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04,震える程に愛の試練


「ぁぶぅ!?」


 いきなり大地に放り出され、数ヶ月単位で人間の手が入っていないと思われるボサボサの草原に、鼻っ柱から無防備に突っ込んでしまった。

 鼻だけでなく口の中にまで草と土の匂いが充満する。草をちょっと口にんでしまったらしい。


「うぅ、うう……」


 ここは一体どこ……ひぇッ。


「ゆっくりと、立ち上がりなさい」


 は、はい。そりゃあもちろん。

 目の前に濡れた様に光る刃物なんて振りかざされては、逆らい様も無い。


「ぁ、あの……あ、鳳蝶しゃん……?」


 ハンズアップしながらゆっくり立ち上がると、僕の視線に合わせる様に白刃もゆっくりと追ってくる。

 白刃を構えているのは、もちろん、僕をここまで連行した張本人、彩灯鳳蝶さん。いつもそのお腰にぶら下げている蝶々鍔の刀……ああ、刃の輝きだけで業物だってハッキリわかんだね。きっとコンクリだって木綿豆腐の様に切り分ける事ができるだろう。


 ……で……ここは……木造の校舎……って事は、旧校舎……の裏手、旧校舎裏か。

 放置されて伸び放題の草木が盛り盛りとしている。枝葉の天井に覆われた薄暗くひんやりとした草原……蛇の類が普通に潜んでいそうだ。

 新校舎の裏手と違って、煙草の吸殻が突っ込まれた空き缶のひとつも転がっていない。

 もしかしたら本当に蛇とか出るから、不良少年達も近寄らないのかも知れない。


「ここならば、邪魔は入らないでしょう」


 ……邪魔って、一体何をするおつもりでしょうか。


「貴方の【嘘】には業腹です。先程は腹立たしさの余り、危うくそのまま斬り捨ててしまう所でした。危ない」


 ぁぁ危ねェェェーッ……!!

 って言うか待って、嘘は吐いてないんだってば、僕は……


「感情的になり我を忘れてしまうとは……私もまだ未熟。ですが、ここに来るまでに少々頭が冷えました」


 頭が冷えたのなら、僕に突き付けたこの鋒をどうにか下げてはもらえないだろうか。

 実は僕は微妙に先端恐怖症な部分もありまして、尖ったモノを見てると眉間の辺りがムズムズと……おおーっと、鋒どころか刃を首筋に添わせてきますかそうですかー……眉間のムズムズは引いたけど冷や汗と胃痛が止まらない。これ僕、もう助からないんじゃあないかなーうん。泣きそう。


「……謀られていたとは言え、先程に言った通り、私は貴方のその泣きそうな顔、好きですよ。青ざめてプルプルと震える姿も、猫の集団に追い詰められた子ハムスターの様で愛らしい。今も、怒りの興奮の裏で、また別の興奮を覚えています」


 鳳蝶さん、ちょっとヤバい性癖をお持ちなのかも知れない。

 まぁ、僕の情けない姿が鳳蝶さんの利益になっていると言うのなら、釈然とはしないが嬉しい事だ。本当、釈然とはしないけど。


 ただマジで首筋にひんやりとした感触を提供し続けるコレだけはもう勘弁していただけませんか。

 冷や汗の出し過ぎで脱水&胃がストレス性の酸で消滅してしまいそうです。

 もうちょっとソフトめなプレイならノークレームなので切にマジで本当に助けて。


「ですが、貴方は私の事を好きではない」

「……ッ……!? そ、それは、違います……!」

「では、何故、あんな意味不明な申し出をしたのですか?」


 ……根本的な価値観の違いってもう如何ともし難いよね。

 僕は今、誰かと分かり合う難しさを痛感している。

 おそらく人類有史以来からの永遠の命題だろう、他者との完全なる相互理解。

 我ながら壮大な壁に直面してしまったものだ。


「……答えられない様ですね」


 ……唯一の答えを先程「理解不能、意味不明」とバッサリ斬り捨てられてしまった以上、もう僕にはどうすれば良いのかサッパリで……でも……諦める訳には……


「ぁ、鳳蝶さん! その……僕は……本当に……貴女の事が好きなんです……!!」

「耳に心地良くはありますが、合理性の欠片も無い詭弁は結構です」


 ひぃッ……ちょ、それ以上押し当てたら斬れちゃう、斬れちゃうからぁ!!


