1話 綺麗な華と汚い妄想
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」と奇妙な喚き声が穀倉地帯的なところに響き渡った。
見渡す限りの金。それはまるで金色に輝く絨毯の様で、その上を蜻蛉に酷似した昆虫の群れが不規則な軌跡を描く。
日本でいう田んぼの様なところのど真ん中にいた。俺の周りはUFOの様なサークル状、いわゆるミステリーサークルのようになり、稲が潰れていた。
そんな事より、だ。
俺は確かに死んだ。あの高さから落ちて頭をぶつけたのにこんな元気な筈がない。
なのに何処だここは? おい、何処なんだよ! 誰か!
かっさーん、とっさーん、教えてぇぇぇぇ!
勿論俺の心の叫びは誰にも伝わることはなかった。
父さんと母さんで思い出したが俺はインフルエンザではなく階段での落下で死んだ。
なんて悲しいのだろう。思ってもみないことで死ぬとは...…
好きな人の為にここまで血の滲むような努力をしたのに……
告白する前に俺は死んだ。今までやってきたことは全て泡となって消えたのだ。悲しすぎる。誰か慰めてくれてもいいんだよ。俺のこと……少し話が逸れたな。
それよりここはどこだ?
俺は死んだはずだろ。もし死んでなくて、目が覚めたとしても病院だろう。ということは天国か地獄か、まさか..….異世界‼︎
この展開、ヲタクなら1度は憧れた筈だ‼︎
先程までの虚しさ、不安感はすっかり消え、俺は少しワクワクしていた。
【勇者と魔王】その言葉に俺は凄く憧れていた。そんなことを考えている時だった。
「大丈夫かい? 怪我はないがぁ?」
優しい口調のおじいさんが心配してくれたらしい。おそらくこの田んぼの所有者だろう。
「す、すいません! おじいさんの稲を潰してしまいました!」
俺は稲を痛めてしまったことを謝る。
俺が故意にやった訳では無いとは言え、自分の財産とも言える稲を台無しにされたのだから怒るのは当然だろう。
罵声を浴びせられる、と身をすくめていた。
「いや大丈夫だぁ。それより怪我の方心配だから町連れて行ってやるばい」
おじいさんの声は怒りを噛み殺した様ではなく、本心から心配してくれているようだ。
な、なんて優しいおじいさんだろうか。稲より俺の怪我を心配してくれた。
そして町にも連れて行ってもらえるらしい。これはこの世界を知るチャンスだ。
いよいよ俺の異世界転生物語が始まるらしい。自分が今ラノベ主人公であることを深く噛み締めたのであった。
町に行くのだから、ましてや俺は怪我人なのだから、荷馬車とかそんなので連れて行ってくれると思っていたら、まさかの徒歩だった。怪我人を歩かせるのかよ(大した怪我でないとは今更言える訳ない)
町に行く道中に生えている花はどれもものすごく綺麗であった。花びら1枚1枚が違う花や眩しすぎて見えない花、空中に浮いて空の色と同化する花など全て見る花が初めて目にしたものばかりであった。
「おじいさん、ここの花は綺麗なものばかりですね。誰が手入れしているんですか?」
おじいさんはさも自分が綺麗だと褒められたかの様に嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん儂じゃよ。へへへ、驚いたか! 儂ももう歳でな、暇を持て余してしまってな。色々なところに行ってとってきた珍しい花を育てているうちにな、こんなに増えたんじゃよ。」
すげぇ爺さんだな。思わず関心してしまった。色んなところに冒険か…多分俺より身体強いわ。インフルエンザかかっても絶対1日で治しそうだ。
そして俺はヲタクとして、いや、将来世界一の強さを手に入れる者として、おじいさんに聞かなければならないことがある。
「この世界にはやっぱり魔王とか魔獣とか魔物、いるんですよね! そしてそれを倒す勇者とか冒険者も‼︎」
「勿論じゃぁ。毎年田んぼが荒らされるんじゃよ…おめぇ、今更なに言っとる!」
なんて言われるんだろうな。頭の中で妄想をしまくっていた。
異世界で、定番の悪者【魔王】を倒す者、そう、【勇者】に俺は憧れていた。
こっちの世界に転生されたということは神は俺に何らかを求めているということであろう。
いや、後々分かることだ。
急に魔物が出てきて、
「ぐ、ぐわぁ! ま、魔物じゃけ! 逃げるぞい!」
「ふっ、心配しないでください。実は俺は勇者になる者。これぐらいッ‼︎」
とか憧れるからまだ言わないでおこうか。
取り敢えず、今はこの綺麗な風景を目に焼き付けておこう。これから血に塗れた戦いを繰り広げるんだから。