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13,悩める小動物


 ――戦極イクサ道。戦極イクサを競技化したスポーツ。

 その発祥は四〇〇年以上も昔、まだ日本国が群雄割拠の様相にあった厭壌百邪あづちももやま時代。後に日本国を統一する特我環とくがわ家重臣衆【十勇士】の一柱、彩灯さいとう将伍狼しょうごろうが考案した特殊形式での戦極イクサが原型となっている。

 当時は竹で作った模造刀、いわゆる竹光たけみつを用いて行われていたと言う。


 その誕生の背景として「群雄割拠の時代も末期、一大勢力となっていた特我環は周辺大名が成した大連合と単独で闘うと言う四面楚歌の局面にあった」事が挙げられる。

 それは特我環に取って苦しい戦いが続いた頃。

 疲弊していった特我環勢力の雰囲気は刻一刻と悪化を重ね、内部でも衝突が絶えない日々が続いていた。

 家臣同士で揉めに揉めて戦極イクサ沙汰がザラになり、当然真剣勝負なのだから負けた方は良くて重傷、死者が出るのは日常茶飯事。

 特我環勢力は、愚かしくも内々で戦力をすり減らしていたのである。


 ただでさえ外の敵が脅威だのに、内部抗争で自壊の一途を辿っている場合ではない。


 そこで将伍狼が提案したのが、間違っても生命を奪わない形式で行う戦極イクサである。


 本来ならば、長き歴史の上に築かれ完成された戦極イクサの形式にケチを付ける様な行為、許されるはずがない。

 それでも将伍狼は特我環の自滅を防ぎたい一心で、十字に腹を切る覚悟すら表明し、特我環当主にこの特殊な形式での戦極イクサの発布を進言した。


 将伍狼の意気を買った特我環当主はその提案を受け入れた。

 そして「あくまで苦しい戦局を乗り切るための【戦時特例】としての一時的な措置」と言う名目で、揉め事の際には特殊形式――竹光を用いた安全な戦極イクサを行う事を領内全域に発令したのである。


 これが、戦極イクサ道の始まり。

 日本国統一後、この特殊形式の戦極イクサが武人や子供らの間で趣味道楽のひとつとして広がっていった事で、スポーツとしての戦極イクサ道に発展していったのだ。


 ――と、まぁ、歴史の教科書のピックアップ豆知識的な小欄に載っている様な戦極イクサ道の知識はさておき。


「正直、僕……格闘技系は見るだけも苦手なんだよなぁ……」


 放課後突入の合図チャイムを聞きながら、机に突っ伏して、ついつい盛大に溜息。


 僕は基本的に格闘技は見ないし、球技でも闘球の試合風景とか直視できないタチだ。

 嫌い、と言う訳ではないと思う。

 必死に己を研鑽し、ひたむきに勝利を目指して猛り狂う選手達の姿や気概には、「格好良い」と言う感想を抱くから。


 ……ただ、誰かが傷付いたり、血を流したり、倒れ伏してしまったりする様は……嫌が応にも、昔の記憶を引きずり出されてしまう。

 体育の授業で軽くやる程度ならともかく……部活動の場、本気で身体と身体をぶつけあう場合、生傷も流血も、そして崩れ落ちてしまう事も、決して珍しい事ではない。

 要するに、僕は格闘技系の種目を主とする部活動とは、絶望的に相性が悪い。


 そんな僕に、無邪気そうな快活後輩から戦極イクサ道部見学のお誘いが着てしまった。


 ……戦極イクサ演武とかは平気なんだけどねぇ……

 終刕うち戦極イクサ道部と言えば、演武競技の方はからっきし評判を聞かない。実戦競技では本州大会とか出場しちゃう強豪の一角らしいけど。

 おそらく、部の気質として実戦競技偏重なのだろう。

 芸術競技の側面が強い演武よりも、実戦の方がわかりやすく取っ付きやすい。なので、その気質も理解できなくはない……が、ぶっちゃけ、まったく見学に行く気にはなれない。


「……でも……」


 ――「今日の放課後はあの全国常連の棲朧賀大附属との合同練がありまッスァ!! 混成チームでの紅白戦とかもやる予定らしいんで見学に来てもらうにはバッチの日だと思うッス!! どうか見学だけでもよろしゃあッス!!」――