「本題を進めましょう。貴方は私をその気にさせた。これは紛れもない事実です。そうですね?」

「そ、それは、まぁ……」

「では、まずそれについて【責任】を取っていただきます」

「せ、せきにん……?」


 な、なんだか嫌な響きだ。


「私と婚姻を前提とした交際をしなさい。そして、どれだけの時間をかけてでも、先程の【嘘】を真実まこととしなさい」

「……ぁ、鳳蝶しゃん……!?」


 要するに、「好きじゃなくても良いからとりあえず付き合え、そして付き合っていく内に好きになれ」と……?

 ああ、鳳蝶さん、多分まだ頭冷えてないねこれ。

 よく観察すると、変なスイッチが入ってる人間の目をしている。妙な熱量を感じる、と言うか……暴走気味のエッセンスを感じる、と言いますか。


「私は貴方が好きになりました。もうその気なんです。二度とオフにできない感じのスイッチがオンになった感じなんです。貴方が私を謀ったせいで、私は恋熱に目覚めた。この責任を取るのであれば、妥当な提案でしょう。貴方は、精一杯を尽くして私を愛し私に愛され、二人揃って幸せになる様に努めるべきです」


 素敵な提案過ぎて感涙しそうだ。

 今の耳に幸せ過ぎる台詞を、刀抜きでもう少しまともな状況で言われていたら、僕はきっと喜びの余り弾け飛んでいただろう。

 本当に、こんな状況である事が恨めしくてしょうがない。


「ひ、ひとまず、話を聞いて、鳳蝶さ……」

「それとも死にますか?」


 暴走の余りか、容赦も慈悲も無いネ☆

 愛しさ余って憎さなんとやら、と言う心境なのかも知れない。


 とりあえず、だ。

 うん。僕がすべき事は決まっている。


 命乞いだ。


「か、勘弁してください……!」

「図に乗らないでいただけますか?」

「ひィッ……!?」


 もはや死にたくないと言う主張ですら烏滸がましいのですか……!?

 あ、いや、まぁ、鳳蝶さんの視点からするとそうかも知れないけど……誤解なのにぃ……!!


「雄大信市。貴方の行為は許されはしない。例え世界中の神仏が雁首を揃えて貴方を許せと啓示したとしても、私は決して許さない。許したくない。貴方は、絶対に吐いてはいけない嘘を吐いたのですから」

「だから、僕は嘘なんて……ただ……」

「……先程の意味不明な弁解の繰り返しですか。見苦しい。嘘を誤魔化すための嘘など」

「し、信じてよ! 僕は嘘なんて……」

「無理ですね。いくら容姿が平均より幼くとも、貴方は健全な男子高校生。だのにこの状況でその主張……有り得ない、自分で言っていて思いませんか?」


 とりあえず「男子高校生は皆どうしようもなく発情期だ」的な偏見は一旦捨てていただけないでしょうか。


 確かに……確かに、僕だってそう言う事に興味が無い訳じゃあない。


 むしろ……ああ、もう洗いざらい懺悔しよう。

 まだ一八歳未満だから本当は読んじゃあダメだったんけど、性的好奇心に抗えなくて……僕は、そう言う類の本を読んじゃった事がある。

 ええ、ありますとも。だって、こんな見てくれでも男の子だもん……!!


 ……でも違うんです……本当に違うんです……

 僕もどうしようもなく男の子だけど、それは健全な生理反応でしかないと言いますか。

 やっぱりその、性欲だけじゃあないって言うか……さっきも似た様な事を言ったかもだけど、エロ本とラブストーリーは完全な別腹と言いますか、ちゃんと素敵な恋愛をしたいと言う願望もあると言いますか……!


