表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

17,武士道とは反省する事と見つけたり


 ――「辛いんなら、投げ出したって良いんだぞ」


 昔、父に言われた。


 ――「男の子はやんちゃなのが一番だけど、それ以外はダメって事じゃあないのよ?」


 昔、母に言われた。


 きっと、きっと昔から、僕はそう言う性分だったのだろう。

 自分で頑張ると決めて、自分から努力を始めて置いて、その苦労の原因を周りに押し付けて、たらたらと不満垂らしの顔をしていたのだろう。


 実際の所は、誰も僕に強制なんてしてこなかった。


 父も母も、推奨はしてくるが、強要はしなかった。

 いつだって決めていたのは自分だったはずだ。


 武士で在る事を選んだのは、僕だ。


 武士で在ると言う事は、戦極イクサを挑まれる可能性が存在する。

 それを承知した上で、そう決めたのは僕だ。


 だのに「僕は戦いたくないのに」などと、戦極イクサを挑んでくる鳳蝶さんや美求くんに対して不満を抱いていた。


 それはお門違いだった。

 二人共、僕が武士で在るから、武士が武士に対する当然のやり方を選んでいるだけだろう。


 おかしいのは、武士で在ると決めながら武士のやり方を否定する、僕の方だ。


 二人共、僕が武士で無かったのなら、こんな事はしていない。

 僕の選択が、決断が、この状況を作り上げた。


 だのに僕は、その責任を二人に押し付けるのか。


 ああ、なんて最高にカッコ悪い話だろう。

 それを指摘されるまで気付けなかった事にも、羞恥の念が湧いてくる。


 体は確かに小さいままだけれど、きっちり中身は大人になっているつもりだった。

 つもりでしかなかった。


 僕は未だに、自分勝手を振りまく小僧のままだ。

 身勝手な理屈に溺れて、つねちゃんを斬り付けた、あの時の愚かなクソガキのままだった。


「……無意味だね。この戦極イクサは。本当に申し訳無い気分だよ。外見だけで君を測ってしまった。外面から漂う美しさに、冷静さを欠いた判断をしてしまった」

「ッ……!」

「もう君に興味は無いが、戦極イクサ戦極イクサ。どう言う形であれ、決着は付けよう。さ、どうする?」


 どうする、と来た。


 それもそうだろう。

 美求くんはもう、僕に欠片の好意も無い様子だ。

 それほどに、完膚なきまでに、失望された。

 ……当然だよね。


 ここから先の戦極イクサ、美求くんは勝ちに行く理由が無い。

 僕と鳳蝶さんが応じれば、和議はなしあいを申し込み、形式的に勝敗だけを付けて、幕引きを図るだろう。


 ……僕は一体、どうすべきなのだろうか。


 このまま、終わらせて、本当に良いのだろうか。


 良くない、と思う。


 僕は、美求くんに言い返す言葉を持ち合わせていない。

 僕は、美求くんの言葉を、とても道理だと思った。実に正しいと思った。

 美求くんは、どこまでも正論しか吐いていない。


 僕は間違っていたんだ。

 そして、それを教え諭された。


 僕は半端で怠慢だ。そして、醜悪。


 ……それがわかったのなら、選ばなくちゃだろう。

 ぐうの音も出ない程の正論だと思うのなら、それに習うべきだろう。そこから学び、血肉と変えるべきだろう。


 半端を自覚したのなら改めろ。

 怠慢を自覚したのなら改めろ。

 醜悪を自覚したのなら改めろ。


 僕が選ぶべきは、どちらだ。


 考えろ、悩め、でも、ちゃんと【答え】は出せ。


 ……なら、決まっているじゃあないか。


「……僕は……こんな、僕でも……誰かに見損なわれたまま、終わりたく、ない……!」

「!」


 なりたいんだろう、父さんの様な立派な武士に。

 なりたいんだろう、譲り受けたこの刀に見合う男に。

 なりたいんだろう――鳳蝶さんの隣で、堂々と胸を張れる夫に――!!


