正常植えの成果は?
いよいよ稔りの秋です。
一疋は、銅銭2.5文と同等(鐚銭だと鐚銭十文)
朝廷の勅使が帰落する時、父上は来年から信州からの年貢一万疋(知行に直すと約八十石)を皇室に御料領として寄進する事や、信州統一時には、御料領を三倍に加増すると言う約束をした。
その後、勅使を武田領外まで見送る途中の河口宿の御師駒屋の分国中諸関所の通過に際し、馬三疋口の禁裡料所一万疋の献上を申し入れた。
さらに二ヶ月前に見せて貰った干し椎茸皇室十貫分、三条西様と四辻様へ共に五貫づつ御土産に渡すと、勅使達は御喜びになられて、お二人から今後もよしなにと言い去って行った。
____________________________________________________________
俺は生後十ヶ月になる頃、太郎兄上にお願いして、太郎兄上が農業知識を教えた穂坂惣郷に母上と傅役長坂釣閑斎と近習衆の秋山紀伊守光次と諏訪越中守頼豊、それに太郎兄上の傅役飯富兵部少輔虎昌に傅役補佐の楠浦丹後守虎常、御曹子衆の甘利藤蔵昌忠、鮎川嘉兵衛勝繁、雨宮十兵衛家次、飯富兵部の子で、弥右衛尉門昌時と左京亮虎景兄弟等を伴ってきた。
「四郎よ、どうだ館の外に出る気分は?」
「はい、とても嬉しいです。僕も早く大きくなって、父上や兄上のように民の御力に成とうございます。」
俺は、邑人に気づかれないように兄上に小声で話した。
「太郎様、いつも惣郷に足を御運び有難うございます。四郎様、御香様、御侍の皆様方、初めまして、私めは、穂坂惣郷の名主で清左衛門と言います。どうか宜しくお願いします。」
兄上は、春に父上から御叱りを受けた後、その後父上に許可を貰いながら時々ここに来てて、稲刈りが終わったとの報告を貰い、四郎にどれだけ収穫が増えたか見せたかったらしい。
「太郎様、太郎様からの指示通り行い、さらに今年は豊作に恵まれましたので、その相乗効果により二倍近い米を収穫できました。これも太郎様の指導の御蔭です。」
太郎の傅役飯富兵部少輔がみんなが聞きたかった収穫量を清左衛門に聞き始める。
「おい、名主よ、今年の収穫量はどれ位だったのか?」
「よくぞ聞いてくれました。今年は特別ですが、例年なら穂坂惣郷では百石余り、しかし今年は二百石近くになりそうな感じです。」
すると太郎を始めついてきた皆々が凄く羨んで、自分の領地も来年からやらせようと言い始めた。
「清左衛門よ、収穫した後の水田は、以前話した通りの裏作の準備はできてるのか?」
太郎が四郎から教わった事を事前に清左衛門ら邑人に用意させてたらしい。
「はい、邑人の水田を四分割にして、燕麦、大豆、蕪、休耕地に分けて裏作を行います。」
太郎は名主の答えに満足して、次は名主が困ってる事を聞いた。
「清左衛門よ、次は邑で困る事はあるか?」
「今年は兵役免除があり、皆が作業に頑張れましたが、来年以降は大変言いにくいのですが、やはり戦があれば男手が兵役に向かうので、今年ほどの収穫は期待出来ません。」
「うむ、それは当然の話だな。他に悩みは無いのか?」
「御天道様の気分次第ですが、土起こしや脱穀も大変ですが農作業で一番苦労するのが雑草刈りでしょう。」
それを聞くと僕は小声で兄上に後で話があると伝えた。
「清左衛門よ、その話持ち帰って家臣達と何か知恵ないか、検討しようではないか。」
清左衛門を始め邑人達は、話に耳を傾けてくれる若君様に大変恐縮して、感謝の意を伝え始めた。
そして太郎がやってきた事を目にした四郎の傅役や近習衆は、これだけの結果を目にして、皆が新しい農法を学び、数年後には武田領の大半に浸透して、飢饉に苦しむ周辺住民が武田家へ流民として入り込み、食料生産に余裕が出てきた武田家は、徐々に兵農分離に向かう方向になる。(現状は、七割が兵役の領民に頼ってる状況。)
なお流民や河原者、山家者などを積極的に活用せよと太郎が言い出したのは、四郎から暮らしていた日ノ本の社会構造を聞いたからである。(四郎は、それ程前世の社会が理想的だとは、思ってない。)
