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井深茂右衛門重吉と小鈴谷久左衛門

 萱野惣郷の者達が高遠四郎に呼ばれて高遠城に登城して面会を行った前日に、井深茂右衛門重吉と小鈴谷久左衛門の二人は主君保科弾正忠正俊からの推薦を受けて、四郎から呼び出されて他言無用の密命を聞かされる事になった。


 面会の間に通された井深茂右衛門重吉と小鈴谷久左衛門は、四郎の他に己の主君保科弾正忠と四郎の傅役跡部攀桂斎信秋、安倍加賀守宗貞に高遠四郎の義父で前高遠家当主高遠紀伊守頼継、それに足利学校卒の軍師浪合備前守胤成、陰陽師の小笠原幻与斎、南蛮人の原蹴煤(パラケルスス)林姑娘(りんこじょう)夫妻、それに三ツ目衆の窪谷又五郎家房が待っていた。


 二人は高遠家の主だった者達が集まっていたので、驚きながらも四郎に挨拶を行った。



「井深茂右衛門重吉と小鈴谷久左衛門、高遠四郎様ののお召しにより、ここに恐懼致(きょうくち)(まか)り越して御座います。」



 保科家陪臣の井深茂右衛門と小鈴谷久左衛門は、四郎や高遠家の重臣達の前で平伏しながら、恐れ畏まっていた。


 四郎は二人が恐縮してるのを見て普段ならば楽にせよと言うのだが、此度(こたび)の新事業は武田家の将来の資金源になる事業なので、武田家と高遠家の一部の重臣以外には伏せないといけない事なので、(いささ)か重い雰囲気で二人に話かけた。



「茂右衛門に久左衛門よ、此度(こたび)其方(そなた)ら二人を呼び出したのは他でもない。 高遠家として、ある物を生産する為に長期計画を行う事に決めた。 その計画に対して、茂右衛門は善光寺とのやり取りや経営の手腕を見込んでのと、久左衛門は尾張知多にて実家が庄屋で造り酒屋で醤油や味噌などの醸造も行ってたと耳にしたのだが(まこと)なのか?」


「四郎様、私も久左衛門も(まこと)で御座います。」


「ならばお前達二人には、原蹴煤(パラケルスス)殿が持ち込んだ南蛮渡来の新作物の生産と加工の管理を任せたい。 これらの作物は日ノ本で生産している者はおそらく極僅かだろうが、俺はその作物の育成方法と加工などの用途方法を入手したので、其方(そなた)達に指南書を渡す故、この命を受けて貰いたい。」


「我々に百姓をやれと?」


「いや違うぞ、実際に生産や加工を行う者達は、萱野惣郷の者達に任じようと思っている。 其方(そなた)達は、彼等を指導して計画的に作物を生産する事と出来た作物を加工したり保管したりして、飢饉や武田家や高遠家の資金作りをする事、そして一番重要なのは作物を生産したり加工技術の情報を他家などから守る事だ。」


「四郎様、そしたら我々はその萱野惣郷に住み込む事になるのですか?」



 すると二人の(あるじ)あるじ、保科弾正忠正俊が話始めた。



「茂右衛門、久左衛門よ。 四郎様が考えておられる新しい作物を生産する計画は長期になる。 おそらく十年以上続く事業になるだろうが、この事業から黄金と同等の価値の物を産み出したり、民衆を度々苦しめる飢饉対策に繋がったり、流行病に対しての薬効がある物質を生産するのに必要なのだ。」


「その様な重要な事業に我ら二人で仕切れるのでしょうか?」


「総責任者は茂右衛門、副責任者は久左衛門だ。 後は萱野惣郷の者達みたいな今回の事業に必要な専門技術の者達を其方(そなた)二人の元に付けていくので、それらを事業の運営に使うと良い。」



 すると井深茂右衛門がどのように外部に情報漏洩を防ぐのか聞いてきた。



「四郎様、我々はどうやって情報漏洩を防げば良いのでしょうか?」


「まず萱野惣郷の寺院に惣郷の者達を記録した宗門人別帳を作成させて、内部の住民達の戸籍を把握せよ。 また萱野惣郷は不動ヶ峰の萱野高原にあるので、外部の接触は滅多に無いが村に繋がる道には関所を作るので、それらを管理せよ。 また他家の間者が入り込むかもしれないので、三ツ目衆からは監視役を付けるので、その者達と協力して情報漏洩を防いでもらう。」


「そこまで我々の為に御膳立てしているとは、思いませんでした。 そうすると我々も身内にすら仕事を(たばか)る必要があるのですか?」



 すると再び保科弾正忠が話始めた。



「その様になる。 茂右衛門に久左衛門よ、其方(そなた)らの親族にも情報を漏らす事は許されぬ故、其方(そなた)達二人は、仕事の事を聞かれたら便宜上地図作成方の任に付いてる故、職業上の機密に抵触するので誰にも話せないと言う事にしろ。」


「殿、分かりました。長期の外泊してる時は、野山を歩いて図面作成しているとので、仕事の事は話せないと親族には話しておきます。」


「後、其方(そなた)達二人は今後の任務を鑑みて、たった今から(あるじ)(それがし)から、四郎様が主君になる。 その為、二人には知行二十貫づつ加増される事になる。 明日、其方(そなた)達の下に付く萱野惣郷の者達が登城するので、その時に会わせよう。」


「ははっ、御意で御座る。」



 井深茂右衛門と小鈴谷久左衛門は、知行二十貫づつ加増されるとは思ってもみなかったが、高遠家のこの事業に対しての意気込みと期待が大変大きい事を実感して、重圧が重く圧し掛かっていた。

恐懼(きょうく)  意味は、恐れ(かしこ)まる事。

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