 僕はこれから、今日ここから、武士になる。武士で在る。


「当代【雄大】本家長男、雄大信秀の第一子にして長男――雄大信市!!」


 産声代わりに、力いっぱい、叫ぶ。


 怠慢を、斬り捨てろ。

 自分だけを守るな。自分だけを可愛がるな。

 僕が本当に大切にしたいのは、誰だ。一番大事にしたいのは、誰だ。


 そして、その誰かを悲しませないために、選ぶべき道は――


「美求くん……いや、忌河美求! もう少しだけ、お付き合い願いたい!!」

「……ふぅん。じゃあ、来ると良い」


 美求くんが、ゆっくりと刀を構える。

 それに合わせて、周囲の土兵達も、腰を沈め、飛びかかる態勢を作った。


 鳳蝶さんは……何やら、向こうでぽかんとした顔をしている。


 ……きっと、鳳蝶さんが昨日からおかしかったのも、僕のせいだ。

 美求くんが言った様に、僕が無茶をすれば、きっと鳳蝶さんは僕を止められない。

 でも、僕が無理をする姿を見たくないと思ったんだ、思ってくれたんだ。

 だから鳳蝶さんは、僕を闘争から遠ざけ様とした。


 武士に相応しく無い僕でも、愛してくれると、決めてくれたんだ。


 それだのに、良いのかよ。

 ()は、そんな素晴らしい人に、いつまでも「可愛い」と言われるだけで、満足できんのかよ。


 できる訳ないよ。

 叶うならば、「格好良い」と、僕は言われたい。


 じゃあどうするべきか、決まってるよなァ。


 ああ、勿論、すべき事は単純明快だ。


 格好良い事を、すれば(りゃあ)良い。


「……どうしたのさ。この期に及んで、刀は抜かないと言うのかい?」

「そォだよ」

「!」

「僕はやっぱり、自分を信用できない。だから刃は抜かない。これは、僕が決めた事だ」


 僕は過去に、刀を抜いた事で大事な人を二度も傷付けた。

 もう何があろうと絶対に抜刀はしない。

 もし、俺がこの手に抜き身の刀を握る日が来るとすりゃあ、それは僕が俺を完全に信用できる様になった時だ。


 今はまだ、そうじゃあない。残念ながら、そうじゃあねぇ。


 だから「仕方無く」なんて思わない。

 こうして、刃を抜かないのは、仕方無くなんかじゃあねぇ。


 僕が選んだ。俺が「こうして戦う」と決めた。


 こいつは、妥協なんかじゃあねぇ。


 ひとつの【答え】だ。

 胸を張って表明できる、僕の矜持スタイルだ。


「美求くん。僕は、君を必要以上に傷付けたいとは思わない」


 刀を抜かねぇ分、苦戦はするだろぉな。

 僕は苦労し、傷付くだろう。

 あぁ構わねぇ。多少の痛みは、耐えてやる。

 傷を心配されない様に、見栄も張るよ。


 そう、決めた。

 それがきっと、武士として格好を付けると言う事だ。


「僕はこの戦い方で、テメェに勝つんだよォ!!」


 ……何だろう。

 体に何時もより力が漲っている気がする。血が、筋肉が、熱くなっている気がする。

 アスリートの方々の話を聞いていると、身体的パフォーマンスには心境がモロに出るらしいけど……戦うと決めた僕の意思に、体が応えてくれているみたいだ。

 悪くねぇ、いや、最高の気分だね。


「……ああ、君のその目、発想が透けて見える……!! 何を考えているのかが不思議とよくわかる!! それほどに強い意思を宿している目だ!! 甘い、甘え腐った考え方だ!!」


 美求くんのテンションが、急に跳ね上がった。

 ……ちょっと吃驚した。


 でも、その驚きがどうでもよくなる変化が見えた。


 美求くんの目から、侮蔑の色が消えた。


「だがッ、良い!! そうだ、刀傷を受けてもどれだけ痛くても強がって格好付ける!! それが武士だ、武士としての【意地の通し方】だ!! 素晴らしい!! 素晴らしいよ!! あっと言う間に、君はただの醜悪なわがまま小僧から、小さな武士へと成長した!!」

「ちょっとタンマ。その『小さな』は今必要だったのかな!?」

「ああ必要だとも!! やはり君は美しい!! 自らの間違いを認識すれば、即座に正すその即応力!! それこそが子供の秘める【未完成】と言う美しさだ!! 【可能性】と言う美しさだ!! これだから子供は最高なんだ!!」

「子供扱いはやめてくれないかな!?」


 どうやら暫定的に見直してもらえた様だけども、その評価には不服を表明せざるを得ない。

 ふざけんなよテメェコラ。そのイカした面の皮剥いでからぶっ殺すぞ。


「それは土台無理な話!! 君の眼差しは武士のそれとなったが、全体的にはまだまだ可愛らしいのだから!! むしろ、眼差しと体格のギャップが新たな可愛さ=美しさの扉を開いた感すらもあァる!! いやはやだがしかし、先程『醜い』と評した言葉に関しては、武士として二言を恥じながら謹んで撤回しよう!! 我が好敵手にして最愛の君、雄大信市!! 信市くゥん!! ボクはやはり、君が欲しいぃぃぃ!!」

「その撤回も嬉しいけど!! 一番撤回して欲しいのは子供って言う認識なんだァァァーー!!」

「歳相応に背を伸ばしてから言い給え!!」

「それも正論だよ畜生め!!」


 これから毎日牛乳飲むもん!!

 市姫いつきの分もお構い無しでイってやるぜおぉい!!


