隣の男子
成績も下位で、容姿も太っていて、身なりもそれほど構わない。
そして、友達もいない。 そんな眼鏡をかけた女の子、清泉葵。
一年生の夏休みが終わり、2学期が始まる席替えで、隣になったのは、中司玲
。彼は、学年でも5番目くらいに入るほどの秀才で、容姿端麗、しかも運動神経も良い人気者。
葵と玲は、教室を飛び出した玲が原因でぶつかる。 そこから、葵と玲に変化が起きて行く。
教室の窓側の後ろから3番目の席に窓の外をぼんやり見ている女の子がいた。
彼女の名前は、清泉葵。 高校一年生。
両親を事故で亡くし、父方の祖父母の下で暮らしている。
小学校の時から視力が落ち始め、中学校になると眼鏡をかけないと、生活がしにくくなり、眼鏡をかけるようになった。 学業は、中学ではそこそこ出来たが、今の学校は偏差値が高くて、ギリギリで合格した程度なので、成績は下位だった。
運動神経が良いわけでもなく、年金暮らしの祖父母との生活なので、経済的にも裕福とは言えず、身なりにもそれほど構う事もなかった。
そんな風なので、学校の中では冴えない女子で、性格が大人しく物静かなので、人付き合いも上手いとは言えず、仲の良い友人もいなかった。
学校の授業に付いて行くのがやっとで、毎日頑張って勉強しても成績も大して上がらず、毎日をただ生きていると言うだけの生活だった。
祖父は清泉 純。今年66歳になる。 定年までは、バスの運転手をしていた。
祖母は清泉 翔子 今年で61歳。 今でも清掃のパートに出ている。
祖父と祖母は、葵の両親が交通事故で亡くなるまでは、祖父の勤めていた会社の社宅で暮らしていたが、葵を引き取ることになったので、小学校の近くの中古マンションを購入し、今はそこで3人で暮らしている。
家から、中学校までは小学校と同じくらいの距離で近かったが、高校は電車で通学しなければならなかった。
葵は、口数も少なく、内気で大人しい子だったが、優しい子で、家事も積極的にやった。
今の高校は偏差値が高いので、びりに近いような成績だが、中学までは成績も良く、家事もしっかりやるような子なので、祖父母から見れば本当に出来の良い孫であった。
中学時代から、少し太り始め、今はやや太めでそれに眼鏡をかけていて、さらに服装に気を使わないような女の子なので、男子からは見向きもされないような存在だった。
特に趣味もなかったが、料理だけは好きだった。 年金生活の中ではそんなに高い食材も買うことができないので、毎日の特価商品をスーパーで探しては買うのだが、食材がほぼ限られてしまうので、普通に作っていたら、毎日同じようなものばかり食べなければいけなくなる。 なので葵は安い食材で、色々なバリュエーションの調理をして、少しでも食卓を豊かにしたかった。
翔子も料理が得意だったが、葵に基本的には任せるようにしていた。 それを翔子がやってしまうと、葵になんの生きがいも楽しみもなくなってしまうような気がしたからだ。
葵のクラスに中司玲という男子生徒がいた。 成績は学年でもベスト5に入る秀才で、運動神経もよく、剣道が強くて、インターハイに出場するくらいの選手だった。
2学期の席替えで玲は葵の席の隣になった。
冴えない葵と、人気者の玲が隣同士の席になった。
玲の周りにはいつも人が集まり、賑やかだった。
葵は、玲になんの関心もなかったし、彼と何か話してみたいとか友達になりたいとか、そう言う事を思った事もない。 ただ隣の席の人という存在でしかなかった。
葵は冴えない女子ではあったが、特に嫌われていたわけでもなく、空気のような存在だった。
小学校の時からずっと隣の席に男子が座っても必要な時以外にはほぼ話しかけられたことも無く、学校では淡々とした毎日を送っていた葵であったが、玲が隣になって今まで経験したことも無い事が起こり始めた。
玲は容姿端麗で秀才、しかも運動神経も良いのだから女性徒の間で人気がないわけがない。 席替えが決まる前は、クラスの多くの女子が、玲の隣になりたいと思っていた。
結局、玲の隣は葵が当たったのだが、クラスの女子の間では、落胆もあったが妙な安堵感も広がった。
