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「お、おはよう、一晃君!」

「おう」


 翌朝、約束通り一晃君は私の家に来てくれた。私は嬉しくて、いつもより一時間も早く起きてしまった。ギリギリまで寝ようとする私にしたら、かなり珍しいことだった。そのせいか、お母さんには凄くからかわれた。


「……体はどうだ。どっか痛いとことか、気分わりぃとかは」

「ないよ、大丈夫! 一晃君の顔見たら、もっと元気になったもん!」


 言った瞬間しまったと思った。だけど時既に遅し、案の定私の発言で一晃君は首まで真っ赤になって怒っている。

 どうしよう、折角また一晃君と一緒にいられるようになったのに、嫌われてまた離れなきゃいけなくなってしまう。

 オロオロとしていると、背後からお母さんが声を掛けてきた。


「姫子、早く学校に行きなさい。それから一晃君、()()()()()姫子をよろしくね?」


 妙に”くれぐれも”の部分を強調して言うお母さんに恥ずかしくなる。もう私は小さな子供じゃないんだし、なにより一晃君に対して失礼だ。

 そう抗議しようと口を開きかけた私よりも早く、一晃君が声を発した。


「……はい、ワカッテマス」


 あの一晃君が敬語を使う相手はすごく限られている。幼稚園の頃からの付き合いだからか、私のお母さんとお父さんには敬語で話してくれる。でも、今の一晃君はなぜだか直立不動でお母さんと向き合っている。心なしか顔色が悪い気がする。


「分かったなら、よろしい。じゃあ、早くいってらっしゃい」

「……行くぞ、姫子」

「う、うん」


 いってきますと声を掛けて、私は一晃君に手を引かれながら家を出た。




*




 学校につくと、いつもの光景がそこにはなかった。

 唖然としている私に、一晃君は構わずぐいぐいと手を引っ張って門を潜って校舎へと向かっていく。


「あの、一晃君。いつもいる人達がいないよ?」


 私が問いかけると、一晃君は不機嫌そうな声で言った。


「当たり前だ。姫子にあんな事があったのに、続ける意味なんてねぇだろうが」

「続ける? なにかしてたの?」


 一晃君はよく喋るわりに、肝心なことを話さないことがよくある。小さい頃、そのせいで熱があるのに無理して私と一緒に遊び続け、公園で突然倒れた事があった。あのときは生きた心地がしなかった。


「……放課後、ちゃんと理由を話す。だからそれまで待ってくれ」

「う、うん」


 どうしよう、あの一晃君が私に待ってくれなんてお願いをしてくれた。いつも人に命令するのが様になってて当たり前の、あの一晃君が!


「一晃君、もしかしてどこか具合でも悪い? 熱でもあるの?」


 心配になって一晃君の顔を下から覗き込むと、またもやカッと頬を赤らめる一晃君にビクリとする。


「ねぇよ! どこも悪くねぇし……つーか、お前いま凄い失礼なこと考えてんだろ」


 ブツブツと文句を言いながらも、一晃君に引っ張られて私は下駄箱へと辿り着く。いつもならこの時点でそれぞれの下駄箱へと向かって、そのまま解散となるのだけど、なぜか今日は私の後ろに一晃君が張り付いたまま動かない。

 不審に思いつつも下駄箱を開けると、背後から一晃君の溜息が聞こえた。私は上靴に履き替えながら、やっぱり今日の一晃君はおかしいと、漠然とした不安にかられていた。


「一晃君、やっぱりどこか体の調子が悪いよね? 無理しないで保健室に行こう?」


 高熱でも出ているのかと、私は背伸びして一晃君の形の良い額に手を当てた。


「うーん……ちょっと熱いかも? 念のために保健の先生に――一晃君!?」


 一晃君がっ、一晃君が真っ赤になったまま鼻血を流している! パニックに陥った私は慌てて自分の鞄の中を探ってティッシュを取り出した。


「……何してんだお前」

「何じゃないよ! 大変、一晃君鼻血出てるよ!?」

「は? なに言って……うぉ!?」


 今はじめて気付いたかのように、自分の鼻に手をやって血を見た一晃君が驚いている。私はそれ以上に驚いている。


「あぁ、どうしよう、とととと、とにかくどこか座れる場所に座って、だ、ダメだよ一晃君! 上向いちゃ血が喉の奥に流れちゃうから! ああああっ、待って、待ってね、今すぐ先生呼んでくるから!」


 パニックになりながらも、一晃君の鼻にティッシュを当ててから急いで保健室に向かおうとした私の手首を、ガッと強く一晃君が握って引き止めてきた。


「一晃君! 離してくれないと先生呼びにいけないよ!」

「いらねぇ。こんなもんジッとしてりゃあ治る」

「ダメだよ! もしも重篤な病気の前兆だったらどうするの? お願いだから一晃君……」

「俺が大丈夫だっつってんだ。つーか、マジでやめろ。ちょっと……こ、興奮しただけだ」


 興奮? たしかに興奮すると血圧が上がるし、鼻の粘膜は弱いし血管も傷つきやすいから、鼻血が出ても不思議じゃないんだけど、一晃君はそんなに興奮するほど怒ってたってこと?