「ふふ、ふはははは!! 聞いたかい鳳蝶ちゃん!! これが君の愛した旦那の本性だ!! いや、まだ隠している部分はある様に見えるが……今はここまででも十二分!! ボクが確認したいものは、そして可能ならば是正したいと思っていた案件は完遂された!! ここからはもう君とボクの間に約定は無い!!」

「約定って何!?」


 二人で何か共謀してたの!?


「さぁ、真に三つ巴の戦極イクサを始めよう!! 三者三様の望みを賭けて!! 行斬いざ行斬いざ行斬いざ行斬いざ行斬いざ!!」

「ッ!!」


 四方八方、土兵達の濁流が、来る。

 美求くんがそれに合わせて後退、僕から距離を取るつもりだ。


 ――させるかよ。一度戦うと決めた俺を、ナめんじゃあねぇぞ。


「づあぁらァァァァ!!」


 全力で、地面を叩く。

 グラウンドってのは、表面を平にするために上からたっぷりと圧力をかけて整地してやがるもんだ。

 つまり、地表に露出している押し固められた土層は、ある程度しっかりしてる。


 そいつを全力でぶっ叩けば、そこにできるのはクレーターだけじゃあねぇ。

 硬いもんは割れる!! 道理だよなァ!!


 そっちが地面を味方に付けるってんならァ、こっちはその地面も砕くまでだァァ!!


「ッ、お、わぁ!? お、おいおいおい!? 流石に馬鹿力って次元じゃあないぞ!?」


 ぎゃはァ!! 地割れに足を取られてる間抜けが何か言ってらァ!!

 ついでに地面を叩いた衝撃圧で土くれ共も吹っ飛ばされてくれて一石二鳥ってなァ!!


 よし、土兵の第二波が来る前に、行こうッ!!

 全力で、跳ぶ。気分的には飛ぶくらいの勢いで、地面を蹴り飛ばす。


 踏撃スタンプの衝撃で地割れが広がるくらいに全力で、駆ける。


 美求くんの懐に飛び込むまで、一瞬だった。

 さっきも感じたけど、今の僕の体は、何だかよくわからないけど何時もより力が漲っている。

 今の俺にゃあやってやれねぇ事はねぇ、そんな風に思えちまうくらいにハイって奴だ。


 イケる。


「ごめんね、美求くん!! 今からテメェを思いっきりブン殴るぜェッ!!」

「え、ちょ、何その悪い顔!? 何か一瞬でキャラが変わッ」

「後で教えてくれや、雲の味って奴をよォォォ!! 舌を噛むと危ないから、歯を食いしばってね!!」


 美求くんの顎……を狙うと、流石に死にかねないし俳優業に支障が出るかもだから、そのよく鍛えられたドテッ腹に、天火刀の鞘を、全力のアッパースイングで叩き込む。


「僕はさっきも言った通り、君を余計に傷付けるつもりなんてないから、可能な限り手加減をして全力で行くぞ死ねや美求ォォォ!!」

「君なんか色々とカオしゃぼべらァッ!?」


 そして、振り抜く。


 ……あ。

 ……あれ、何て言うんだっけ、戦闘機が亜音速に入った時に出る円形の雲。

 ベイパー……なんとか。ベイパーコーン? だったかな? とりあえずそんな名前の奴。

 一瞬、天へと登っていく美求くんの周囲にそれが見えた気がする。


 ……………………よっ、と。


 とりあえず、落下してきた美求くんの体を受け止める。

 白目を剥いててもそれなりに格好良く見えるってイケメン補正すごい……よし、息はあるね。良かった。

 イケメンにあるまじき声を上げて空へと飛んでいったから一瞬「力を込め過ぎたか!?」とヒヤッとした。


 土兵達もサラサラと土砂に戻り始めたし、美求くんはKOと言う事で大丈夫だろう。


「ふぅ……どうにか、なった……」


 さて……美求くんをゆっくりと地面に寝転して……と。

 残るは……未だに呆然とした様子でこっちを見ている、鳳蝶さんだ。


「……ダーリン。それで、本当に良いのですか?」


 それで良いのか……ね。

 まぁ、当然、僕と美求くんのやり取りは聞いていただろう。


 その上で何を確認しているのかと言えば、当然、僕が今、ここで決めた事。


「勿論」


 僕が決めた事なんだから。


「ごめんね、鳳蝶さん。変な気を使わせちゃって。情けない奴で、本当にごめん」

「はぁ……まぁ、それが貴方の魅力でもある、と考えていましたので。別段謝意は要りません」

「……じゃあ、情けなくない僕は、ダメかな」

「そうですね……内面的な可愛さが薄れる、と言う点に関しては、少々勿体無くは思いますが……まぁ、見た目は相も変わらず愛らしいですし、それに何より……」


 そう言って、鳳蝶さんは小さく口角を上げて、小さく、本当に小さく、されど彼女に取っては最大限で、微笑んでくれた。


「今の格好良い貴方も、存外、悪くはありません」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