 ……天佐居くん、熱心だったなぁ……


 強い人間は即戦力になるのはもちろん、一緒に練習すれば得られるものが多い。

 人間とは影響されやすい生き物だ。普段は低体温でも祭りの活気にあてられて笑顔が増えちゃったり声のトーンが若干上がる人がいる様に、周囲のテンションにいとも容易く染まる。

 部員の実力平均値が上がれば、それ以前よりも練習のクオリティが向上し、真面目に取り組む者は高確率で上達を果たすだろう。

 部全体の事を考えるのならば、実力者の勧誘は自然な事。


 ……問題は、その勧誘対象が僕と言う事だ。

 まぁ、確かに、身体能力に自信が無い訳ではないよ?

 父との特訓の成果と、継続している自主鍛錬の成果だ。決して過小評価するつもりはない。そんな事をしたら父に失礼だ。


 僕はそれなりに運動ができる。

 身体能力検査では毎回全種目、光良よりちょっと上だし。……身長・座高測定? そんな項目はこの世に存在しないよ?

 とにかく、数字にも裏付けられている以上、謙遜の必要は無い。

 単純な身体能力に関して、僕は優秀な部類には入れると思う。


 でも、ただ走り回るだけならともかく、戦極イクサ道は格闘技……見るだけでもうへぇだのに、やるとか絶対に無理。試合中にストレスで胃袋もろとも吐瀉としゃる可能性が高い。


 武道と言うのは肉体面フィジカルだけでどうこうなるモノじゃあないはずだ。最後にモノを言うのは、心意気。古くからスポーツは根性だと相場が決まっている。

 正直もう格闘技と聞いただけで顔を顰める様な状態の僕が、戦極イクサ道部に入っても、何かの役に立てるとは思えない。


 しかし……これで僕が見学に来なかったと天佐居くんが知ったら………………まぁ、おそらく怒りはしないだろう。ただ、第一印象からして……きっと彼は、自分の誘い方が悪かったんだと自責を抱え込むタイプな気がする。


「大体何を考えているか想像付くが、そんなに悩むくらいなら、もう無心呆然と何も考えずに見学と言う名の座禅でも組んでくれば良いだろう」


 呆れた様子で僕を見下ろすのは、既に帰り支度バッチシの光良。

 光良も僕と同じ帰宅部だ。家の方角がひたすら真逆なので、寄り道で遊びに行く時以外では一緒に帰る事は無いけど。


「……光良もついてきてくれたりする?」

「是非ともそうしてやりたい所ではあるんだがな……すまない。生憎、今日は家の付き合いがある。……正直、蟻の行進行列でも眺めている方が楽しい次元の会合で、非常に気は進まないのだが……流石の俺でも、家の面目を丸潰しにする訳にはいかん」