『玲君の隣になれなかったのは残念だけど、葵ちゃんなら安心よね~』
『うんうん。害なさそうだしね~』
そう言った話を、何人かがしていた。
玲は、隣の席の葵に、『清泉さん。中司って呼びにくいだろ? だから俺の事はこれから玲って呼んでくれないかな?でさ清泉さんも、清泉って言いにくいから下の名前で呼ばせてもらっていいかな?』
葵はちょっと驚いた。特に玲と話すつもりなどなかったから。ただ彼は、誰にでもフレンドリーな感じだったので、恐らく自分にも声を掛けてくれたのかもしれないと思った。
『ねえ、清泉さん? どう?』
『あっ うん。 ごめんなさい。 私の事は葵でいいよ。私は流石に呼び捨てにはできないから玲君でいいかな?』
『OK! じゃ本当に俺これから葵って呼んじゃうけどいい?』
『うん。玲君がそれでよければ。』
『じゃあ そうさせてもらうね。』
クラスの女子の何人かは、中司と言う苗字は長くて言いにくいので、玲君とすでに呼んでいたが、自分は中司君でいいと思っていた。確かに、清泉さんと呼んでもらうのは苗字が長いので言いにくいのはわかるから、下の名前で呼びたいというのは理解できる。けれどまさか自分で葵ちゃんと呼んでとは言えなくて葵で良いと言ったつもりが、本当に呼び捨てにされるとは思わなかった。
「呼び捨てで呼ばれるのってもっと親しい関係じゃないのかな?もしも他の女の子が聞いたらどう思うんだろ?」今更どうにもならないが、葵は少し不安な気持ちになった。
葵自身は、玲に他の女子のような関心もなく、彼が隣と言うだけの事で取り立てて何も感じる事も最初はなかった。
けれど、玲とこの会話があってからなんとなく無関係ではいられなくなったような気がした。
葵は、成績が低迷していたので、自分で作ってきたお弁当を食べると、1学期までは自分の机で勉強をしていた。 しかし、玲が隣の席になってからというものは、食べる時からみんなが玲の周りに集まってくるので、落ち着いて食事も取れないし、勉強などそれこそ集中できなかった。
仕方なく、お弁当を持って食堂に行くと、食堂は大混雑していて、ここにも居場所はなかった。
「どこで食べよう・・・」葵は考えたが、図書室では飲食も禁止されているし、外は雨が降れば無理だし、日陰も少なくて暑い。 仕方なく葵は教室に戻り、お弁当だけは自分の席で食べる事にした。
そして、食事の後は勉強道具を持って、図書室に行って勉強した。
ある日、葵がいつものように図書室から教室に戻ってくると、教室のドアからいきなり玲が飛び出してきて葵にぶつかった。 葵のペンケースやノートが落ちて、葵の眼鏡もどこかにはずれて飛んでしまった。
玲は 『あっ悪い。大丈夫?』と言った。
『うん。大丈夫。』葵はそう言いながら落ちた眼鏡を探していた。
玲は、葵の落ちた眼鏡を見つけ 『眼鏡あったぞ。こっち向いてみろよ。かけてやるから。』と言った。
『あっ ありがとう。自分でかけるから眼鏡くれる?』
『いいよ。かけてやるからこっち向けよ』
葵が、玲の方を向いたとき玲は、ドキリとした。 いつも眼鏡をかけていたのでわからなかったが、葵の瞳は、大きくて艶々(つやつや)で、その潤んだ瞳に吸い込まれそうな気がするほど美しかった。
『玲君? 眼鏡は?』
玲は、瞬間固まっていたが葵の声で我に返り、『ああ 眼鏡かけるぞ』そう言って葵の目に眼鏡をかけた。
『ありがとう。』
『いや、俺の方が急いで飛び出して葵にぶつかったから・・・ごめんな』
葵は、落ちたノートやペンケースを拾って教室に戻って行った。
「あいつの瞳なんか物凄く綺麗だったな・・・ 眼鏡かけてたからわからなかったけど。少し痩せてコンタクトにして髪の毛も整えたらどんなになるんだろう?」
玲は、そう思いながら待っている友達のところにまた走って行った。
玲は、時々帰宅途中で葵を見かけることがあった。電車の降りる駅も同じで、駅からの方向も同じだった。 玲が、葵とぶつかった日から二日後、偶然葵が玲の前を歩いていて、少し坂道を上がったところにあるマンションに入って行くのが見えた。 玲は、そのマンションの郵便受けで清泉という表札を探した。 407号室のところの郵便受けに清泉という表札がかかっていた。
