いざ街へ
丘の上に立つと眼下に街道が見えた。それを目で追うと、小さく街らしきものが見えた。
嬉しさで涙が滲んだ。
緊張で疲れた体を鞭打って丘を駆け降り、街道に駆け込んだ。
当てもなくさまよっていたことから、考えるとどれだけ遠くても目的地がハッキリしているのは安心感があった。
しかし、安心すると色々と疑問や新たな不安が顔を出した。
逃げることに必死になっていたが、そもそもの状況が分からない。
今現在自分は女で、ちょっとだけ超能力が使えるかだけのか弱い存在。そして環境は最弱のはずのゴブリンが、プチ世紀末覇者。
もしスライムがいても、それは最弱ではなく、あらゆる物理攻撃無効の魔王級の可能性が高い。
スライムに口や鼻を塞がれて生き残ることは難しいだろう。サイコキネシスやテレポーテーションが通用すればいいが、逃げられても倒すことは困難だ。
効くとすればパイロキネシスだろうが、魔法のように炎を飛ばせる訳ではない。火炎放射器のような使い方はできない。ライターや精々バーナーだ。
こんな危険な世界で身分証もない自分が街に入れるのか、そもそも、元の世界のような人間はいるのか。巨人だとか小人だとか、獣人だとかしかいないと、どんな目に合わされるか分からない。
もし、普通の人間がいれば、言語はテレパシーやらサイコメトリーでなんとかなる。
実際凛太郎時代はそれで、多言語を短期間で修得していた。
そんなことを考えていると後方から荷馬車がやってきた。
御者は普通の人間だった。荷車に麻袋を載せている。
言葉を知るためにはコミュニケーションだ。
「すいません、街に行くなら乗せてくれません?もうヘトヘトで」
日本語で話し掛けながら、同じ内容をテレパシーで送る。
テレパシーというのは言語をそのまま送ることもできるが、本来はイメージや言語化する前の意味をそのまま送るものだ。だから思考に使っている言語がなんであれ、意志疎通はできる。受取手は内容によってイメージのまま意味だけ認識したり、言語中枢が勝手に言葉にしたりする。こちらが話し掛けながらテレパシーを送ると、自分の知っている言語で話しかけられたように感じるのだ。
「なんでこんなところを女独りで歩いてるんだ?盗賊なんて出ないだろう?」
相手の使う言語は全く聞いたことの無いものだが、意思は問題なく読み取れる。あとは言語と意味をすり合わせて憶えていくだけだ。
テレパシーだけで過ごすのは非常に疲れるし、第三者から見ると違う言語同士で会話していて不信がられる。
もしもの場合はヒュプノで催眠を掛けるのだが、何種類も超能力を使い続けるのは体力的にも精神的にも不可能だ。
なるべく一対一でだけ会話し、早急に言語を修得しなくてはならない。
「うん、熊に襲われたの。ほら」
異常に強いゴブリンに関しては近寄ると村に災いをもたらすから禁忌じゃ!とか言われたら怖いので、熊のせいにし持っていた前脚を見せた。
「ひゃー、デカい手だなー。よく生きていられたな」
「一緒に馬車に乗ってた人が助けてくれたんだ。でも必死に逃げてたら迷子になってたんだ。で、気が付いたらこれ持ってたの」
「そうか、災難だったなぁ。馬車の残骸は見かけなかったけどなぁ」
「そ、そう?森の向こうかな?」
「森!?ヤンドの森か?あそこに下手に立ち入ると、モンスターが街に襲撃してくるんだぞ!」
やばい、立ち入り禁止だった。
「いやいや、草原!そこの丘の向こうの草原に倒れてたの!森なんか入ってないよ!」
サクッと嘘をついて保身。気が咎めるが下手をすると街に入れない。
「そうか?あそこのゴブリン様を怒らせると頭から喰われちまうぞ!」
おふぅ、ゴブリン様だった。やっぱり世紀末覇者だった。
「ゴ、ゴブリン様?ゴブリン様って怖いんだねぇ。私ゴブリン様ってよく知らないんだけど、普通のモンスターじゃないの?」
モンスター呼ばわりは怒らせるかもしれないが、今のうちに情報を仕入れておかないと、街中で下手なことを言うとマズい。
「まあ、ゴブリン"様"ってのは冗談だ。ただ、モンスターは怖いからな、森には近よんじゃねえぞってことだ」
良かった覇王様でも敬われてる訳でもなかった。ゴブリンを敬うのは正直嫌だ。
「熊が出るなら、あぶねえから早く街に行くぞ、とっとと乗れ」
助かった乗せてくれるそうだ。街に着くまでの間、なるべく言葉を憶えるべく会話したところによると、街はヤンナの街というらしい。
街の入口には門番がいたが、特に通行証やお金は必要なかった。一文無しなので助かった。