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 私が一日入院している間に、色々なことが起こっていたようだった。

 それを知ったのは夕方にユウちゃんが来てくれたときのことだった。


「え!? 謹慎処分?」


 ユウちゃんがお見舞いに持ってきてくれたみたらし団子を頬張っていると、衝撃の事実がもたらされた。


「当たり前でござる。あのおなご共がしでかしたことは、もはや嫌がらせなどと生易しいものではござらぬ。立派な犯罪行為でござるよ姫」

「で、でも閉じ込められただけだよ?」

「”だけ”? なにを申しておる。もし誰も姫を見つけることができなんだら、いったいどうなっていたか想像すれば分かるであろうに」


 吐き捨てるようにユウちゃんは言った。私はこんな大事になるとは思っていなかったのだ。

 たしかにあの暗い部屋に閉じ込められたとき、昔体育倉庫で閉じ込められたことを思い出して凄く怖かったのは事実だった。だけど、私はあの時の私ではなく、一人でもどうにかなると思っていた。実際は一晃君に助けてもらうという体たらくだったけど。


「まさか、己のせいであの咎人共が罪を背負うたなどと思うてはおるまいな。であるならば、姫は人が良すぎるのを通り越し、ただの阿呆でありますぞ」


 私の内心を見透かしたようにユウちゃんが厳しく言った。


「まぁ、此度のことでもっとも阿呆と言えば、あの赤髪のバカ殿であろうが」

「ばっ、バカじゃないよ一晃君は! カッコよくて頭が良くて、なんでも出来る凄い人なんだから!」


 ムッとして言い返すと、ユウちゃんは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「容姿はともかく、頭の出来を姫がとやかく言うと、嫌味にしか聞こえぬでござらぬよ」


 やれやれといった風にユウちゃんは肩をすくめてみせた。


「それにしも、あのような状況下で、よくも煙を起こして火災報知器を稼働させるなどと思いついたものでござるな。教師の方々もたいそう感心しておられた」


 そう言われると何だか凄く照れてしまう。人に滅多に褒められないから、お腹のあたりがムズムズした。


「あの部屋が古い理科実験用の準備室だってわかった時、だったら何とかなるかもって思ったんだ」


 電気も付かずガスも来ていない、そんな打ち捨てられた暗い部屋の中で、私は必死に考えた。換気用の窓は天井近くにあって、机に乗っても私の背丈ではどう頑張っても届かない。でもその時にふと天上に設置してある火災報知器が目に入ったのだ。

 すると閃いた。煙を起こせば火災報知器を起動できるかもしれないと。一種の賭けだった。


「いったいどうやって煙を起こしたのでござるか? 物を燃やしたのではござらぬのだろう?」

「うん。グリコール類と純度の高い水を混ぜ合わせるんだけどね、それを熱すると膨張してエアロゾル化して――」

「姫、それがしに分かる言葉で申して下され」

「あ、うん。えっと、グリセリンと綺麗なお水を混ぜて熱したら煙が出るんだよ」

「あいわかった」


 うむ、と頷くユウちゃんに私も釣られて頷き返す。私は手の中にあるみたらし団子の串を見ながら、昨日一晃君に言われたことをユウちゃんにも伝えることにした。


「あのね、私一晃君から側にいても良いって言ってもらえたんだ」


 今思い出してもドキドキする。だって一晃君はもう二度と私のそばにはいてくれないと思ってたから、天にも昇る心地と言ってもおかしくないほど嬉しかったのだ。

 その気持をユウちゃんに教えたかったのだけど、なぜか彼女は物凄い形相をしていた。


「ゆ、ユウちゃん?」


 どう表現すればいいのだろうか、鼻の上と眉間にシワを寄せ、口角をへの字に曲げている。そのせいで顎にまでシワができてしまっているし、眼鏡の奥の瞳は三角形に眇められていた。

 そんな凄い顔付きをしたまま、ユウちゃんは低くおどろおどろしい声音で言う。


「もしや、姫はあのバカ殿を許すおつもりか? あぁ? あのクソみたいに顔だけの、クソのように腐りきった汚物のような男のことを許すと? ここまでされておいて、許すって言うつもりかコラァっ!」

「え、えぇー!?」


 突如怒りを爆発させたユウちゃんは、今日も凄く艶々で綺麗な髪を振り乱しながら私に詰め寄ってきた。


「ねぇねぇ、姫って何でそこまでバカ殿のことが好きなの? アイツ信じられないほどのクズ男だよ? 姫の気を引くために、わざわざ裏でクッセー奸計を張り巡らせるような、真性のクズ男だよ? そんなクソ野郎、姫が鼻くそほども気にかけてやる価値はないんだよ? ねぇ、分かってる? わかってるよね? 分かってるって言え」


