黒龍とゴブリン様
街に戻ると街は騒然としていた。
物々しい装備の男たちが街の広場に集まり、台の上に立った眼帯ハゲマッチョが声を張り上げていた。
「いいか、おまえ等!黒龍はあと半日以内にこの街を襲うだろう。最早逃げることもできん。
そして立てこもっても、ブレスで灰にされるだけだ!
我々に残された唯一の道はヤツを倒すことのみ!
三年前も撃退できたんだ、今回もできないわけがねぇ!
さあ、剣を持て!槍を構えろ!矢をつがえろ!気合い入れやがれ!
野郎ども筋肉をたぎらせろ!」
ハゲマッチョがマッチョ演説を終えると、男たちは雄叫びを上げた。
「濃いっ!演説も濃ければ、キャラも濃い!ハゲにマッチョに眼帯に、よく見れば片足義足って、ベタの寄せ集めか!」
思わず叫んでしまった。
「いやいや、濃さに気を取られてしまったけど、黒龍ってさっきのヤツじゃ…だとしたら、焦らなくてもいいか。良かった神様黒龍様とか崇められてなくて」
しかし、このままで取り越し苦労されては申し訳ない。リンはハゲマッチョに黒龍の死を報告することにした。
ハゲマッチョは広場に設置された対策本部で冒険者ギルドで見掛けた職員となにやら打ち合わせしていた。
話が終わりこちらを向いた職員は昨日の受付嬢だった。
「すいません、私その黒龍?と思われるドラゴンが死んでいるのを見ました!」
急いで伝えようと焦っていたのもあり、目があった途端に声を張り上げてしまった。
「嬢ちゃん、いい加減なこというもんじゃねえ。何人の命が掛かっていると思うんだ!」
ハゲマッチョは受付嬢を押しのけて怒鳴った。親切で報告しに来たのに、頭ごなしに否定され、もう放置してやろうかと一瞬考えてしまったが、自分の不注意から殺してしまった後ろめたさで食い下がった。
「うっせー、ハゲ!確認もしないでいい加減なこと言うんじゃねえ!何人が取り越し苦労すると思ってるんだ!」
といってもムカついていたので、言われたことを言い返してやった。
いくらマッチョでも、ゴブリン様に遭遇した後では単なる細マッチョだ。何の威圧感も恐怖も感じなかった。
いざとなったらサイコキネシスで首をへし折って終わりだ。ゴブリン様の首は全く折れる気がしない。
美人の受付嬢が吹き出した。
「ブフッ、と、とりあえずお話をお聞きしましょう」
ハゲマッチョに睨まれながらも、受付嬢は二人をとりなした。ハゲはまだ不満そうだ。細マッチョのくせに。
「三年前の襲撃ではAランクハンターだったこの俺をはじめ、多数の高ランクハンターが束になってやっと追い返したんだ。誰がヤツを殺したって言うんだ!」
どうやら、エセマッチョのくせにAランクだったらしい。Aランク大したこと無いな。なんでこれがAランクでゴブリン様がCランクなんだろう。
「うっせー、なんちゃってマッチョが!自分で調べろ!」
「ブフォッ、まぁまぁ、これでもこの人はギルドマスターで、現役時代は本当にAランクだったんですよ。黒龍に目や足をやられて引退しましたが」
受付嬢は吹き出しながらも、フォローした。ハゲは真っ赤になって茹で蛸状態だ。
「そんなこと知らないよ。私は冒険者登録もしてないんだから、なんちゃってマッチョに偉そうに言われる理由はない!」
茹で蛸は真っ赤を通り越して赤黒くなってきた。気持ち悪い。
「誰がなんちゃってマッチョだ!この美しい筋肉が目に入らんのか!」
茹で蛸の怒るポイントがズレている気がする。
「はっ、どこが美しい筋肉だ!そんなもの、ゴブリン様に比べれば贅肉に過ぎん!片腹痛いわ!」
釣られてリンのキャラもズレてきた。受付嬢はお腹を抱えて痙攣している。
何故か赤黒キモ茹で蛸が、普通の蛸に戻った。
「…お前、ヤンドの森に入ったのか?」
マズい立ち入り禁止だったか。
「草原から見かけたのよ!」
言い訳しながら、あれゴブリン様の話になってる、黒龍は良いのかと疑問に思った。
「ヤンドの森のゴブリン三兄弟は、マッチョブラザーだ。
ここだけの話、散々にやられて瀕死の俺を助け、黒龍を退けるのに手を貸してくれたのはヤツらだ。正直ヤツらが居なければ、俺は死んでいたし街も滅んでいたかもしれん」
あらやだ、ゴブリン様大活躍。流石世紀末覇者。
「確かにヤツらの筋肉に比べれば、引退した俺の筋肉は贅肉かもしれん。特に槍使いの長兄の筋肉は芸術的だった」
蛸はシュンとなって、貧相な照る照る坊主のようになった。ちと憐れ。
「ヤツもその時は黒龍に深手を負わされていたが、『何故助けた』と問う俺にヤツは答えた。『ふん、我が縄張りに侵入したハエを追い払ったまでよ。貴様を助けたわけではない』と」
「えっ!オッサン、ゴブリンの言葉が分かるの!?」
「いや、ゴブリンの言葉は分からん。しかし、マッチョブラザーズは筋肉で会話する。『すまん、恩に着る』と俺の筋肉達がさざめくと、ヤツは不敵に笑い去っていった。
その広背筋が『恩に着る必要はない。我等は我等の都合で戦ったまでだ』と語っていた」
『キモッ!って待てよ。その三兄弟の会話って森で、聞いた気がするぞ?
嫌ー!、私もマッチョブラザーズなのー?』
いつの間にか一人称が私になり、言葉遣いも男臭さが抜けていたリンはショックを受けて我が身を抱きしめた。上腕二頭筋がピクピク震えていた。受付嬢も腹を抱えてピクピクしている。
「そうかお前もブラザーに助けられたのか」
『えっ!何!? 私の筋肉勝手に会話したの!? 怖っ』
「もし本当に黒龍が倒されたなら、ブラザー達が雪辱を果たしたのかもしれんな」
「ちょっと待って、Aランクハンターが倒せない黒龍をCランクのゴブリンが倒せるの?」
いくらゴブリン様でも黒龍は大きさは半端ない。リンからすれば、そもそも剣や槍でドラゴンに戦いを挑む気が知れない。
「ゴブリン三兄弟の長兄はキングではないものの、特殊個体でAランクだ」
「アクションスターな長兄は別格だとしても、他のゴブリンも大概なゴブリン様ぶりだったけど」
他のゴブリンはCランクなのだろうか。他のゴブリンでも、このハゲなんか素手で捻り殺せそうだが。
「そうか、三年で森のゴブリン達が成長しているのかもしれんな。
三年前の借りから、何だかんだ理由を付けてヤンドの森でのゴブリン狩りを禁じていたから今のゴブリンの強さが分からんが、あの森以外のゴブリンはマッチョブラザーではないし、今の俺でも素手で倒せる」
『マジっすか。やっぱりあそこのゴブリンは特殊なんだ。なんで私そんな世紀末覇者の縄張りにいたんだろう』
「よし、黒龍の死体を確認に行かせよう。Bランクの斥候を呼べ!」
『死体出した方がいいのかな。でも流石にポイポイカプセルは見せられないよね。まあ、大量の血の跡が残ってるし、鱗も多少落ちているでしょ。死体は持ち去られたってことで』
現場に案内させられるかと思っていたが、リンはハンターではない一般人のため、安全のため街に残るよう指示された。
場所を説明するとハンター達は駆けだしていった。