「ここにあいつ住んでたんだ。」
「げっ 俺何やってんだ・・・ これじゃストーカーじゃん・・・」
慌てて玲は、葵のマンションから離れて、自分の家の方に歩き出した。
どうもあの日から葵の瞳が脳裏にちらついて気になって仕方が無い。 玲はなんだか欲求不満になった気分でいた。
葵は、玲に眼鏡をかけてもらった時に、少しドキッとした。 男子にそんな行為をされた事など当然なく、玲の顔が眼鏡をかけた瞬間にぐっと近づいてものすごく緊張もした。
そういう経験はしたことがなくて、男子に対して女子らしい反応をしたのも恐らく初めてだった。
けれど、それで玲との関係が何か変わるというわけでもなく、日が経つうちにまた元の葵に戻って行った。
むしろ、それから変化が大きかったのは玲の方だった。
玲は、毎朝トレーニングの為に、ジョギングをしていた。 いつも自分の家の近くにある岡の方に向かって走り、3kmくらい周囲を周って帰ってくる。 けれど葵の家を知った次の日の朝から、コースを葵の家の近くを通るコースに変えていた。
もちろん早朝5時くらいに走るので、彼女に会うようなわけもないのだが、なんとなく葵が心の中で引っかかって近くを走ってしまう。
心の中には、もしかしたら偶然に会えるかもしれない。というような自分でも理解できないような期待が混ざっていたのだと思う。
ある日、放課後忘れ物をした玲が教室に戻ると、葵がスマホを見ていた。葵のほかには生徒は誰もいなかった。 玲は、葵のスマホを 『ちょっと貸して!』とさっと取り上げた。
『えっ 何? えっ 返してよ。』
『ちょっとだけだから』
玲は、葵のスマホの設定画面を開きプロファイルを開いて、彼女の携帯電話の番号を見た。番号を頭に記憶すると元に戻して、『お前、ロックくらいはかけといたほうがいいぞ』と笑いながらスマホを返した。
そして『携帯の番号見ただけで、他は何もしてないから安心しろよ』そう言って少し薄ら笑いを浮かべながらさっさと教室を出て行ってしまった。
夜8時半。葵がお風呂から出るとスマホのライトが白く点滅していた。「なんだろう?」そう思って画面を見るとSMSが来ていた。 「だれだろう?迷惑メールかな?」 そう思いながら開けて見ると、 俺、玲だよ。 あのさ 俺いつも葵んちの近くジョギングしているから、葵も一緒に走ろうぜ!朝5時10分に葵の住んでるマンションの坂の下でまってるから。 と書いてあった。
葵は、 そんなの無理だよ。寝てるもん。それにどうして私が玲君と走らなきゃいけないの? と返信した。 するとすぐに返信が来て、葵が痩せたらどうなるか見てみたいから。もし来なかったら、葵んちのインターホンで呼ぶからな! と返信してきた。 そんなの滅茶苦茶だよ。おじいちゃんやおばあちゃんも寝てるし、やめてよ! そう返すと、 じゃぁ 葵が来れば一番平和に収まるじゃないか? 葵も痩せるし、俺もそれが見れて、おじいちゃんおばあちゃんにも迷惑かけない。それに葵が痩せたらおじいちゃんたちもきっと喜ぶぞ(笑)
「滅茶苦茶だ・・・だけど玲君なら本当にインターホン鳴らすかもしれない。 それは困るし・・・」
わかったよ。 じゃ 明日一日だけだよ。 と返信すると、待ってるからな~ と返信してきた。
葵は、「なんで玲君私なんかをいじめるんだろう?私、玲君に何かしたかな?でも仕方ない。目覚ましかけてジョギングウェアーだけ出しておかなきゃ」 どうしてこんな事になってしまったのかはわからないが、とんでもない人に目を付けられてしまったものだと葵は内心思った。
翌朝、葵は4時40分に目覚ましの音で起きた。 顔を洗って歯を磨いて、髪の毛を後ろで縛り、着替えをした。玄関から一番近い部屋の葵は、祖父母を起こさないようにそっとジョギングシューズを靴箱から出して履き替え、外に出た。坂の下に玲が立っているのが見えた。
葵が近づくと玲が 『おはよう!ちゃんと来たな。えらいえらい』と言って笑っている。