 グイグイと私に顔を近づけて早口でまくし立てるユウちゃんに恐怖を感じる。


「怖い! なんか怖いよユウちゃん! それに一晃君のこと悪く言わないで。一晃君は私を二回も助けてくれた恩人なんだから!」

「それが馬鹿だってんだよチクショー! 姫はアレだな? ダメな男に簡単に引っかかっちゃうタイプだろ。マジで止めとけ! なんなら私が将来姫を養ってあげるから、アイツだけはやめとけ!」

「ダメじゃないもん! むしろダメなのは私の方だもん! それに私、ユウちゃんとはお付き合いできません、ごめんなさい」

「ちがーう! そこだけ真面目に答えるなよ、その気が無くてもちょっとヘコむわ! いやいや、そうじゃなくってね、姫子は確かに天才で、それ故の純粋無垢というか、世間知らずというかさ、とにかく自己評価が不当に! 著しく! 低すぎるわけよ。

姫子ならあのバカ殿よりも、もっとイイ男捕まえられるから。うまくやればバカ殿よりも金持ちでイケメンで性格のいい男をゲットできるから。ね? だから止めときなって」


 どうしてユウちゃんはそこまで一晃君を貶めるのだろう。私はたしかに世間知らずだし、なにかと鈍い鈍いと言われるけど、ここまで一晃君のことを悪く言われると段々悲しくなってくる。


「……ユウちゃんは私が一晃君のことが好きなの、嫌なんだ」

「嫌に決まってるでしょ! むしろなんであの男を好きになれるか謎だわ! 人類が誕生した謎くらい謎だわ!」


 そこまで言わなくても良いのに。ユウちゃんは私の人生で初めてできた親友なのに、私の恋する気持ちを否定されると凄く辛い。


「私、一晃君の全部が好きなんだよ。たしかに一晃君は短気で怒りっぽいけど、でも本当はすごく優しくて私が気付かないような私のことを気付いてくれる人なの」

「え、あっ、うそっ……なな、泣いて?」

「私、一晃君とは違う好きだけど、ユウちゃんのことも大好きなんだよ。私のこといつも叱ってくれて、ダメなことも良いこともちゃんと教えてくれるユウちゃんのこと、すごく好きだよ。だけど……だからユウちゃんに一晃君のこと悪く、いわ……うぅ、い、い、言われるの、悲し――」

「ああぁああ! ごめん! 本当にごめん、悪かった! だから泣かないで、ね?」

「うぅ……」


 ユウちゃんがスカートのポケットから、シワ一つなく綺麗に畳まれた市松模様のハンカチを取り出して、私の涙を拭ってくれる。恥ずかしい、私はなんて幼稚なんだろうか。


「そんなつもりじゃなかったんだ。ただ姫が心配でたまらなかったんだ。私だって姫のこと……その、大好きだからね?」


 私の肩をギュッと抱き締めながらユウちゃんは言ってくれた。やっぱりユウちゃんは優しい人だと思う。


「はぁ……もう、なんでこんないい子にあんな――いや何でもない。姫は聖母マリアもビンタぶちかまして背負投げするようなヤツでも受け入れちゃうんだから、もう信じられないくらいお人好しだよ。宇宙レベルのお人好しで、ダメ男製造マシーンだよ」

「ユウちゃん、意味がわからないよ」

「姫以外はだいたい分かると思うから問題ないよ」


 よしよし、と宥めるように頭を撫でられると、なんだか何でも良いかという気になってくる。ユウちゃんは恐ろしい人だ。


「明日は学校来られるの?」

「……うん、行くつもり」

「迎えに行こうか?」

「大丈夫だよ。それにユウちゃん電車通学でしょ? 無理しなくてもいいから」


 グズグズと鼻を啜りながら腫れぼったく感じる瞼を擦っていると、またユウちゃんに叱られた。


「こら、余計に腫れぼったくなっちゃうでしょ。それよりも一人で登校するつもりじゃないでしょうね? お家の人に送ってもらうの?」

「ううん。じつはね、また一晃君が一緒に登下校しようって言ってくれたんだ」


 えへへと自分でもだらしないと思う笑い声が漏れてしまう。今朝面会時間と共に誰よりも早くやって来てくれた一晃君は、なんとまた明日から一緒に登下校しても良いと言ってくれたのだ。思い出すと顔がにやけてしまう。


「……あの野郎、凝りもせずにヌケヌケと――」


 地獄の釜の蓋を開いたような禍々しい声に驚いて顔を上げると、ユウちゃんはまたさっきの凄まじい形相に戻っていた。


「ユウちゃん、その顔すごく変だし怖いよ」

「顔くらい自由にさせて。でないとこの行き場のない気持ちが発散できないの」

「うん、わかった」


 ユウちゃん独特のストレス発散方法なら仕方ない。私はしょぼつく目を瞬きさせながら、残りのみたらし団子に手を付けることにしたのだった。





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