのも勝頼が自ら生き残る為に、最前線の将兵に援軍を送らないと聞いた木曽義昌が、東美濃の遠山家を通じて織田家へ臣従してるのだから、国境をまもる国人達から、一度でも頼むに値せずと思われたら、もう最後だろうと思う。


 そんな事をブツブツ呟きながら思考してたら、事態は別の方に最悪な情勢になっていた。


 流民が助けを求めていた理由が、実は流民の中に流行り病が発生してた事だった。


 近習衆、秋山紀伊守からの報告を俺らは事態の深刻さを知る。



「何っ! 流民の中に疱瘡(天然痘)患者が混じってるだと!」



 長坂釣閑斎が目をこれでもかと言うぐらい釣りあげて、秋山紀伊守に怒鳴り散らす。



「そうです、四郎様。甲州に入れてもらえず一ヵ月を過ぎた頃から、疱瘡患者が現れたそうです。流民達もどうしようもなく、流民達内部でも揉めておったようで、一部は殺害や追放してた事実も発覚しました。」



 やばい、流民内部で病気が蔓延し始めてる。



「釣閑斎、紀州(秋山紀伊守)は何も落ち度がない。若者を委縮させるな。」



 俺は、前世で寝たきりだったので、病人が出たと言う報告を受けて、助けてやりたいと言う心情になった。


 しかし何も薬も治療法も何もないここでは、甲斐を護る為に追放するか隔離してる間に、抗生物質を作る? そんな簡単に魔法の薬が出来る訳がない。


 苦渋の決断が必要か。 



「釣閑斎、武蔵方面の方が流行り病が発生、父上に至急国境封鎖の指示を受けてきて欲しい。」


「四郎様、承知しました。」



 これ以上甲斐に病気を入れれないな。



「源与斎よ、陰陽師には病気を治す術は備えてあるのか?」


「そのような都合の良い物はありません。」



 ああ、やっぱりそうか。 


 陰陽師とは現実に干渉出来る術じゃなくて、精神に干渉する幻術師に近いものがあるのか。


 ならば、聞いてみよう。



「疱瘡が発生して、重篤な者は現状助ける手段は無い。源与斎よ、式神を使って仏の国へ旅立つ者達への苦痛を和らげる事は可能か?」



 俺は、源与斎が麻酔的に術を使える事を期待する。



「それは可能です。現実は作れませんが、視覚・聴覚・嗅覚・嗅覚は偽りの物を与える事が出来ます。」


「そしたら悲しい出来事だが、甲斐へ病を持ち込む事は出来ない。 流民の入国は拒否する。」



 俺は何をやってる。 流民を集め仕事を与えて、それらの人々を救済する積もりだったのじゃないか。


 前世の記憶あっても何も助けれてない。


 すると流民の中の一人の女性が嘆願してくる。



「御武家様!我々をどうか・・・どうか甲斐の十六文先生に逢わせてください! もし十六文先生からも匙を投げられたら、我々も諦めますから、どうか・・・・あわせ・・て・・」



 十八文先生?・・・・  あっ! 身近にいたな。しかも諏訪に。



 どうやら通称十八文先生、武田家専属侍医の永田徳本先生は、庶民にも知られる位この頃から有名みたいだ。


 でも十八文先生の知名度上がるのは、武田家滅亡後の放浪で庶民へ治療して名声を得た時からだと思うんだが。


 俺の考えを知ってなのか、長坂釣閑斎が流民達に問う。



「お前達、誰だその十八文先生とやらは?」


「えーっと、甲斐の出身で永田知足斎と御名乗りなられてる先生です。(たま)に近隣諸国に姿を現して、薬草などを求める代わりに、病に苦しむ者達をどんなに銭を払うと言っても十八文以上は受け取らないと言う話です。」



 なるほど、薬草は漢方侍医を務める永田徳本にとって大量に必要だから、沢山仕入れる代わりに治療で取引してたのか。



「釣閑斎よ、病気を甲斐に入国させて、流布(るふ)させる訳にはいかないが、どこか山中に治療が行える邑郷(むらさと)を新たに設置出来ないか。」


「国外から流行り病が来るとは限らない、国内で疱瘡が発生する事もありうるので、病気を拡散しないで治療行える施設を設置したい。」



 長坂釣閑斎は、渋面になりながらも答える。



「それには御屋形様の許可が必要です。それに今現在の流民はどうします?」



 対処療法の記録の中で出来る範囲は、発病後は鎮痛剤投与、これは麻酔的な物は無いから強い酒で酔わせて、痛みを間際(まぎわ)らせるこの方法は、この時代強い度数の酒なんて、日ノ本には無いから除外。


 次に水分補給、これは可能だな。


 それに栄養補給に気道確保に皮膚の衛生保持が必要とあるな。


 ただ飛沫感染を中心として接触感染や空気感染もおこりうる。痂皮の下に最後までウイルスが残っている可能性があるため、痂皮が完全に落屑するまで隔離治療する。破裂した小水疱及び膿疱、皮のむけた部位の細菌二次感染を完全に予防することはできないと記録されてるから、健常者には介護をやらせるのは危険と考えるか?


 やはり隔離しよう・・・・  そう考えてたその時に



「やれやれ、徳山や。雨宮様にから言われて、薬草採りにこんな山奥まで来る羽目になろうとわ」


「師匠様、雨宮様は葡萄の棚架けを教わった感謝をする為に、落合の山中に師匠が求めてる薬草があったと教えてくれたんですよ。」



 俺は、声が聞こえた方を振り向くと、そこには牛の背に乗った導師と牛を引く少年がこちらに向かって歩いてくるのが見えてきた。









永田徳本 医聖 甲斐の徳本 十八文先生 平蔵 知足斎 甲斐国谷村、または三河国大浜で

     生まれたと言われ仏門に入って修験道を学び、田代三喜や玉鼎、月湖道人等に李朱医学

     (明からもたらされた漢方医学)を修め、武田家信虎。晴信。勝頼の三代に仕え侍医となった。

     武田信虎追放後、信濃国諏訪郡東堀邑に住み、御子柴家息女と結婚して、一児を授かる。

     武田家滅亡後は、諸国を放浪し貧しき民衆を無料で薬を渡し、十八文で診療してた。

     伝承によれば、首から「一服十八文」と書かれた漢方薬の入った袋をぶら下げ、

     牛の背に横たわって諸国を巡ってたと言う。 また甲州で葡萄の棚架け栽培を行ったとも

     言われてる。 一寸の虫にも五分の魂

     親族には兄に徳川家家臣長田平右衛門重元、甥に永井右近大夫直勝がいる。 

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