<12>
放課後、言われたとおりに教室で待っていると、約束通り一晃君が迎えに来てくれた。
「待ったか?」
「ううん、そんなにも待ってないよ」
「そうか」
当たり前のように一晃君に手を取られて廊下を一緒に歩き出す。やっぱり一晃君の大きくてゴツゴツした掌は、温かくて安心する。私、こんなに幸せで良いんだろうか。
緩みそうになる頬をなんとか引き締める努力をしていると、一晃君は玄関へと向かわずに、なぜか西棟へと向かっている。
「一晃君? 帰らないの?」
「朝に言っただろ。理由を話すって」
そう言えばそんな事を言っていたなと思い出す。あの後すぐに一晃君が鼻血を出したりで、すっかり忘れてしまっていた。
大人しく手を引かれてたどり着いた場所は、なぜだか生徒会役員室だった。
一晃君は当然のように扉を開けると、私を引っ張って中へと入っていった。
初めて入った生徒会役員室は、色んなものがそこら中に雑多に置かれていて、部屋の大きさの割には狭く感じられた。そして数人の生徒がそこにいたのだった。
「おぉう!? もしかして、その子が例のお姫様?」
来客用のソファーだろうか、そこに座っていた男子生徒が立ち上がって私たちに近づいてくる。金に近いほどに脱色された髪にはいくつかのピンが刺さっており、制服も着崩されている。だけどそれが彼に似合っているのは、彼が俗に言う「オシャレ男子」というやつだからだろう。以前、ユウちゃんがクラスメートの男子を憎々しげにそんな風に言っていたから間違いない。
「はじめまして、八嶋姫子と申します」
挨拶は全ての基本だと、小さい頃からお母さんに言い聞かされてきた。なので初対面のオシャレ男子さんに向かって挨拶すると、彼は少し釣り上がり気味の瞳を大きく開いて驚いている。なにか粗相をしでかしたのかと不安になり、助けを求めるように一晃君を見上げると、彼はなぜかオシャレ男子さんを威圧するように睥睨していた。ちなみにオシャレ男子さんは男子にしては背が小さく、ユウちゃんより少し高いくらいだった。
「うっわー! うわー! すっごい真面目な子じゃん! それにちっさくてカーワイイね!」
そう言うといきなり私の頭を撫でようとしたので吃驚した。思わず後退ると、一晃君がオシャレ男子さんの頭を片手で鷲掴みにした。
「おい、誰の許可があって姫子に触れようとしている。言ってみろバカガキ」
「イッテェ! ちょっ、マジで痛いからやめてよー! わかったから、触らないから離してよ!」
本気で痛がっているようなので離してあげないとと思っている間に、今度は別の人に声を掛けられた。
「はじめまして、八嶋さん。僕は二年の翡翠道昂樹。副生徒会長をしている」
柔和な顔付きの物腰穏やかな男子生徒が、私に向かって手を差し出してきた。つられて私も手を差し出しながら挨拶を返すと、翡翠道先輩は微かに目尻を下げた。
「どさくさに紛れて勝手に姫子と握手してんじゃねぇぞ、昂樹」
今度は翡翠道先輩の手首を捻り上げる一晃君に青ざめる。
「やや、やめて一晃君! なんでさっきから、そんなに乱暴なことするの? なんだか変だよ?」
私が一晃君の制服の袖を必死に引っ張ると、渋々といった風に翡翠道先輩の手首を離してくれた。有無を言わせず突然乱暴な振る舞いをする一晃君は、まるで出会った頃の彼に戻ったみたいだった。私をからかう幼稚園児を蹴散らした、あの傍若無人だった一晃君に。
「スッゲ! あの会長を一発で大人しくさせるとか、姫ちゃんマジヤバじゃん!」
先程頭を鷲掴みにされていたオシャレ男子さんが興奮した様子で言った。
「一晃を煽るのはやめろ、陽真。それよりお前もちゃんと自己紹介しろ」
促されたオシャレ男子さんが、クシャクシャになった髪の毛を整えながら私に向かって名乗ってくれた。