葵は、『仕方ないよ。玲君が色々脅迫するから・・・』と言った・
玲は、『脅迫なんて人聞き悪い事言うなよ。俺さ、葵が痩せたらどうなるか見てみたいんだ』
『なんで私なの? 他の子なら喜んで玲君が誘えば付き合ってくれると思うよ』
『葵じゃなきゃだめなんだ。他の奴が痩せるの見たいって思った事ないもん。まぁさとりあえずその話は置いといて、葵、最近走ってないだろ?』
『うん。全然。』
『じゃ、走る前にそこの芝生の所でストレッチやるぞ。急に走ると足痛めちゃうから。特に葵みたいに太ってると足に負担大きくなるから』
『わかった。 どうすればいいの?』
葵は、玲が意外に、そう言う細かいところをちゃんとサポートしてくれる事に驚いた。
玲は、葵の背中を押したり足を動かしたりして、走る前に入念にストレッチをした。
そして、『じゃあ 行こう! ゆっくり葵が付いてこれるくらいのペースで走るけど、速すぎたら言ってな』
『うん。わかった。』
玲は、ゆっくり走り出した。玲は葵の状態が見えるように、葵の横を走った。
『葵。大丈夫か? もう少し走れそうか?』『うん。まだ大丈夫』
そうしてゆっくり葵の家の下まで戻ってきた。
『葵。どうだった? 気持ちいいだろ?』『そうだね。悪くないかも』『じゃ明日も晴れてたら一緒に走ろう』そう言うと玲は、葵の肩をポンポンと2回軽く叩いて葵の返事も聞かずに、走って行ってしまった。
葵は、朝のジョギングなんて今までした事もなかったが、「意外に気持ちがいいかも」と思った。
早朝なので、誰かに見られることもないだろうし、実際今日は、新聞配達の人を見かけた程度で、知ってる人には会わなかった。
葵は、家に帰るとシャワーを浴びて髪を洗い、ドライヤーで軽く乾かして朝食の準備をした。
祖父が起きて来て、 『葵。おはよう。今日は朝早くどこかに出かけたのか?音がしたようだけど。』と言った。 葵は嘘を付くような事でもなかったので、『うん。友達が朝一緒にジョギングしよう。って言うから少し走ってきたよ』 祖父は、今まで葵が友達と一緒と言う事をほとんど聞いた事がなく、「葵にも友達ができたのか?もしそうなら良かった。」と思い『そうか。健康にもいいから続けなさい。』と言った。 祖母は洗濯機の近くの洗濯籠に葵のランニングウェアが入っているのを見て、『今日は天気がいいから乾くけど、もう一式あった方がいいから、続けるなら買ってきたら?』と言った。
『うん。そうだね。でも続けるかわからないし、とりあえず乾かなかったら次の日は休む事にするよ。ちゃんと続けられたらお願いします。』と祖母に言った。
学校での玲は、時々葵に話しかけることはあっても特別朝ジョギングを一緒にしてもその事がまるで無かったか、それとも他の人に知られたくなくて、意識的に普段と同じようにしているのかはわからないが、とにかくいつもの玲と微塵も変わらなかった。
お昼休みが始まってしばらくすると、葵の携帯にメールが届いた、玲からだった。 葵。朝せっかくジョギングしても、食事で思いっきりカロリー摂ったら意味ないからな! いつもより炭水化物は少し摂るの減らせよ。 そう書いてあった。 葵は、 うん。わかった。 とだけ返信した。
葵はご飯が好きで、昼食のお弁当は女子にしては沢山のご飯を食べていた。 自分でも食べすぎだ。とか太るなぁ~ とかは思いながら、誘惑にまけてついつい食べてしまう。
葵にも、綺麗になりたいという願望がないわけではなかったが、眼鏡をかけて太った自分を鏡で見ると、「どうせ私なんか、綺麗になれない」そう思ってしまって、食欲という誘惑にいつも負けてしまう。
家に帰れば帰ったで、台所にあるお菓子が入っている籠の中から、ひょいと何かを取り出して、食べてしまう。 でも今日から少しセーブして見ようと思った。 特に玲の事を意識していたわけではなかったが、自分でも理由がわからないまま「ちょっと頑張ってみよう」そう思った。
玲とのジョギングは、雨の日以外は特別どちらかに都合の悪い時以外は続いた。
玲から、毎日体重計に乗って自分の体重を意識しないと痩せないと言われ、それもするようになった。