「……ごめんね、私また一晃君を怒らせるようなこと、無意識にしちゃったんだよね?」


 一晃君の鼻にティッシュを詰めながら謝ると、彼は眉間に皺をこれでもかと寄せた。


「違う。怒ってねぇし。むしろ死ぬほど今恥ずかしい」


 一晃君の形の良い鼻にティッシュを詰め終わった私は、彼の顔に付いてしまった血の跡を拭き取りつつ疑問に思う。

 なんでも完璧な一晃君が恥に思うようなことなど、この世に存在するのだろうか。現にこうして鼻にティッシュを詰めた姿でさえ、彼の美しさは損なわれていないというのに。


「もう大丈夫だ。教室行くぞ」


 若干鼻声の一晃君の声もセクシーだな、なんて思いながら、私は一晃君に急き立てられながら教室へと向かった。どうしてだか一晃君と共に。

 あまりにもの意味不明さにあれこれ考え込んでいると、いつの間にか教室に着いていた。私達を目にした生徒達が一斉にギョッとした表情を浮かべている。うん、一晃君は下校の時くらいしか、ここには来ないもんね。驚くのも仕方ないよ。

 何となく居た堪れない気持ちになりつつ、一晃君に送ってくれてありがとうと言おうとした瞬間、教室の中から大声で名前を呼ばれた。


「姫! 姫ではござらぬか! お待ちしておりましたぞ、姫! もう調子は――」


 私の直ぐ側にまで駆け寄ってきたユウちゃんは、私の背後に視線をやった瞬間、凍りついたように動かなくなってしまった。


「ユウちゃん、おはよう」


 昨日、ユウちゃんの前でみっともなく泣いてしまったことを思い出し、いささか恥ずかしくなりながらも挨拶すると、ユウちゃんは能面のような顔で私に尋ねてきた。


「姫、バカ殿はなんで鼻にティッシュ詰めてるの? なんかの罰ゲームなの? だったら最高なんだけど」

「ち、違うよ! さっき下駄箱のところで鼻血が出ちゃっただけだから」

「鼻血?」


 途端、ユウちゃんの目が猫のようにキュッと細くなった。


「ぷっ、あはははははっ! なに、バカ殿鼻血出しちゃったわけ? ダッサ! 超ダッサ!」

「てめぇ……」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑うユウちゃんに対し、一晃君の額に血管が浮かぶ。ダメだ、また鼻血が出ちゃう。


「ユウちゃん、そんなに笑わないで。鼻血なんて誰でも出るものだし、一晃君はダサくなんてないから」

「ダサいに決まってんでしょうが! どうせ姫に触ってもらって興奮でもしちゃったんでしょ? うわぁ、獣だわ。汚らわしいから姫に近づかないでくれるー?」

「この野郎、俺が黙ってりゃあ、良い気になりやがって! っざっけんなよ糞女がぁ!」


 まさに一触即発の空気に耐えかねた私は、その場に脚を踏ん張って大声を張り上げた。


「もう、止めてってば!」


 ピタリと空気が静止したような気がした。そんなこと、科学的にありえないんだけど。


「ユウちゃん、一晃君のことからかうのはやめて。お願いだから」


 ユウちゃんにお願いをする。不服そうな顔をしていたけれど、とりあえずは頷いてくれた。


「一晃君も、ユウちゃんのこと糞女なんて罵らないで。ユウちゃんは私の大切な親友なの」


 一晃君に向き直って訴えると、嫌そうに顔を顰めながらも頷き返してくれた。


「あと、教室に行く前に必ず保健室に寄って、先生に診てもらってね?」

「だから、こんなの何てことねぇって……」

「やっぱり私が一晃君にあれこれお願いするなんて、図々しかったよね。ごめんなさい」


 我に返った私は思わず反省する。今朝は一晃君と久々に一緒に登校できた上に、色々あって気分が高ぶっていたけれど、冷静になると調子に乗っていたと思う。


「わかった! わかったから謝るな。それに図々しいなんて思うな。お前は俺になんでもお願いしても良いんだ。お前だけはな」


 それこそ図々しいことだと反論しようとする私の頭を、一晃君の大きな手が撫でてきた。


「じゃあな。放課後また迎えに来る」

「う、うん」


 去っていく一晃君の背中を見送りながら、私の胸は破裂しそうなほど高鳴っていた。


「はぁ、マジで姫はダメ男製造機だわ」


 ブツブツと文句を言うユウちゃんに首を傾げつつも、私たちは自分たちの席へと向かったのだった。





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