「オレは一年の琥珀川陽真ってーの。同級だから、ハル君って呼んでいいよ姫ちゃん」
「あ、はい」
頷くと、頭上から一晃君が唸るように「気軽に姫子の名を呼ぶな」と言った。それに対してハル君は「会長って案外器小さいんだねー。そう思わない、姫ちゃん?」と同意を求められたので、非常に困った。
「あの、一晃君は私なんかとは比べ物にならないくらい、器の大きな人なんです。だから、あの……できれば、一晃君のことを悪く言わないでくれたら、嬉しい……です」
初対面の人にこんなことを言っても良いのかと迷いながら言っているせいか、段々声が小さくなってしまう。
「なるほど……これは紅玉堂の言う通り、一種の洗脳だな」
副会長の翡翠道先輩が感心したように言った。何のことだろうかと翡翠道先輩の方を見ると同時に、背後で勢い良く扉が開かれた。
「すまん! 遅れた!」
紅玉堂先輩と、昼休みによく先輩の隣にいた可愛い女子生徒が現れた。
「あー、姫ちゃんじゃん。もう体ヘーキ?」
初対面ではないとは言え、可愛い女子生徒と私はまともに会話を交わしたこともなければ、私は彼女の名前も知らない。でも相手はそうではないようで、ヒラヒラと私に向かって友好的な雰囲気を醸し出しながら手を振ってくる。
「おい、サキ。八嶋さんが困っているだろう。ちゃんと挨拶しなさい」
意外なことに翡翠道先輩が助け舟を出してくれた。サキと呼ばれた可愛らしい女子生徒は、翡翠道先輩に向かって舌を突き出してあっかんべーをしている。口調からして親しい間柄なのは、なんとなく理解できた。
「お兄ちゃんがうるさいから、自己紹介するね。あたしは翡翠道咲子って言うの。姫ちゃんと同じ一年だよ。よろしくねー!」
「よろしくお願いします、翡翠道さん」
なんと、翡翠道先輩と彼女は兄妹らしい。チラリと先輩と見比べるが、全く似ていない。
「翡翠道なんて硬っ苦しいのナシナシ! あたしのことはサキって呼んでよ。あたしも姫ちゃんって呼ぶし」
「はい……では、サキちゃんで」
「オッケー!」
なんだろうか、このフワフワとした軽い空気感。サキちゃんは相対する人間の重力に、何らかの作用を及ぼす能力でも持っているのだろうか。
またも一人で独考を始めていると、頭上から一晃君が翡翠道先輩に話しかけた。
「虎次郎はどうした」
「あぁ、今日は部活のミーティングがあるらしくて、抜けられないと言ってたよ」
「そうか。なら仕方ねぇな」
一晃君は私の背中を押してソファーへと座らせると、自分は私の隣へと座った。翡翠道兄妹、紅玉堂先輩は向かいのソファーへ。ハル君はパイプ椅子を引っ張ってきて背もたれを前にして、跨るようにして座った。
生徒会の人たちと何ら接点のない私は、この中で異様に浮いているように感じた。それにしても一晃君は一体どうして私をここへ連れてきたのだろう。
「あー……なんだ、どこから話せばいいか分かんねぇな……くそ」
珍しく言いよどむ一晃君に目を丸くしていると、向かいに座っていた紅玉堂先輩が朗々と声を上げた。
「一晃、貴様が言い難いと言うならば、この私から説明しよう」
ユウちゃんがお侍さんの真似事をしているのならば、今の紅玉堂先輩はまさに武士そのものと言った雰囲気だった。毎日昼休みに私の前に現れて、あれこれと警告しに来ていた、いかにも良いところのお嬢様といった雰囲気の先輩はどこに言ったのだろう。彼女は本当にあの、紅玉堂先輩なのだろうか。
「やめろ麗華。君が口を挟むと余計に話しがややこしくなる。一晃、お前の口から八嶋さんに説明するのが道理だろう」
「わ、分かってる」
翡翠道先輩に促された一晃君が、体ごと私の方を向いたので、私も彼の方へと体を向けた。
「姫子、お前が毎朝登下校の時に校門近くで見てた奴らのことだが、あれはほとんど俺と麗華の仕込みだ」