改めて、体重計に乗ると恥かしくなるほど重い。 そういう恥辱心を無くしたいという思いで努力をしないと、辛い事はなかなか続かないものだ。
玲とジョギングを始める前の葵は、身長が、162cm 体重は66kgだった。 極端に肥満でもないが、肥満であることには間違いない。 しかし、玲とジョギングを始めて1ヶ月半を越えた頃、食事のカロリーを少しだけ減らし、お菓子を我慢した事で、62kgまで減らす事ができた。 心なしかちょっとだけ体が軽くなったような気がした。 ジョギングも慣れてきて少しだけペースも速くなった。
『葵。お前少しだけ痩せたな。あまり無理せずにこのペースで行けよ。無理に減量するとリバウンドするから。』
『うん。わかった。』
秋が過ぎ、冬休みが始まる頃には、筋肉が少し付いて代謝が良くなった事もあって、54kgまで落ちた。
葵の後ろの席は、須藤愛と言う大人しい生徒で、彼女はそれほど話す方でもないのだが、愛の柔和な雰囲気に引き寄せられて何人か女子の友達がいつもいた。葵は、必要な事以外余り話す方ではなかったし、愛の方も余り自分から人に話す方でもなかったので、それまでは会話らしい会話もした事がなかった。
愛は目が大きくて少し髪が長く、柔和な可愛い子だった。ただ少しぽっちゃりしていて本人もそれを少し気にしている様子だった。
愛は、半年くらいの間で急にスリムになって行った葵が気になって気になって仕方なかった。前までは自分よりかなり太めだったのに、今では完全に自分の方が太くなっている。
「葵ちゃん、どうやってあんなに痩せたんだろう? ちょっと聞いて見ようかな~」
愛は、葵の背中を人差し指でちょんちょんと触って『葵ちゃん。ちょっといい?』と尋ねた。
葵は、愛の方に振り返り『うん。何?』と尋ねた。
愛は、小さな声で、『葵ちゃんこの頃何かダイエットとかしてるの?』と尋ねた。
『そんな凄く頑張ってるって感じじゃないんだけど、今まで間食が多かったから、お菓子は食べるのやめてご飯も好きだったんだけど、食べる量を半分くらいに減らしたよ。でもご飯は半分って言ってもそれまでに食べてた量が多すぎただけだからきっと愛ちゃんとかわらないと思う。』
『運動とかはしてるの?』
『うん。ちょっとだけ朝走るようにしたよ』
『そうなんだ~ やっぱり間食が問題かな~ 私中々やめられなくて・・・ 誘惑に弱いからね~』
『私もお菓子やめるのはちょっと辛かったかな~ でもね。ある人から毎日体重計に乗れ!って言われたの。そうするとね、自分の体重が怖くなってこのままじゃいけないって思うし、ちょっとでも食べ過ぎて増えると、また元に戻ったらどうしようってまた怖くなるの。 そうするとお菓子の誘惑よりもその恐怖が勝っちゃって食べなくなったよ。』
『そっか~ 私も体重計毎日乗ってみようかな~』
『愛ちゃんは少しぽっちゃりはしてるけどそんなに太くないからそこまで気にしなくてもいいんじゃないかな?』
『ううん。 だめだよ。もう少し細くならないと持ってる服も着れなくなっちゃうもん』
『それはあるよね。 私は少し痩せたから逆にウエストを細く治さないとぶかぶかになったよ。でも治す前の服見ると怖くなる。こんなに太ってたのか~って感じで』
『いいな~ 私もそういう風に言えたらな~』
その会話がきっかけで愛は、葵と前に比べたら結構頻繁に話すようになった。
そして愛の友達の、城見静香や風祭命とも少しずつ葵は話すようになった。
中学の時も、特定の友達がいなくて、会話もほぼなかった葵の学校生活が、玲とのジョギングがきっかけで少しずつ変化し始めた。
玲は、年末からお正月にかけては家族で海外に旅行に出かけていて、葵は一人で走っていた。
冬休みが終る3日前に玲は、海外旅行から戻って来て、葵にメールした。 内容は、葵の眼の事であった。
その視力は回復しないのかとか、眼鏡もう少しましなのを買ったらどうだとかそんな内容だった。
葵は、視力の回復はもしかしたら手術すれば回復するかもしれないけど怖いしお金もかかる。眼鏡も別にお金がかかるから今のままでいい。という内容の返信をした。