____________________________________________________________
躑躅ヶ崎館に戻ると、太郎は御香と四郎を伴って、穂坂惣郷の収穫の事を父上に報告へ訪れた。
父上は、北信濃の村上義清が佐久郡へ攻め寄せ撃退し、つい先日甲斐へ帰国したばかりだったが嫡男太郎が春に行った穂坂惣郷の農業実験が大いに成功したと聞き、太郎達からの話を聞きたくて、即面会を許した。
部屋に呼ばれて太郎等三人が入ると部屋には、父上と正室三条円姫、それに二郎兄上と梅姉上、乳母に抱かれてスヤスヤと寝ていたのは、四郎より一歳年上の姉上見姫が部屋にいた。
太郎達を部屋に入れた父上は、三人を見るなり大声で労いの言葉をかけた。
「太郎よ、儂が不在の間よく家も守ったな、大義である。」
兄上は、うやうやしく頭を下げる。
「四郎よ、よくぞ太郎兄上を始め兄姉たちに知識を与えもうた事を誉めて使わすぞ。」
俺も父上から褒められたみたいだ。
「御香よ、よくぞ赤子の四郎を護り、奥方を支えていてくれたな。円姫も大変心の支えになったと聞いておるぞ。」
母も兄上と同じく、うやうやしく頭をさげた。
「御屋形様、私のほうこそ、奥方様に大変助けられたのでございます。私よりも奥方様に御褒めの言葉を差し上げてください。」
母上は、ニッコリと笑い奥方様とお互い譲りあってるようだ。
「御香よ、円には最初に感謝の意を表したので、案ずるでない。」
「御香様、御屋形様はとてもお気遣いが細やかな方ですので、私めには真っ先に御声をかけられたのですよ。」
御屋形様の横で奥方様はそう言うと微笑を浮かべて、お惚気を見せていた。
そろそろ家族団欒が収まりかける頃、俺は家族みんながいる所で、兄上に後で話すと言った事を話す事にした。
「父上、兄上、御話したい儀があります。」
「四郎よ何を話すのだ?」
「四郎よ、先程僕に後で話したいと言ってたやつか。」
「はい、そうです。家臣達にも話して、皆の知恵を借りるつもりですが、まずは先に父や家族に話をしようと思いました。」
すると父上が何かまた知識を出すのかと尋ねてきた。
「はい、その通りです。僕が覚えてる知識の中で、今百姓達が困ってる事に対して、負担軽減出来る情報がいくつかありました。」
「条件がいくつかあるのですが土起こし、草刈り、脱穀等は新しい農機具開発で可能です。但し鍛冶職人の技術の向上と沢山の鉄が必要になります。」
「続いて、農耕用牛や馬の貸し出し及び供出を行い、百姓達の田畑での貴重な労働力にするのです。これは西国では百姓の間に普及しております。東国は、その辺りは裕福な名主位が行ってる事だと思います。」
「また作物に対して土壌改良、動物除け、虫害の対策もありますが、それは炭焼きから抽出される木酢液と言う物でありますが、ただ木酢液は酸性で製造設備や容器等が、溶解し難い物を作れる熟練した鍛冶職人、ギヤマン職人、石工職人が必要になります。」
その話を聞いた父上は何か思案気にして、やがて言葉を開いた。
「今の話だと、複数の工程と複数の職人が必要だな。先程、武田家へ帰参してきた者達がおる。まだ役職を与えておらず無役なんだが、その者達の父は宿老だったのだが、故あって命を落とした為。武田家から離れた。その者達なら四郎が求めている複数の職人達を差配出来るやもしれん、明日そちらに使わすので、四郎はそいつらに仕込んでやってほしい。」
俺はその人達の話を聞いて、ピーン来た。おそらく前世の記憶において、武田家有数の実力者ではないかと思った。
長坂釣閑斎光堅 傅役 1513年生まれ
秋山紀伊守光次 近習衆
諏訪越中守頼豊 近習衆
楠浦丹後守虎常 太郎傅役補佐 1512年生まれ
鮎川嘉兵衛勝繁 御曹子衆 1509年生まれ
雨宮十兵衛家次 御曹司衆 1533年生まれ