言いにくそうに告げる一晃君に、私は首を傾げる。仕込み? 仕込みとは、どういうことなのだろうか。
私の疑問が顔に出ていたのだろう、一晃君は説明を続ける。
「簡単に言えば、ヤラセだ」
ヤラセ――捏造、情報を故意に操作する……言い方は様々だけど、要するに嘘だと言いたいのだろうか。
「どうして、そんなこと?」
純粋な疑問をぶつけると、一晃君は苦しそうにギュッと顔を歪めた。それが見ている私まで辛くなる表情だったので、これ以上一晃君を苦しめてはいけないと思って慌てて一晃君の手を握った。
「ごめん、一晃君が辛いならもうこれ以上は言わなくて良いよ」
「いやー、よくはないっしょー」
背もたれに寄っかかりながらハル君が呆れたように私を見ている。翡翠道先輩と紅玉堂先輩も渋面をしている。サキちゃんだけは、楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「そうだ、よくなんかない。もともとは、俺がお前の気を引きたいがために――たった、それだけのために、俺と麗華の関係を匂わすようなことをしちまったんだ」
「私も軽率だったと猛省している」
両膝に拳を置いて頭を下げる紅玉堂先輩は、やっぱり現代に蘇った武士にしか見えなかった。
「勘違いしないで貰いたいのだが、一晃が頼んだのは私に一晃に対して気のあるようなフリをしてくれと言われただけだ。朝校門で待ち構えていた女子たちは、私が独断で声を掛けた者たちが、面白がって協力を申し出てくれただけだったのだ。
ただ、全てがそうだったわけではなく、気付けば関係のない女子生徒たちが――主にこの仕込みを知らない一年女子だったが――混ざるようになっていた。だが特段、一晃や八嶋姫子さんに何かをするという風でもなかったから、私も見逃していたのだ」
混乱した。そこまで大掛かりなことをしてまで、なぜ一晃君は私の気を引こうなどと思ったのか。これではまるで……いや、ダメだ。ここで思い上がると、また私は図々しい人間だと思われてしまう。
「あの……では、紅玉堂先輩と一晃君は、本当に……お付き合いしていなかったんですか?」
「当たり前だ! この様な矮小な男と、なぜこの私が付き合わねばならんのだ」
「誰が矮小だ! テメェも面白がってただろうが!」
ぎゃあぎゃあと喚き合いを始めた二人に唖然としていると、また翡翠道先輩が落ち着き払った態度で二人を諌めた。
「いい加減にしろ。これでは話しが進まないだろう」
翡翠道先輩のお陰で、二人は不服そうながらも落ち着きを取り戻したようだった。翡翠道先輩、凄い人だ。
「それで、だ。俺や麗華が把握していなかった女子生徒たちが、今回お前に嫉妬して凶行に及んだってわけだ」
「嫉妬に狂う人間というものが、あれほど愚かなものだとは私も想像していなかった。本当にすまない」
沈鬱な表情で一晃君と紅玉堂先輩が顔を伏せている。
たしかに彼女たちのした事は行き過ぎた行為だったのだろう。でも、中学生の時にされた時と違って、真夏でもなかったし私もそれなりに冷静だった。命が危うくなるほどのことでもなかったと、今では思っている。
「一晃君」
「……なんだ、姫子」
あの事があってから、一晃君はまた私のことを名前で呼んでくれるようになった。それに側にいるのも許してくれたし、昔みたいに気軽に手を握ってくれるようにもなった。むしろあの件がなければ、こんな風にはなれなかったのではないか。
そう考えると、良かったのではないかとすら思える。自分のあまりにもの打算的な考えに、苦笑してしまう。
「私ね、あの時たしかにちょっと怖かった。でも、前のときみたいに、一晃君が助けてくれるんじゃないかなって、どこかで楽観視したてんだ」