玲には、従兄弟がいて、彼は眼科の医師だった。
玲は、葵が眼鏡を落とした時、とても瞳が綺麗でこいつ眼鏡はずしたらかなり行ける。そう思っていたので従兄弟にコンタクトの値段やら何やら詳しいことを聞いていた。 玲の従兄弟は 矢崎拓と言う名前でとなり町で眼科の医師をしていた。 まだ若かったので、開業医ではなかったが、大学病院で、働いていて時々開業医の先生が休む時、代行して診察をしていた。
明日は、開業医の先生が学会に出席するので代行でそこに行く事になっていた。
玲は、葵に夕方駅前のファーストフード店で待ってるから来て欲しいと言ってきた。
葵がそこに行くと窓側の席に玲は座っていた。
『葵。久しぶり。ちゃんと走ってたか?』
『うん。ちゃんと休まず走ってたよ。元旦はさすがに、休んで4日の日は少し道が凍ってたみたいだからやめたけど、他の日はちゃんと走ってたよ。』
『そっか~ 偉い偉い』そう言って玲は微笑んだ。
『なぁ 葵。明日俺にちょっと付き合ってくれない?』
『えっ どこへ?』
『それは内緒。けど変なところじゃないから安心しろよ。それとデートとか誘ってるわけじゃないから誤解するなよ』
『そんなのわかってるよ。玲君と私じゃ釣り合わない事ぐらい自覚してるし・・・』
『じゃさ12時半に駅で待ってるから』
『だからどこに行くの?教えてよ』
『葵のためになるとこだから俺を信用して付いて来いよ』
『う~ん。 わかったよ・・・服はなんでもいいの?』
『うん。今日みたいな感じで十分だから。 でも葵。お前がんばったよな~ 随分痩せたな。』
『うん。ありがとう。玲君のおかげだよ。最初はなんで?とか思ったけど、今は凄く感謝してるよ』
『いやいや。その必要はないよ。頑張ったのは葵だから。』
『ありがとうね。でもきっかけを作ってくれたのは玲君だからやっぱりそれには感謝だよ』
『そっか~ じゃぁ どうもどうも』玲はそう言って笑った。
こうして玲と葵はその日は別れ、次の日約束の時間に駅で会い、隣町の眼科に行った。
『すみません。矢崎先生の知り合いの中司というものですが、先生にお願いしてたんですけど。』
玲は、午前の診察が終了した病院で、受付の女性に言った。
『あっ 中司さん? 先生から聞いていますので診察室にどうぞ』
『はい。ありがとうございます。 葵行くぞ。』
そう言って玲は、葵の手を引いて診察室に入って行った。
『拓兄無理言ってごめん。 この子なんだけど』
矢崎は、葵に、『眼鏡外してみて』と言って診察して、視力検査もした。
そしてコンタクトレンズの処方箋を書いて渡してくれた。
『ありがとう』玲は、矢崎に礼を言って、葵をコンタクトレンズの専門店に連れて行った。
『葵。コンタクト作ってもらえよ』
『いいよ。だってお金も持ってないし、それに眼鏡のほうがこれからもお金かからないじゃない。コンタクトなくなる度に買うなんて無理だもん。』
『毎日コンタクトしろなんて言ってない。俺に会う時だけしてくれりゃいいんだよ。他の奴には葵の眼鏡外したところはみせたくないんだ。』
『何それ? どういう意味?』
『言葉の意味どおりだよ。俺は葵の眼鏡外した顔がみたいし、他の奴には見て欲しくない。そう言う事。お金は心配するな。今回は俺が葵のコンタクトにしたのが見てみたいという俺の勝手なお願いみたいなものだから、俺が払う。 なっ 頼むよ。』
『でも そんな・・・悪いよ』
玲は、店員にONE DAYの使い捨てタイプでお得なタイプでお願いします。そう言って処方箋を渡した。
『32枚入りというのが少しお徳になりますが、いかかでしょう?』
『じゃ それで1パックお願いします。』
『承知しました。ご用意致しますので掛けてお待ちください。』
店員はそう言うと処方箋を持って中に入って行った。
玲は、葵に『葵が俺とぶつかって眼鏡落とした時が前にあって、俺その時葵の瞳を見て綺麗だな~って思ったんだ。葵がもう少し痩せたら、一度コンタクトの葵を見てみたい。俺ずっとそう思ってたんだ』
コンタクトをした葵の姿を玲は見て・・・