6 夜の学舎
夜中になると、学園は深い眠りについたように静かだった。窓の外では、月が空を照らしていた。それといくつもの星が輝いていた。それ以外は、暗闇と静寂が広がるばかりだった。
八重の横たわるベッドの上もそれは同じだった。
(静かだ……)
ただ田所由依のシャーペンが立てているカリカリという音が、八重の耳に微かに聞こえていた。
(由依が今、宿題を移しているんだ。案外由依も真面目だな)
と八重は思った。
しかし、そのカリカリという音色はだんだんと小さくなって、ついには消えてしまった。
(眠ったか……)
そうなるとベッドの上の八重は、自分の呼吸の音だけを聞いていた。それは異様にはっきりと聞こえた。おそろしいほどの静けさの中に、自分の呼吸だけが生々しく響いて感じられる。それ以外には何もない。虚無だ。
八重はそう思ってはっと目を開くと、赤っぽく照らされた低い天井が目の前にあった。その上は棚になっていた。二段ベッドの一段目のようなものだった。しかし、まどろみの中ではそれはなんだか現実らしくなかった。
(もう夢の中なのか、まだ夢の外なのか……)
八重は、低い天井を見つめながら思った。
二月前まで、自分はこんな場所にはいなかった。二月前までこんな生活じゃなかった。今、わたしは自分らしくないところに置いてけぼりにされたみたいだ。
平穏な日常が奪い去られたみたい、そこにまったく異質の日常を押し付けられたような、そんな肌触りの悪さに悩まされた。
特に夜は心細くて、不安だった。
(それでも、わたしはここにいるんだ……)
八重は自分の居場所はここなのだと、心の中で繰り返した。
八重が薄く瞼を開いて隣を見ると、由依が机から乱れた髪のままむくっと起き上がった。
由依は、白地にピンク色の英文字が綴られた半袖のTシャツを、頭から脱ぎ始めた。
由依の背中の白い肌が、スタンドライトの赤らんだ光に照らし出されて、異様に艶めかしげに見えている。
細い手先が背中にまわり、不器用な手つきで、ブラジャーのホックが外されたところで、八重はなんとなく遠慮して、寝返りを打った。
反対側には、壁があるだけだった。
眠りの先には、いつもと違う明日が待っている。そう信じている。八重は失われた日常を求め、まだ手にしていない非日常を求めながら、今の生活からは一刻も早く抜け出したかった。
夜は不安だけれど、八重が求めている非日常に一番似ている。
八重の意識は度々、消えかかった。意識は行く果てのない旅をしているように、ふらふらと宙を彷徨っているのだが、突然それは見失った。そうなるともはや自分も他人も何もなかった。本当に何もない空中に放り出されたようで、自分が生きているのも忘れてしまった。そして八重は、静かな眠りの中へと落ちてゆくのだった。