一晃君が目を瞠る。うん、一晃君にしたら迷惑なのは分かってる。
「そうしたら、やっぱり一晃君が助けに来てくれた。凄く嬉しかったんだよ」
「違う……俺は姫子が思ってるような、出来た人間じゃねぇんだ」
苦しそうに歯を食いしばる一晃君の頬をそっと撫でた。彼の大きな体がビクリと震えて、なんだか少しおかしくなった。
「一晃君が出来た人間じゃなかったら、私なんてこの世に存在してるのもおこがましいってなっちゃうよ」
私にとって一晃君は短気で怒りっぽくて俺様だけど、同時に王子様でありヒーローでもあるのだ。
「こんな大掛かりなことをしてくれなくても、私はいつだって一晃君に気を引かれっぱなしだよ?」
「姫子……」
一晃君の顔が泣きそうに歪んだ。そんな顔すらも美しい。
「この遣り取りが微妙におかしいと思っているのは、この場で僕だけなのだろうか?」
翡翠道先輩が訝しげに首を傾げている。
「もうオカシイとこだらけっていうかー、マジヤバなんだけどー」
ハル君がゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
「すっごいね! 姫ちゃんって天才らしいけど、あたしよりバカっぽい!」
サキちゃんが感心したように言っている。
「いかん! これではいかんぞ、八嶋姫子さん! 私と一晃をそうやすやすと許してはいかんぞ!」
音がするほど勢い良く立ち上がった紅玉堂先輩は、おもむろにソファーの前に置かれていた低卓を部屋の隅へと移動させると、空いたスペースにいきなり正座をして私を見上げてきた。
「これで許してもらえるとは思わんが、このままでは私の気が収まらん。どうか、遠慮なく殴ってくれ」
「えぇ!?」
なぜそうなるのだろうか。困り果てて一晃君に助けを求めると、一晃君は黙って私に頷き返した。
「思う存分殴ってやれ」
「か、一晃君!? なに言ってるの、女の子に殴るとか言わないで?」
「大丈夫だ。コイツは女とか以前に、もはや人間という枠を越えた生き物だ。安心して殴ってやれ」
一晃君が無茶苦茶なことを言うと、紅玉堂先輩がキッと一晃君を睨みつけた。
「貴様も殴られろ。むしろ私の倍は殴られて然るべきだ」
「……そうだな、姫子、俺も殴れ」
「えぇー……」
なにがそうだな、なのか。許すも何も、今回の件はもう私は全て納得したし、怒ってもいない。なのに彼らは、どうしてそこまでして許されたがるのだろうか。
「あの、私本当に気にしてませんから。それに殴るのは、ちょっと……」
「殴るのがだめなら、蹴ってくれても構わない!」
「そう言う意味じゃないんです、紅玉堂先輩……」
この状況から抜け出したくて翡翠道先輩の方を見ると、無言で頷き返された。そうですか、殴れということなんですか。
サキちゃんを見ても、相変わらず楽しそうに笑っているだけだし、ハル君に至っては満面の笑顔で親指を天に向けてサムズアップをしている。
どうやら私の力でこの場を切り抜けなければいけないようだ。
女の子である紅玉堂先輩を先に殴るのは気が引けるので、一晃君の方を向いた。
「やれ、姫子」
一晃君は非常に男らしく自分の頬を私の方へと差し出した。逆に私は今にも倒れそうになっていた。
部屋中の視線が私に集まっている。殴れ殴れという、無言の圧力が私に襲い掛かってくる。異様な空気だった。
「い、いくよ、一晃君」
「おう、来い」
どうしてこんな目に……と思いながら、意を決して私は右手で一晃君の頬を叩いた。叩いた後、彼の美しい顔になんて事をしてしまったのかと、血の気が引いた。そして同時に、自分の掌が思いの外痛くて驚いた。きっとお母さんが私を叱るときも、こんな風に痛い思いをしていたのかと考えると、場違いにも胸が熱くなる。
「……これで終わりか?」