 そして、素敵な恋愛の始まりと言うのは、もっとこうキラキラしてるモノだと思う。

 男子トイレや荒れ果てた校舎裏で半ば脅迫めいた交際宣言からスタートだけは本当に嫌だ……!

 僕はもっとこう……もうちょっとだけで良いからこう……告白の瞬間って奴を、思い出したらちょっと小っ恥ずかしくなるくらい素敵なメモリーにしたいだけなのにぃ……!!


「さぁ、もう妙な抵抗はやめにしましょう。非効率的です。神妙に、かつ可及的速やかに、責任を取っていただけますか?」

「い、嫌だ……こんな形で責任を取る流れは絶対に嫌だ……!」

「…………そうですか。これは致命的な主張の相違ですね……こうなっては是非も無し。戦極イクサをしましょう」

「ッ……!?」

 

 ぃ、戦極イクサって……あの戦極イクサ!?

 正気か鳳蝶さん!? あ、目が正気じゃあない!!


「貴方も武士でしょう。今すぐ責任を取るか、私と戦極イクサをしてから責任を取らされるか、ささっと選んでください。ささっと。個人的な事情で申し訳無いのですが、実は私、少々気が短い方なのです」

「ッぃ……も、もう土下座でも何でもするから、まともに話を聞いてくださいッ!」

「大変愉快な提案ですね。では戦極イクサをしましょう。何でも、してくださるのでしょう?」


 ちょ、待っ……


「今、貴方はそう言いましたよ。それとも、また貴方は嘘を吐いたのですか……? ……それはそれは……」

「違ッ……」

「では、【戦極イクサ】成立ですね」

「ひッ」

「さぁ、きっちりと、形式に則ってやりましょう」


 そう言って、鳳蝶さんは刃を引き、数歩後退。

 僕から見て大体五歩ほど離れた地点に、その刃をサクッと突き立てて【戦場】の【中心点】を定める。


 ――戦極イクサの作法だ。

 小学生の道徳の授業で習う奴。中学高校の現代史や公民でも執拗な程におさらいがあるし学力テストにおいても頻出するので、僕みたいな成績中の半ばくらいな奴でもよく覚えている。


 戦極イクサを行うにあたり、まずは戦場の中心点を決める。

 その中心点が視認できる範囲が、全て戦場となる。

 戦極イクサの開始は、中心点から互いに五歩離れた場所から始める。


「じょ、冗談だよね、鳳蝶さん……?」

「私は、不必要な嘘を吐きません」


 相変わらず、溜息が出る様な美しい所作で、鳳蝶さんは五歩、中心点から距離を取った。


「私が賭ける望みは……そうですね、『雄大信市は可及的速やかに責任を取り、彩灯鳳蝶と婚姻を前提とした交際、心底より愛する様に生涯努める事』」

「!」


 戦極イクサ開始の前に「自分が勝ったら何を要求するか」を明確に提示する。これも作法だ。


「ッ……本気ガチなの……!? ねぇ!? 本気ガチなの!?」

「はい。私が勝ったらば、あの発言、決死の覚悟と必死の誠意を以て真実に変えていただきましょう。さぁ、さっさと貴方も宣言してください。貴方が勝ったら、私に何を要求しますか?」


 ……ダメだ。鳳蝶さんは、やる気だ。

 鳳蝶さんは嘘を吐かない。

 知っている。ずっと見ていた。

 彼女は発言の際に、決して本心を偽らない。少々直球過ぎる節すらあるほどに、彼女はいつだって本気の言葉を吐く。本気の言葉を吐いて、その言葉に決して矛盾しない。


 だからこそ、難物玉鋼。

 何があろうと歪む事の無い、真っ直ぐで頑なな鉄の塊。


「……ッ……!」


 ……戦極イクサは、一度挑まれれば、拒否する訳にはいかない。

 最悪の場合、家族や、自分を庇う友人知人にまで迷惑が及ぶ。

 向こうから取り下げてくれないと……僕は……


「ぁ、鳳蝶さん、僕は本当に……」

「くどい。……ならば、要求すれば良いでしょう」

「……へ……?」

「私の事が本当に好きだと言うのなら、自身の言葉に偽りは無かったとするならば、勝って要求すれば良い。『後できっちり告白し直すから、さっきの事は一旦無かった事にして欲しい』とでも」

「!」


 か、簡単に言ってくれるけどさ……鳳蝶さん、自分が何者かちゃんとわかってる?