 朱日あけち家は彩灯家ほどではないけど格式が高い。

 将来的に家を継ぐ光良は、その前に御両親の持つ繋がり(コネクション)をある程度は引き継いで大事にしておかなくてはならないのだろう。

 鳳蝶さんもそうだけど、光良も大変そうだなぁ……


「そっか……そっちも頑張ってね」

「ああ。お互いにな」


 軽くハイタッチをして、そのまま挙げた手を左右に揺らしてバイバイ。光良の背中を見送る。


「随分と元気がありませんね」


 不意に、僕の頬っぺにゆっくりとめり込む細くてしっとりとした何か。

 ……鳳蝶さんの人差し指かな。感触だけでわかる様になってきたと言うか、僕の頬を何の脈絡も無しにつついてくるのは市姫か母か光良か鳳蝶さんくらいだ。


「鳳蝶さん……相変わらずいつの間に……」

「つい今しがた」

「……気になっていたんだけど、何で鳳蝶さんって僕に近寄ってくる時だけ気配を殺してくるの……?」

「それについては私も考え、そして答えを得ました。おそらくマイリトルハムハムダーリンに接近する時の興奮を、戦闘時の高揚と同質のものだと肉体が勘違いしているのだと思います。今までの人生、稽古で死にかけた時くらいにしか、ここまでの興奮をした事がありませんでしたから」


 人は死に瀕していると自覚すると、意思に関係なく身体を過剰に奮い立たせる。後の事を気にせずに身体を酷使するため、興奮であらゆる感覚を麻痺させる。そうする事で僅かにでも身体的パフォーマンスの精度を向上を計り、目前の危機を乗り切るべく全力を尽くすための本能的機能だ。

 よくわかる、と言うか割と親しみを覚える程度には馴染み深い生理現象である。

 で、鳳蝶さんは今までその手の興奮しか味わった事が無かったから、興奮=戦闘時と身体が錯覚してしまい、実に忍者らしい気配遮断技能が発動してしまう、と。


 ……僕に近付くだけで瀕死体験並の興奮してるのこの人。

 嬉しい事ではあるけどほんのり恐い気もする。


「して、話を戻しますが……さては昼休みの後輩からの申し出に関してお悩み、ですか?」

「うん、ご明察」


 流石は鳳蝶さん。


「……マイリトルハムハムダーリンは、荒事や荒事を連想させる事が、嫌いなのですか?」

「へ?」

「私との戦極イクサの時にも、スタイルだ何だとしょうもない誤魔化し方をしていましたが、刀を抜く事を極端に渋っていたでしょう。戦闘行為どころか、まともな戦闘準備すら忌避していると感じました」

「あ、ああ……うーん……嫌い、と言うより、あんまり、物騒なのは好きじゃあないと言うか……」

「故に、戦極イクサ道についても、余り良い印象が無い」

「いや、戦極イクサ道自体は格好良いと思うよ。すごく。……でも、何と言うか……あんまり関わりたい世界ではないと言うか……」

「………………………………」

「……?」


 どうしたんだろう、鳳蝶さん、僕の顔を凝視したまま固まって……何かを考え込んでいる……?


「……成程。踏み込んだ事情はわかりませんが、とにかく込み入った事情がある事だけは把握しました。……はい。ハッキリしましたとも。私の取るべきハニースタンスが。もとい、私達の【付き合い方】の正答が」

「はい? はに……何て?」

「さぁ、マイリトルハムハムダーリン。帰りましょう。真っ直ぐ、自宅へ」

「ちょ、へあッ」


 な、何故いきなり僕の後ろ襟を掴み上げるのかな!?

 光良も気軽にやるけど僕は猫じゃあないんだよ!?

 って言うかマジで何でいきなり……


「ご安心を。車道側は私が歩きます。早速徹底しましょう。昨今は男女の性差など些事。くだらない事を言う者は多少いるかも知れませんが、恥じる必要などありません」

「は、はいぃ……?」


 シャドウが何? え? 競技ダンスでもするの?

 ってか、ちょ、本気でこの状態のまま帰る気?

 これ一緒に帰るって言うか持ち帰られているって感じなんですけど?

 あと、帰りましょうと言われても天佐居くんの件がまだ解決してなってああああああ相変わらず足速いぜ鳳蝶さん! このままだと校域から出てしまうまで一分も時間が無い!!


「鳳蝶さん!? ねぇ!? 何? 急に何のスイッチが入っちゃったのこれ!? ねぇ!?」

「スイッチ……そうですね。強いて言えば、守護者スイッチでしょうか」

「守護者って何!?」

「ガーディアンです」


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