「え? う、うん」
一晃君が不服そうな顔をしている。強く叩きすぎたのかもしれない。
「ご、ごめん、痛かったよね?」
「いや、その逆だ。むしろ――」
「今度は私の番だ、八嶋姫子さん!」
床に正座したままだった紅玉堂先輩が、吠えるように声を張った。先輩は私の足元へとにじり寄ると、その整った怜悧な顔を私へと差し出してきた。
「や、やっぱり叩くのは、どうかと……」
「女に二言はなし! やると決めたのならば、最後までやり遂げるべきだぞ八嶋姫子さん」
「は、はい!」
凄まじい気迫に押され、私は勢いのまま紅玉堂先輩の頬を打った――のだけど、一晃君のときより掌が痛いのは何故だろう。
「……なんだ、今のは」
「え?」
「八嶋姫子さん、遠慮などいらないのだぞ? さあ、今度こそちゃんと殴ってくれ」
「えぇー……」
「早く!」
「はいぃ!」
ペチン――痛い。さっきよりも掌が痛い。
「だから、もっとしっかりと殴らないか! ほら、もう一回!」
「そ、そんなぁ……」
ペチン! ――やっぱり痛い。掌がジンジンする。
「もっとだ八嶋姫子さん!」
「うぅ……」
ペチン! 「駄目だ!」ペチン! 「やり直し!」ペチン! 「君はやる気があるのか!?」
「だ、ダメです紅玉堂先輩……」
何故叩いている私のほうが息が上がっているのだろう。紅玉堂先輩のツルツルの頬は傷一つ無く、私の掌は真っ赤になって痺れを感じている。
「一晃君……」
どうにかして欲しくて、一晃君の方へと視線を向けると、彼はハッとしたように私の掌を掴んで引き寄せた。
「真っ赤になってんじゃねぇか! おい、麗華やめろ! 姫子は平均よりもはるかに筋力がねぇんだよ!」
俺としたことが忘れてた! などと悔しがる一晃君の横顔も格好いい、なんて見惚れる余裕が今の私にはなかった。掌は痛いし腕が重くて怠い。腕を上げるのも正直辛い。
「まさか……この程度で?」
驚愕する紅玉堂先輩に、私のほうが驚愕する。むしろどうしてあれほど叩かれても、その綺麗な頬に赤味すら差さないのかと。
「姫子、痛かったよな。すまなかった」
「ううん、一晃君の方こそ痛かったよね?」
「いや、まったく」
「えぇー……」
そう言えば一晃君の頬にも打たれた痕すらない。この二人の皮膚は一体どうなっているのだろうか。
「ははっ、冗談を言うな。赤子ですらもっと強く叩けるぞ一晃よ」
「テメェのダイヤモンド並の皮膚と一緒にすんじゃねぇ! 姫子は豆腐より脆くて、か弱いんだよ!」
「一晃君、ダイヤモンドは理論上は最も硬い物質じゃないよ。あと私は豆腐よりは硬いよ。でないと今頃内蔵という内臓が、全部外にはみ出ちゃって大変なことになってるよ」
「ちげぇ! 例え話だ! あぁ、クソっ。とにかく麗華、もうこれ以上はやめだ」
「うむ。豆腐並に脆いのならば、致し方あるまい。すまないことをしたな、八嶋姫子さん」
「い、いえ。あの、それよりも私のことは八嶋でも姫子でもいいので、呼び捨てにしてください」
この前病室で言われてからずっと気になっていたのだ。紅玉堂先輩が私をフルネームで呼ぶのが、すごく奇妙に感じてしまって、居心地悪く感じてしまう。
「分かった。では、今から姫子と呼ぼう。私のことは麗華と呼んでくれてかまわないぞ」
「いえ、呼び捨ては流石に……麗華さんでもいいですか?」
「いいとも。姫子は本当に控え目な女子だな。今時珍しいぞ」
妖艶な美女という外見からは想像つかないほど、呵呵と笑う姿は雄々しかった。昼休みに私の前で見せていた姿は、本当に幻か何かだったのだろう。
それから私は生徒会の皆さんに色々尋ねられ、その度に答えを返していたのだけど、どんどん機嫌が降下する一晃君を見かねた翡翠道先輩が、私と一晃君に帰宅を促してくれたのだった。