大魔王降臨
斥候達から地割れや巨大な血の跡の報告がなされ、数枚の鱗が提出された。
龍の鱗の存在と大き過ぎるほどの血溜まりの跡から、少なくとも黒龍が重傷を負っている可能性が高いと推測された。
黒龍と戦った相手の血という可能性は否定できないが、黒龍以外にドラゴンサイズのモンスターの目撃証言はなく、結局は何者かに黒龍が撃退されたものと判断された。
地割れを起こすほどの一撃を繰り出し、ドラゴンを退ける者の存在を危険視する意見は多かったが、ギルドマスターはゴブリン三兄弟の仕業と思い込んでおり、差し迫った危険は無いとして非常事態宣言は解除された。
流石に思い込みだけでゴブリン三兄弟が撃退したとは公表しなかった。
撃退者の正体に関しては、ドラゴン同士の縄張り争いだとか、勇者が現れたとか(勇者は目立つのを嫌って名乗り出ないものらしい)、実は俺がやったというチンピラだとか、色々出てきてはいたが、取り立てて何の被害もないためか、深く追求する者は居なかった。
広場でギルドマスターが状況説明を行った際、なぜか上半身裸になった彼の大胸筋がピクピクしていたのが気になった。
一部のベテランマッチョ冒険者が、含みのある笑みを浮かべて筋肉ピクピク返しをしていた。
またお喋りな彼等の筋肉が、適当な会話をしているのだろう。もしかしたらゴブリン三兄弟について説明していたのかもしれない。
「良かったー マッチョ語聞こえない! 私はマッチョブラザーじゃないぞー!」
広場の片隅でそれらを眺めていたリンは、小さなガッツポーズを作って喜んだ。
さらにリンには冒険者ギルドから、情報提供料として、金貨五枚が渡された。
よく考えると今日の宿代もなかったリンは、大喜びでそれを受け取った。
広場は今にも宴会が始まりそうな雰囲気だったが、危険が去った保証がないため自粛されるようだ。
「ギルドマスターはゴブリン様がやっつけたって確信してるみたいだけど、それってゴブリン様が本気出したら、あれくらいの地割れができてもおかしくないってことだよね… 怖っ!
ゴブリン様が森の中で本気を出すと、森が更地になってしまうから、本気出さないのかも…
決めた! 私、あの森には絶対行かない!」
ギルドマスターとリンの中で、ゴブリンの強さが鰻登りであった。
「魔王ゴブリン!とかだったりして…」
冒険者ギルドの受付嬢サリナさん(商業ギルドの受付嬢カリナさんの妹だった)によると、ギルドとしては魔王というカテゴリーは設定されておらず、今のところ自称魔王も存在しないとのことだった。
「初期のクッコロ大魔王みないなのがいなくて良かったー」
クッコロとは、リンの大好きな孫後空の冒険に出てくる後空のライバルで、金髪碧眼スタイル抜群の女騎士である。
少女時代にオークに集団レイプされ、助けてくれなかった世界への復讐心と破滅願望から、長い修行の末、人の枠を越え大魔王へと至った人物である。
初期は人類とオークを全て抹殺しようとしていたが、後空のセリフ
「やめときな、いい女に憎しみの炎は似合わないぜ(大魔王の顎クイッ)」
ここから徐々にクッコロ大魔王はツンデレ界に堕ちていくのである。
この後空のセリフは非常に話題になった。
何故なら、クッコロは長い修行の末に大魔王になっているので、この時点では老婆である。クソババアクッコロと言われていた程である。
そんなクッコロが、生まれて初めて女扱い(少女時代にオークに輪姦されて汚物扱いを受けていた)を受けてキュンキュンし出すという、読者の予想を超える展開だったのだ。
「後空様守備範囲広すぎ!守護神さま!」
と一部のファンが熱狂し、性後空様の大冒険という世界中の不遇の女性を堕として廻る二時創作が蔓延した。
この後の展開は、復讐心を捨てられないクッコロ大魔王を後空が倒し、
「生まれ変わったら、闇にとらわれない良い女になるんだぜ」
と呟いて一筋の涙を流す。
しばらくしてクッコロは生まれ変わり、今度は大魔王ではなくツンデレ神になる。
世間では女神クッコロ、大正義クッコロと言われる、金髪碧眼美女である。
リンはクッコロが大好きであった。特に生まれ変わって神になるまでの幼女から少女の頃が大好物であった。
いわゆる金髪ロリである。
そんなことを考えながらカボチャ大明神の宿にチェックインしたリンは、部屋のドアを開けながら呟いた。
「くぅー、実際にちびクッコロちゃんがいたら可愛いんだろうなぁ」
居た。
「ギャーッ!」
ドアを開けると金髪碧眼のロリがベッドにちょこんと座っていた。
「油断したーっ! また予測お取り寄せ発動してる! 生き物は反則でしょー!?」
一日ぶりのお取り寄せ発動。
気が利くでしょ? 欲しいんでしょ? んっ? んっ?
もし超能力が擬人化していたら、そういうドヤ顔でリンを覗き込んでいたであろう。
ドンドン
「おーきゃーくーさーんっ?」
リンの背筋に寒気が走り、少女にあるまじき低い声が背後のドアの向こうから響く。
大明神は再び大魔神へと変わっていた。
「ご、ご、ご、ごめんなさい! もう騒ぎません!」
リンはドアを押さえながら涙を浮かべて叫んだ。
いくらリンが女性とは言え、宿に金髪ロリを連れ込んで、しかもベットに載せていてはどう思われるか分からない。
まだ凛太郎の感覚が多少は残っているリンからすると、社会的死が迫っていた。
「くっ、騒がしいのじゃ! ここはドコじゃ!?」
空気を読まず、金髪ロリは叫んだ。
元老婆なので当然のじゃロリである。ギルドマスターも真っ青のベタの女王。イエスロリータ、ノーファック。生まれ変わったクッコロは処女をしっかり守り通すのだ。
騒がしいのはお前だと怒鳴り返してやりたい所であったが、リンはそれどころではなかった。
ギーッという音を立ててドアが開いた。
黒龍を倒してレベルアップしたはずのリンが全身で押さえているのに、なぜこの少女は片手でドアを開けられるのだろうか。
「やっぱり大魔神…」
「あ゛あ゛っ?」
リンの呟きに大魔神様が反応した。
「ひぃぃ、お、お助けをー お、オラなんも悪いことさ、してねぇだっ!」
思わずリンは泣きながら土下座していた。ジャンピング土下座である。
「チッ、娑婆蔵がっ!」
うずくまるリンを氷のような目で一睨みした大魔神様は、ベッドでドン引きしている金髪ロリに気付いた。
「な、な、なんじゃ、お前は!? お前なんか怖くないのじゃっ!」
リンと同様にクッコロちゃんも体に引っ張られた精神年齢になっている。
「きゃー!可愛ぅぃー!」
大魔神様は一瞬で怒りを静め大明神様へと戻り、ベッドの金髪ロリに飛びかかった。
鼻水を啜りながらその姿を見て、リンはルピン三世のオープニングみたいだと思った。
呟いたら大魔神様が顕現するので我慢した。