 かの十勇士・彩灯将伍狼の子孫で、戦極イクサ道の名家でもある彩灯家の長女で、体育の授業ではそれらの風聞に違わぬ身体能力を発揮して毎回何かしら伝説を作る。

 僕は知っている、入学から一年間、未だに戦極イクサ道部の部員達が、ほぼ毎日の様に鳳蝶さんを勧誘している事を。部長や顧問まで直接出向き頭を下げるレベルで求められている事を。


「私は本気です。それに本気で応える事もできない様な不義の輩が『本当に』などと言う言葉を吐かないでください」

「ぅ……!」


 その理屈は……その通り、だけど……


 ……どうして、どうしてこんな事になった。

 途中まで、すごくハッピーな流れだったはずだのに……どうして……僕は、ただ、後悔しない選択がしたかっただけだのに……


 …………泣き言を、心中で吐き散らしている場合か。

 僕は確かに、自分でも自分が情けない程に軟弱で臆病者だが、愚劣であるつもりは一切無い。


 考えるんだ。僕が、今、すべき事。それは何か。


 戦極イクサは拒否できない。僕の我が身可愛さで、多くの人に迷惑をかけるなんて絶対にダメだ。

 そして、鳳蝶さんは戦極イクサの申請を取り下げてくれないだろう。彼女は今、明らかに正気じゃあない。どう考えても変なスイッチが入ってしまっている。


 何故、彼女が正気を失っているのか。


 それは間違い無く、僕のせいだ。


 僕が意地を張り、なおかつ、最初に選ぶべき言葉を間違えた。

 そのせいで、彼女を混乱させ、妙な勘違いをさせてしまった。

 本当はこんな無意味な戦極イクサなんてしなくても良かったはずだのに。


 何もかも、僕に原因がある、完膚無きまでの自業自得の末がこの現状。


 なら、どうすべきか。


 僕が為すべき事は何か。


 素直に謝って、意地も理想も捨てて、鳳蝶さんの手にキスでもしに行くか?


 本当に、それで良いのだろうか。

 一度張った意地を自ら踏みつけて、ヘラヘラと腰軽に振る舞う事が、果たして正しい事なのだろうか。

 僕の中にある「鳳蝶さんと素敵な恋愛をしてみたい」と言う理想は、その程度のモノだったのか。


 ……ダメだ。

 やっぱり僕は、どうしても、鳳蝶さんとの恋の始まりがこんな形なんて、認めたくない……!!


「………………僕が賭ける望みは、『彩灯鳳蝶は、雄大信市が自身へ好意を寄せている事を一旦忘れ、雄大信市の方から改めて告白するのを待つ事』」

「了承しました」


 もう、やるしかない。やるしか、ないんだ。


 半ばヤケクソ気味ではある。

 それでも、流石の僕でも、こればっかりは、譲りたくはない。


 ああんもう、涙が止まらないぞ。そして逆に笑えてきたよ。


 あはは、もうね、そうだね。あはははは。

 僕も何か変なスイッチが入りそう。


「では、名乗り上げましょう。当代【彩灯】本家長男、彩灯力道三の第二子にして長女、彩灯鳳蝶」

「当代【雄大】本家長男、故・雄大信秀(しんしゅう)の第一子にして長男、雄大信市」

「尋常に……勝負」


 生まれて初めての戦極イクサは、まさかの愛する人と。しかも、何の奇跡だか両思い。


 僕の目指すべき結末はただひとつ。

 ――どんな手を使ってでも、鳳蝶さんを傷付けずに、勝つ……!



 ………………震える程に難易度が高いんですが。



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