9 噛み合わない自己紹介
城崎はにっこりと笑うと、百合菜の方に向き直った。
「じゃあ、もっと自己紹介をしよう」
「はい」
百合菜は何を言おうか考えている様子だったが、すぐに口を開いた。
「こんな私ですが、どうか皆さまのお仲間に入れて下さい」
「うん」
城崎は生返事をして、その後も何か続きがあるのかと思って待っていたが、百合菜は黙ったままだった。しばしの沈黙の後、百合菜がちらっと城崎の顔を見つめてきたので、城崎はまさかとは思いつつも、どうやら、これで自己紹介は終わったらしいことに気づいた。
「……終わり?」
「はい。以上です」
城崎はやれやれと頭をかいて、百合菜に何か自己紹介めいたことを言わせようと、自ら色々な質問を浴びせることにした。
「仕方ないな、じゃあ、自分の性格を一言で言うと?」
「うーん。つかみどころがない性格ですね……」
「つかみどころがない性格……?」
「はい」
城崎は何と言って良いのか分からない顔をした。
「じゃあさ、夕紀の夢は何だ?」
「夢は、まだ思い描いたことがありません……」
「ふうん」
城崎はまたも困った顔で、百合菜の顔を見直した。
「それじゃ、どんな学園生活を過ごしたい?」
「普通の生活を送れたら、それだけで満足です……」
と百合菜が静かに答えたので、城崎はついに答えに窮した。
「なあ、ないのか、もっと。みんなに伝えたいこと……」
「伝えたいこと……」
「例えば、好きな食べもの、とかさ……」
「何でも頂きます……」
ますます城崎は不満げになった。
「嫌いな食べものは」
「特にありません……」
「そうか……」
実際、夕紀百合菜はあまり自分のことを喋りたがらなかった。この場においても、自己紹介らしい自己紹介もなく、曖昧な返事ばかりしているのだった。
城崎もついに諦めたような顔をした。あまり社交的な生徒じゃないだろうと踏んだらしい。そして城崎は、彼女を八重の隣の席に座らせることにした。
百合菜は八重の隣の席にゆっくりと歩み寄って、音も立てずに座った。音を立てずに生活できることが古来から美少女の条件なのである。
八重はその転校生の姿を見つめていたが、その百合菜が自分の方をちらりと見て、そっと会釈をしたのでちょっと驚いた。
八重はすぐに会釈を返そうとした。ところが八重が会釈をする頃には、百合菜は反対側に向き直って、馬顔の男子生徒に会釈をしていた。八重が会釈した先には、百合菜の後頭部があった。なんだか肩透かしを食らったようで八重は無性に恥ずかしくなった。